見た目にも食欲をそそる、おいしい介護食を作って夫の闘病を支えた料理研究家のクリコさん。介護食作りでは、食べ物が誤って気管に入ってしまう誤嚥(ごえん)を防ぐために、食材をまとめる「介護食用ゲル化剤」を使うとのこと。今回は、著者のクリコさんにその活用方法をお聞きしました。
――まず「ゲル化剤」という言葉が耳慣れないのですが。
クリコ:わたしも介護食作りで、初めて知りました。介護食ならではのアイテムなんです。
病気や加齢などで飲み込む力が弱くなると、食べ物が誤って気管から肺に入ってしまう誤嚥(ごえん)を引き起こしやすくなります。肺炎など重篤な事態につながることもあるので、介護食作りでは特に気を付けなければいけない大事なことです。そこで、この誤嚥を防ぐため、液体にとろみをつけたり、食材をゼリー状に固めます。このとろみ付けやゼリー化に使うのが「介護食用のとろみ剤・ゲル化剤」です。「ゲル」は、ゼラチン(gelatine)や、ジェル(gel)の英語スペルのGELからきていて、実はゼラチンもゲル化剤ですし、寒天もゲル化剤なんです。
夫は飲み込むことに問題がなかったので、わたしの料理ではゲル化剤の分量を調節して、とろみ付けやゼリー化を行っています。
――家庭料理ではとろみをつける時には片栗粉やくず粉を、ゼリー状にするにはゼラチンや寒天を使います。これらは「介護食用ゲル化剤」とどう違うんですか?
クリコ:片栗粉やくず粉、ゼラチンや寒天は、食材にとろみをつけたり、ゼリー状にするために加熱して混ぜてから、いったん冷却が必要と、実は結構手間がかかります。介護食作りでは、1日3食、毎回、とろみ付けやゼリー化が必要なので、この加熱や冷却の手間が負担になってしまう。
介護食用のゲル化剤は複数のメーカーの商品があるのですが、常温で混ぜるだけで食材を固めて、食材の味も変わらないものがあり、とても簡単で便利に使えます。
――常温で、混ぜるだけ!?
クリコ:はい。例えば、この「オレンジムース&ジュレ」の、ジュレはオレンジジュースと砂糖と介護食用ゲル化剤をミキサーで混ぜるだけ。ムースは、生クリームを泡立てたホイップクリームに、オレンジジュレを混ぜるだけで作れます。ゲル化剤に水分を吸収させるための時間を置くのですが、それでも5分程度で作れます。
――5分!? これは、オレンジジュースだけじゃなくて、ほかのジュースでも作れるんですか?
クリコ:もう何でも。どんなジュースでも作れます。イチゴがあったらイチゴをピュレ状にしてゲル化剤を入れて、ホイップクリームと混ぜればイチゴのムースが簡単にできます。
――クリコさんの著書『希望のごはん』の中に「(ご主人の)体重を元に戻すために毎食デザートをつけてカロリー稼ぎした」というエピソードがありますね。
クリコ:はい。主人は手術後の点滴だけの入院生活で7キロも痩せてしまったので、何とかして元の体重に戻したくて。でも、流動食はそもそも、水分を多くすることで食材を流動状にしているので、同じ分量の普通食に比べて、カロリーが少ないんです。だから、流動食だけで太らせるのは大変。そこで思いついたのが、毎食デザートをつける作戦でした(笑)。
でも、それができたのは、この常温で短時間で固まる「介護食用ゲル化剤」のおかげです。ただでさえ介護食は作るのに時間がかかるので、デザート作りで加熱して、また冷却して、という手間がかかっていたら、とても毎食後のデザートは作れませんでした。
――それで、ご主人の体重は
クリコ:はい、退院後の5カ月間で7キロ増えて元の体重に戻りました。病院の先生たちに「流動食だけで7キロ増えた!?」と、とても驚かれたんですよ。
――すごい。この「ゲル化剤」は、スーパーなどで買える一般的なものなんですか?
クリコ:それが、全然、一般的なものではないんです。スーパーでは売っていなくて、わたしはネット通販で買っています。これがスーパーで買えるようになったらいいと思うんですが…。いまは医療機関や介護施設向けが主で。改善してほしいことの一つです。
――なるほど。それにしても、介護食というと「塩分を控えなければいけないのではないか」とか「カロリーを少なくしなくてはいけないのでは」といった先入観がありましたが、「太らせること」が実は大事と知って驚きました。確かに痩せると体力が落ちますね。
クリコ:はい。塩分やカロリーを控えなくてはいけないというのは、きっと病院食のイメージではないかと思いますが、介護食は、噛んだり飲み込んだりする力が弱くなった人のために、食べやすく調理した食事のことを言います。
主人の場合は幸い、栄養制限やカロリー制限の必要が一切なかったので、何でも食べられたのですが、こうした制限のある方は管理栄養士さんなどに相談すると良いと思います。
太らせるということでは、実は主人は、もう一つ別の手術を控えていて、体力アップが必須だったんですね。なのに、食べるのに時間がかかって、一度にたくさんは食べられなかった。それで、バターや生クリーム、チーズといった乳製品などを使って、カロリーアップを心がけていました。
――前回のお話で、日常で食べ慣れていた食事をベースに、その延長線上で、介護食としてどう工夫するかと話題になりました。クリコさんとご主人の場合は、日ごろから洋食が多かったけれど、たとえば、いつも和食を食べていた家族のために介護食でカロリーアップするとしたら、どうすればいいでしょうか。
クリコ:そうですね…、例えば、やわらかい魚を選んで照り焼きにする場合、バターを使うとコクも出ます。普通の茶碗蒸しでも、豆腐や身のやわらかいタラなどを入れることでカロリーアップしますし、ちょっと乳製品を入れる手もありますね。ほかに、大豆は良質なたんぱく質で、それ自体がカロリーが高いので、大豆製品の利用を増やす手もあります。ごま油を使ったドレッシングもいいですね。
――なるほど!
クリコさん、お話をありがとうございました!
※「介護食用ゲル化剤」は複数のメーカーが商品を販売しています。ここではクリコさんが使用している、介護食品メーカー宮源の「ミキサーゲル」についてその特徴を紹介しています。ほかのメーカーの商品とは特徴や使用方法、分量などが異なる場合があります。
取材協力:日経BP
希望のごはん〜夫の闘病を支えたおいしい介護食ストーリー〜
料理研究家クリコ・著
定価(本体1,300円+税)
ガンで噛む力を失った夫が、妻のおいしい手料理で復活!泣けて、笑えて、生きる力が湧いてくる感動のノンフィクション。トンカツからフレンチトーストまで「おいしい介護ごはん」30点のレシピつき。