決められた材料、分量、調理法などない。何にも縛られず、自分だけの「美食」を味わうために作る料理があってもいい。それはきっと、心満たす色鮮やかな時間をくれるはず。出張料理人・ソウダルアが綴る、人と料理と時間と空間の物語。
有休をつかって、長く取ったGW明け。
久しぶりに出社すると新しく女性の社員が入っていた。
黒髪のショートカットがいかにも気が強そうで苦手なタイプだけれど、直接関係のある部署でもないので関わらないでおこう。
僕は平凡な平和を愛しているのだ。
そう思っていたのに今度の週末に歓迎会をやるらしい。
彼女と歳が近いからか上司が妙に仲良くさせたそうだ。
お前も来るよな?といつになく念を押してくる。
断るエネルギーが湧いてこなかったので、一応、参加すると答えておいた。
少し気が重いが仕方ない。
特に忙しい時期でもないので、定時で上がり、会社を出ると5月の半ばだというのに夏のように蒸し暑い。
西日が強い帰り道を歩いていると、どこかの家からカレーの匂いがしてきた。
もはや、これを夏だと認めてカレーをつくってみよう。
一度、キーマカレーというやつを作ってみたかったのだ。
なにかの雑誌でカレー研究家の人がキーマなら、15分でできちゃいます!みたいなことを書いていたのが印象に残っていた。
家に中途半端に余っている野菜があるので、挽き肉とカレー粉だけ買って帰ればいい。
家につくと、これまた夏のように蒸し暑い。
窓を開け、換気扇を全開にして野菜を物色する。
冷蔵庫の冷気が気持ちいい。
人参、玉ねぎ、ほうれん草、大根。うまく使い切れなかった野菜を全部、細かく刻んでいく。
「じゃくじゃく」「ざくざく」「しゃくしゃく」。
いろんな音と切っている感触が心地よい。
みじん切り、嫌いじゃないな。
それらをフライパンで炒めつつ、他に入れられるものがないか冷蔵庫を物色していると、いつの日か実家から送られてきて手つかずの味噌があったので、それも入れてみることにした。
どこかで食べた味噌カレーラーメンが美味しかったので、たぶん、大丈夫。
ある程度、野菜に火が通ってきたので、挽き肉をばさりと入れて、さらに炒める。
カレー粉をてきとうに入れるとなんだかそれっぽい香りがしてきた。
味見するとちょっと薄かったので、さらに味噌とカレー粉を加えると家がカレー屋さんのような匂いになってきた。
冷凍ごはんを電子レンジで温め、お皿に盛り、キーマカレーをかけ、卵を乗せると専門店っぽい一皿ができあがった。
これ、いいんじゃない?
思いの外の出来に嬉しい気持ちになってきた。
一口食べると、野菜の食感と甘み、カレーの香りと辛み、挽き肉のうまみが合わさってたまらない。
挽き肉も豚肉で正解だったかも知れない。安くなっていただけだけど。
いろんな意味での余りものばかりでこんな美味しいものができるとはインド人おそるべし。
半分くらい食べたところで卵を崩して、全体を混ぜ合わせるとこれまたいい感じだ。
カレーと卵はどうしようもないくらいに相性がいい。
一気に食べきったところで窓の隙間からカーテンをたなびかせながら涼しい風が入ってきた。
知らぬ間に汗だくになっていた体が心地よく冷やされる。
子どもの頃、夏休みにこんな時間があったような気がする。
母親の味噌にも感謝しないとな。
あの人もこんな感じでカレーに味噌を入れていたのかも知れないな。
少しおぼろげになっていた実家の景色を思い出しながら。
ごちそうさま。
久しぶりに田舎に帰りたくなりながら、つぶやいた。
大阪生まれ。5歳の頃からの趣味である料理と寄り道がそのまま仕事に。“美味しいに国境なし”を掲げ、日本中でそこにある食材のみを扱い、これからの伝統食を主題に海抜と緯度を合わせることで古今東西が交差する料理をつくる。現在は和紙を大きな皿に見立てたフードパフォーマンスを携え、新たな食事のあり方を提案中。
【フードパフォーマンス映像】
https://vimeo.com/275505848