“クックパッド芸人”を自称し、自らのキッチンに1000品以上のレシピを掲載している「藤井21」さん。1人(ソロ)で作って1人で食べるという「ソロ飯」を日々楽しんでいるそう。藤井21さん自作のおすすめレシピと、悲喜こもごものエピソードをご紹介します。第6回のテーマは「思い出の料理」。子どものころ大好きだった思い出の料理、みなさんにはありますか?
それはきっと世界で一番美味しい唐揚げに違いない。
台所のテーブルに置かれた山盛りの唐揚げの向こうには母親がいる。
思い起こせば記憶の中の母親はなぜかいつも後ろ姿だ。
「今日の夕飯は唐揚げね」
そう言いながら、いつもと変わらないエプロンをかけて台所に立つ母親の後ろ姿を子どもの頃からずっと見ていた気がする。
『夕方5時にはうちに帰る』
僕がまだ小学生の頃の我が家のルール。
夕方5時に帰りましょうのチャイムが鳴るギリギリまで遊んでからうちに帰ると、いつも母親はちょうど夕飯の支度をしている。
「もう麦茶冷えてると思うから飲む?」
一夏中同じ事を言う母親に、手を洗ってきた僕は生返事をして麦茶を冷蔵庫から出しながら、台所の椅子に座る。
まな板で野菜を切る音。お湯を沸かす鍋。古くなってうるさい換気扇。
台所にある小さなブラウン管テレビでは夕方の大相撲中継が流れている。
子どもにとっての夕方の大相撲は退屈だ。
チャンネルを変えようとすると、「それ、今お父さんが見てるから」
父親は夕方の大相撲中継が始まると台所の小さいテレビの前に陣取り、煎餅を食べながら負けた力士に文句を言っていた。
「やる前から負ける顔してたもんな、ダメだあれは」
それに対して母親は後ろ姿のまましっかりと合いの手を入れている。
これが夕方の我が家の台所の風景。
うちの実家は小売酒屋を営んでいたので、いつも店を閉める夜8時に合わせて夕飯を食べる。
台所に並ぶのは大皿に山盛りの唐揚げ。
子どもの頃から大好きだった「世界で一番美味しい唐揚げ」。
前の日の夜からタレに漬けていた鶏肉には、ニンニクと生姜の香りとごま油の香ばしい風味が付いていて、醤油味の効いたその味に僕はご飯をおかわりして食べていた。
母親が料理する後ろ姿をいつも見ていたはず。だから何が入っているか調味料も全て分かっているのに、未だに僕はあの唐揚げと同じものを再現できない。
実家を出てからはあの唐揚げを食べる事はなくなった。
でも年に数度だけ、実家に帰るとあの頃と同じ唐揚げが食べ切れないほど食卓に並ぶ。
「唐揚げ好きでしょ」
そうか、前の日からタレに漬けておく必要があるから、いつ帰るのかしつこく聞いてきたんだ。
唐揚げなんてご当地ものあるし、スーパーの惣菜コーナーには必ず置いてある。冷凍食品だったら電子レンジで簡単にできるし、コンビニのホットスナックにだって置いてあるんだから手軽に買える。
どれも趣向を凝らしていて本当に美味しい。
それでも…
世界で一番美味しい唐揚げはたぶんあの唐揚げだ。
そうだ、今度帰った時にはちゃんと母親に面と向かって言おう。
「美味しい」って。
料理と笑いで天下を目指す男性ピン芸人。
埼玉県東松山市出身。東松山のやきとりを愛し、東松山市親善大使「東松山市應援團」の一員。食品衛生責任者の資格を持ち、クックパッドには1000以上のレシピをアップしている。日本テレビ系列『ウチのガヤがすみません!』などに出演。
>>オフィシャルブログ「良い香りのある生活」