クックパッド初代編集長であり、自他共に認める料理好き・小竹貴子のエッセイ連載。誰にでもある小さな料理の思い出たちを紹介していきます。日常の何でもないひとコマが、いつか忘れられない記憶となる。毎日の料理が楽しくなる、ほっこりエピソードをどうぞ♪
5年前、桜の季節のお話です。
仕事仲間たちと、週末に上野公園でお花見会をしようということになりました。場所取り、飲み物担当、出し物担当と、それぞれ役割分担を決める段階で、誰よりも真っ先に「私はお弁当作ってきます!」と手を挙げたところ、お弁当担当は即座に私に決定。
実はここだけの話なんですけど、当時の私は今までやった経験のない仕事に取り組んでいて、日々四苦八苦していたんですよね。毎日のように段取り悪いことをやらかしたり、失敗することも多く、共に働く仲間には相当迷惑をかけていたように思います。
何よりそんなイケてない自分が嫌で、職場でどんどん存在感が薄くなっていく感じもして、自分自身を何だか許せませんでした。とにかく自分が嫌というぐるぐるとした状態。抜け出したい、でもどうしていいかわからない。そんな時ってありますよね。
わらにもすがる思いで、もしかしたら得意なお料理を作れば自信が持てるんではないか、職場の仲間にちょっとドヤ顔、つまり自慢げな顔ができるんじゃないか!と思ったんですよね。
みんなの喜ぶ顔が見られたら、何となく自分自身がほっとするんじゃないかって、そんなことを感じていました。
豪華なお花見弁当を作ると決めてから、私のイメージする「どやーっ」という気持ちになるためにはどうしようかと頭を必死にひねり、どんなおかずを作ろうかなと悩むこと1週間。
スーパーをはしごして、値段は手頃だけどおいしい食材を買い込み、ローストポークに関してはしっかりと仕込みをしました。サンドイッチは朝イチで食パンを買いに行き、ふわふわ焼きたてで作りました。そして最後にお弁当箱へ詰めておしまい。
何もかも楽しくて、お弁当が完成した時は、「どやーっ」という自分の顔を想像してもう燃え尽きそうでした。たかがお花見弁当、されどお花見弁当。ここまで一生懸命作るってなかなかない体験です。
5年も前の話なのですが、当時作ったお料理を写真にちゃんと撮ってありました。それが記事の一番上の写真です。写真からもドヤ感が伝わるのではないでしょうか(笑)。
いろいろと悩んだ末に決めたおかずは、いつもおうちで作り慣れたものにしました。絶対失敗したくなかったのもあります。
にんじんとツナ、ブロッコリーと卵のサンドイッチ。生クリームを少し入れた、たらこパスタ。片栗粉でからりと揚げた唐揚げ。フライドポテト。鍋で作るローストポーク。キャロットラペ。たくさんのフルーツ。
栄養バランスはさて置き、当時の私自身のお料理レベルにしてはよくできた献立だなと今でも思います。
完成後、たくさんのおかずを詰めたお弁当が入った大きなバックを持って、夕暮れの上野公園へ。ドキドキのオープンタイム。お弁当の包みを開けたときに、みんなが言ってくれた「わー!おいしそう!ありがとう!」という声。
あーもうその時のことは忘れられないです。嬉しいというか何というか。間違いなく私のドヤ顔はすごいものだったと思います。それはさすがに写真では残っていませんが。
たくさん作っていったお弁当もあっという間にからっぽになりました。足りなかったくらいです。とても楽しいお花見になりました。
後日談になりますが、お花見の日以降、何となくモヤモヤしている自分が馬鹿らしくなって、目の前の仕事を頑張り始めると、すぐに負のスパイラルから抜けていきました。
もちろん、これがきっかけで仕事でうまくいき始めたというわけではないでしょうが、お花見弁当作りを通して、自分の中で何かがふっ切れたんでしょうね。
それ以来、何かモヤモヤとした時は、「どやーっ」という料理を作るようになりました。
平日の私はというと、朝5時に起きて、朝ごはん作って、塾のお弁当作って、ゴミ捨てして、子どもたちの宿題チェックして、洗濯物を干して、仕事へ。へとへとになって仕事から帰ってくると、お風呂入って、洗濯物たたんで、軽く掃除して。
家事の段取りがもともとよくないほうなので、どれも中途半端なまま、流れるように平日はあっという間に過ぎていきます。週末はのんびりできるかというと、最近はたまに仕事が入ったり、子どもの習い事の送迎などでバタバタしていたり。
そんな生活が続くと、ストレスと言わないまでも、たまにモヤモヤとしてきます。きっと私と同じような人、少なくはないですよね。
私に関しては、モヤモヤとした気持ちが盛り上がってくると、基本ネガティブ思考なのであまりいいことがありません。そんな時はあのお花見弁当を思い出し、「どやーっ」という料理を作ります。
時間も気にせず、そしていつもよりちょっと高価な食材を買ってみたりして。でも、ちょっとしたお店で外食するより全然安いですし、エステに行って散財したりするのに比べれば、とってもコスパがいいです。
何を作ろうか考えて、いつもよりゆっくりスーパーを回り、おいしいお酒を飲みながら(これ大事)、ゆっくり料理をする。娘のお友達を呼んでみたり、おうち居酒屋みたいな感じにしてみたり、パーティーでもないのにパーティー風の晩ごはんにしてみたり。
食卓が完成した時は、ドヤ顔マックスです、私。もちろん一生懸命作ったお料理はおいしいので、作って楽しく、食べて楽しい時間。とっても幸せな気持ちになります。そして私だけではなく、家族もきっとそんな気持ちのはず。
お料理にずいぶん私は救われている気がします。
クックパッド株式会社ブランディング・編集部担当本部長。1972年、石川県金沢市生まれ。関西学院大学社会学部卒業。株式会社博報堂アイ・スタジオを経て、2004年に有限会社コイン(後のクックパッド株式会社)入社。編集部門長を経て執行役に就任し、2009年に『日経ウーマン・オブ・ザ・イヤー2010』を受賞。2012年、同社退社。2016年4月から再びクックパッド株式会社に復帰。現在、日経ビジネスオンラインにて『おいしい未来はここにある~突撃!食卓イノベーション』連載中。また、フードエディターとして個人でも活動を行っている。