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コラム

年齢を重ねてわかった「お茶漬け」というご馳走【数字のないレシピたち Vol.5】

決められた材料、分量、調理法などない。何にも縛られず、自分だけの「美食」を味わうために作る料理があってもいい。それはきっと、心満たす色鮮やかな時間をくれるはず。出張料理人・ソウダルアが綴る、人と料理と時間と空間の物語。

俺の親父とオヤジになった俺とお茶漬けと

ずずずっ、はあ

お茶漬けが美味しくなってきた。

ガキの頃によく親父が食べているのを見ながら、なぜ、あんな地味なものをさも、ご馳走かのように食べるのか不思議に思っていたものだ。 気づけば、もう、その頃の親父よりもオヤジの年齢になっている。

特に興味もなかったが、転職したIT企業があれよと言う間に大企業のようになっていた。 特になにをしたというわけでもないが、充分過ぎる給料と周りからは妙に美人だと言われる妻をもらっていた。

定年まで働く気にはなれず、早期退社をして何をするでもなく、悠々自適に暮らしていると突然、妻から別れたいと言われた。 彼女が最後に残した言葉。

あなたを見ているとポジティブ過ぎて、イライラする

まったく、理解はできなかったけれど、15年も一緒にいた人がそう言うのだから、きっと、私はポジティブなのだろう。

その日から、人間観察みたいなものが趣味になった。 そもそも、私は人にあまり興味がないのではないだろうかと思い至ったからだ。

繁華街は苦手。かと言って、田舎暮らしにもあまり興味が持てず、なんとなく程よい感覚の街でふらっと喫茶店や定食屋に入る。 どんなところにも人の営みがあり、人生がある。それをぼんやり眺めているのが妙に心地いい。

日が落ちると急に寒くなってきた。ようやく、遅い冬が来たようだ。 2年通って、ようやく馴染みになってきたバーに寄ってみよう。オーセンティックでもないが、若者好みでもない。ちょうどいいあのバーに。

上着のボタン閉めながら、つらつらと歩く。少し先にぼんやりと灯りが灯っている。知っている場所があるというのはいいものだ。 人生に多くを求めない私にはいくつかのこういう場所があれば充分なのだ。少し重いドアを開ける。

いらっしゃいませ

ちらりと奥を見る。いつものカウンターの一番奥が空いている。 いつものバー、いつもの場所。 すっと出てくるおしぼり。いつもの氷なしのハイボールを待つ間に吸う煙草。すべての均衡が取れていて、気持ちいい。

壁を背もたれ代わりにして、斜めに足を組むここからの景色が好きだ。 綺麗に並んだボトルとグラス。姿勢のいいバーテンダー。 2杯目のハイボールと3本目の煙草。いつものペース。

少しだけ、いつもと違ったのは若そうなのに妙にぐったりした女性が入ってきた。 小綺麗な服装とこなれた化粧 働き始めて、6、7年といった所だろうか。 仕事にプライベートに一番忙しい頃だ。 1杯目にウォッカトニック。悪くないチョイスだ。

こちらは3杯目。ラスティネイルを頼む。 若い頃、よく聞いたロックバンドの曲名につられて、あまりわからないまま飲み続けているといつの間にやら好きになったカクテルだ。ほんのり甘く、スパイスの効いた味わいが胃をふんわり熱くさせる。

からん、と音がする。 早すぎる空のグラスの音に思わず、ちらりと見ると女性と目が合う。 気まずさ任せに思わず、1杯どうぞと言ってしまった。

生まれて初めて言う、きざな台詞に思わず笑ってしまう。

同じものをと言う彼女を遮って、これはまだ早いから、好きなものを飲んでいいんだよ

なんて、何を言ってるんだ 私は、、、。 なんともいえない顔で女性がこっちを見ている。それも一瞬で馴れた様子で

じゃあ、おかわりをください

と妙なナンパとは思われなかったようで、仕事の愚痴。愚痴というよりは彼女の思考に会社がついていっていないような話だった。 とっととリタイアした私にはどこか懐くかしく、うんうんと聞いているとどんどん話してくる。

会社にいた頃だったら辟易としていたような話だったが、対岸の火事になった今となってはなかなか面白い。 そう言えば昔、対岸の彼女とかいう面白い小説があったな、などと考えながら、彼女の話を聞くともなく聞いているとだんだんと酔いが回ってきた。

気づけば、もう、5杯目のグラスを空にしていた。 彼女も4杯目のウォッカトニックを空け、ほほが少し赤く染まっている。

煙草、1本もらってもいいですか?

というので、火をつけてやった。 ふうっと慣れた様子で煙を吐き出しながら

たまに吸いたくなるんですよね

と言い、ちらっとこちらのグラスを見て

やっぱり、それ飲んでみてもいいですか? 最後に1杯だけ、偶数の杯数で帰りたくないんです

よくわからない理屈だったが、お酒には強そうなので、ラスティネイルを2杯頼んだ。

かちん

そういえば、初めての乾杯だ。そのグラスに口をつけてみると味がぼんやりしている。 ああ、これは酔っているな。

バーテンダーに会計の合図をする。酔っ払う愉しさよりも次の日の二日酔いのつらさが上回ってしまった。 これもまた、離婚をしてからかも知れない。 家で一人、吐き気と頭痛。重苦しい倦怠感を患っていることを思い出すと恐怖さえ覚える。

支払いを済ませ、ぐいっとグラスをあおる。 席を立つと

ごちそうさま。これ、おいしいですね。また、一緒にのみましょうね

少しとろんとした目で言うものだから どきりとしてしまった。 仕事への憤りを酔いが上回ったようだ。いいことだ。そうやって世の中は回っている。

おさきにね

何か気の利いたことを言おうと思ったが、何も思いつかなかったので、それだけ言い、店を出た。 ぼんやりとした頭と体にひやりとした空気が気持ちいい。 ふらふらと家まで帰ると小腹が空いていることに気づく、そういえば昼からろくに食べていない。

お茶漬けだな、これは

まず、やかんに水を入れ火にかける。 お茶漬けの為に冷凍してある小さなごはんをレンジに入れる。 解凍で3分10秒。この間に構成を決める。

さくっとお茶漬けの素に白菜の漬物をちょいと

なんてのも悪くない。 たっぷりのたらこに、海苔と胡麻をぱらり。

うん、うまそうだ

冷蔵庫を眺めながら思索にふけっていると海苔の佃煮が目に入る。

お前がいたかあ。よし、山葵もある。 確か、まだ開けていない金沢土産の焙じ茶あったはずだ

急須はないので、ティーポットにばさりと焙じ茶を入れる。やかんがしゅほしゅほ鳴り出した。そこに

ちーん!

我がキッチンは大騒ぎだ。 まず、ティーポットにお湯を入れる。お次は大きめの木の茶碗にお米をぽとん。そこに海苔の佃煮をたっぷりと。さらに山葵もたっぷりと。隠し味に白だしをちょろっと垂らす。そこに焙じ茶をこれまた、山葵を狙って、たっぷりと。そんなにお茶の味が強くない方が良いのでとっと入れてしまう。明日に出枯らしを飲めばいい。

箸でぐるぐる混ぜる。立ったまま、ずずずっとひとすすり。

ああぁ、うまい

ご馳走というのは材料や腕前ではなく、その人の人生のひだみたいなところにあるのかも知れないな。

ずずっ ふぅ ざっざっざっ むしゃりむしゃり ずずずっ はああ

海苔の香りと甘み、醤油のコクを山葵が鮮やかに彩り、うまいだしになっていく。 たっぷりとつくったが、いっきに食べてしまった。もう少し食べたい気もあるが、これくらいでいいのだ。ちょうどいいことこそが気持ちいい。 ふいに思い出す。

そうか、帰り際にあの本を進めればよかったな

まったく、男ってやつはいつだって、あとで気づくのだ。 ダイニングテーブルにぽつんとした茶碗見ながら。

ごちそうさま

なんとなく、親父に向かって言ってみた。

ソウダルア(出張料理人/イートディレクター) 

大阪生まれ。5歳の頃からの趣味である料理と寄り道がそのまま仕事に。“美味しいに国境なし”を掲げ、日本中でそこにある食材のみを扱い、これからの伝統食を主題に海抜と緯度を合わせることで古今東西が交差する料理をつくる。現在は和紙を大きな皿に見立てたフードパフォーマンスを携え、新たな食事のあり方を提案中。


【フードパフォーマンス映像】
https://vimeo.com/275505848

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