クックパッド初代編集長であり、自他共に認める料理好き・小竹貴子のエッセイ連載。誰にでもある小さな料理の思い出たちを紹介していきます。日常の何でもないひとコマが、いつか忘れられない記憶となる。毎日の料理が楽しくなる、ほっこりエピソードをどうぞ♪
70歳を超える私の父親は、いわゆる昭和時代の亭主関白を絵に書いたようなお父さんです。
私の子どもの頃の父親は、昼も夜もそして週末も毎日遅くまで仕事をして、家事のすべては母親任せ。夕ご飯に限っては、あまり家で一緒にご飯を食べたという記憶がないです。一緒に食べても、その後また仕事に行くことも多かったかもしれません。
さらに言うと、家にいないのに子どもへのしつけはとても厳しく、子ども時代も今と変わらずにおちゃらけて落ち着きのない私でしたので、とても要領のよい弟と比較すると、圧倒的に私のほうがよく父親に怒られていました。怒られる原因は自分にあるんですけど、やっぱりめちゃくちゃ怖かったですね。
そんな父親も、仕事愛は変わらないものの、今では性格もすっかり丸くなり、ガーデニングと孫が大好きな、優しくて可愛いおじいちゃんになりました。ただ、子どもの頃のあの厳しくしつけをされた思い出があり、私はいまだにあまり仲良くはなれていないんですけどね。
そんな父親との料理の思い出が、一つだけあります。なぜかチャーハンだけは、父親の担当だったのです。週末の昼間にたまに食卓にのぼることがありました。
作り方はとても簡単です。レシピを言うまでもないのですが、材料は冷やご飯、卵、ねぎ、そしてハム。
あまり余計なものは入っていませんが、たまに冷蔵庫に残っているシャケやウインナー、きのこ、ピーマンが入っていることもありました。ハムとねぎはとても小さく刻まれていました。ごはんと同じくらいの大きさ。
まずはたっぷりのサラダ油で卵をふんわり炒めて取り出します。次に具材を塩胡椒をしてよく炒めた後に、電子レンジで温めたご飯を投入してパラパラになるまで丁寧に火を通し、味付けはお好みですが、我が家は醤油だけ。そして最後に卵を戻します。かなり薄味なので、物足りない方は、ひとふり中華の顆粒だしを振りかけてもよいかもですね。
中華料理店で食べるチャーハンとまではいきませんが、ほどよくご飯はパラパラです。パラパラすぎるチャーハンは実は食べにくく油っぽいので、私は父親のチャーハンくらいが本当はとても食べやすくおいしいんではないかと思っています。
チャーハンが出来上がると、盛り付け。大きめのご飯茶碗にぎゅーっとチャーハンを詰めて、お皿にふたのようにぱかっとかぶせてひっくり返します。すると丸いドーム型のチャーハンが完成です。これが父親のちょっとしたこだわりだったようです。
一口食べると、チャーハンの仕上げにもさっとお醤油をかけているのかな、ふわっとお醤油の香りが口の中に広がります。味付けも薄味なのでいくらでも食べることができます。父親はなぜか紅生姜を上にのせていました。
先日のゴールデンウィークに、娘たちを連れて実家に帰った時のこと。時間は昼の12時、お昼ご飯の時間です。家事で忙しく、母親がバタバタしていてお昼ご飯の用意がまだできていませんでした。すると、家族みんなに聞こえるような声で、母親が娘たちにこう言いました。
「お父さんのチャーハンはとてもおいしいんだよねー。食べたいよねー」
私は「あ、そういえば父親のチャーハン食べてないな」と思いながら聞いていたのですが、即座にチャーハンが大好きな娘たちは、庭仕事をしている父親のところに向かい、「ねぇ、おじいちゃん、おいしいチャーハン食べたいなぁ」と何度も言います。
しらーっとその言葉を聞かないふりをしていた父親も、何度も言われるので「しょうがないな」という表情をしながら台所に向かい、いつものチャーハンを作ってくれました。何だかその背中はちょっとうれしそうでした。
出来上がったチャーハンはいつもの味わいで、ほっとしました。ちょっと中華だしが入っていて今どきの味に進化もしていました。きっと私が実家を離れた後も、たまには作っていたんだなと思うような手際のよさでした。
あれ? もしかしたら、私が小さな頃、母親は忙しい時にいつもこうやって私たちにおねだりさせていたんではないか? チャーハンはもしかしたら、母親が忙しい時の父への“お願い料理”なのかな?なんて。
そういえば母親が外出していた時もチャーハンでしたし。亭主関白の父親をうまく操縦する母親の裏側を覗いちゃった気がしました。さすがです、うちのお母さん。
私もそうですが、「ママのおいしいハンバーグ食べたいな」なんて言われちゃったら、忙しくても作っちゃいますしね。何だかこういう小さなお願いをされるってうれしいんですよね。
今日は、父の日。ありがとうの気持ちを込めたプレゼントもうれしいと思いますが、こそこそっと「パパのおいしいごはん食べたいな」と甘えん坊な声でおねだりしてみる、そんな言葉のプレゼントも実は喜んでもらえるんじゃないかな、なんて思いますが、どうですか?
まぁ、いきなりやってもうまくいかなさそうですけどね(笑)。
クックパッド株式会社ブランディング・編集部担当本部長。1972年、石川県金沢市生まれ。関西学院大学社会学部卒業。株式会社博報堂アイ・スタジオを経て、2004年に有限会社コイン(後のクックパッド株式会社)入社。編集部門長を経て執行役に就任し、2009年に『日経ウーマン・オブ・ザ・イヤー2010』を受賞。2012年、同社退社。2016年4月から再びクックパッド株式会社に復帰。現在、日経ビジネスオンラインにて『おいしい未来はここにある~突撃!食卓イノベーション』連載中。また、フードエディターとして個人でも活動を行っている。