世界中の台所を訪れて現地の人と料理をする台所探検家・岡根谷実里さんが、各地の家庭料理をお届けします。
北インドの家庭で普段食べられているパン「チャパティ」です。日本でもインドカレー屋などでおなじみになってきましたね。
インドと言うとカレーのイメージが強いのではないでしょうか。たしかにインドは複数のスパイスを使いますが、さらっとした煮物や水分の少ない炒め物が多く、どろっとしたルータイプの日本のカレーとはかなり異なります。さらに季節や地域によっても無限大の食材の組み合わせがあり、「カレーライス」よりも「スパイス味の煮物」の方が近いように思います。
キッチンの棚にはスパイスがたくさん。でも辛味のためのものはこのうちの一部で、香り・色・味などそれぞれのスパイスにそれぞれの役割があります。
辛味のスパイス「ガラムマサラ」は、お家で作るときは控えめ。胃を痛めるからだそうです。辛いイメージのインド料理ですが、毎日食べる家庭の料理は日本の煮物と同じようにやさしいんですね。
そして、そんなスパイシーな料理に合わせる主食もまた面白いんです。
日本のインドカレー屋では、ふっくら焼かれた白い「ナン」が出てくることが多いですが、北インドの家庭では、薄くて茶色で丸い「チャパティ」が一般的です。というのも、ナンを焼くにはタンドールという大きな窯が必要で、家で作れるものではないのです。場所も薪もたくさん必要で、小麦粉は精白したものを使うこともあり、ナンは家では作れない贅沢品です。
ガンジス川のほとりの家庭で、チャパティ作りを教えてもらいました。
まず、アタ粉と呼ばれる全粒粉の小麦粉に塩と水を加え、生地を作ります。それをちぎって丸めて麺棒で伸ばし、タワと呼ばれるフライパンのような平たい鉄板の上で焼きます。
そしてここからが面白いところ。
ところどころぷくぷく膨らんで焼けてきたら...直火の中に入れます!
直火であぶられたチャパティは、香ばしさを放ちながら一気に風船のように膨らみます。
トングでひっくり返して裏面も炙ったら火からおろします。
そして最後の仕上げ。焼けたチャパティの片面にギー(バターオイル)を塗ります。このお母さんは、1枚のチャパティの片面にギーを塗り、もう1枚のチャパティとこすり合わせるようにして馴染ませていました。この方法だと、まんべんなく効率よく2枚一気に塗れます。
伸ばして焼いて炙ってこすり合わせる、という短い工程が、テンポよく繰り返されていきます。
そうしてできあがったチャパティは、半分または四分の一に折り畳まれて皿にのります。
今まで、せっかく丸いチャパティをどうして折り畳んで出すのだろうと疑問だったのですが、油を塗りこむ過程を見てなるほどに変わりました。こうして畳むと皿や手が油でベタベタすることを避けられるし、携帯食としても便利です。
こちらは長距離電車で隣のおじさんに分けてもらったチャパティとおかず。チャパティは、ギーの面を内側にして畳み、アルミホイルに包まれています。
携帯食としても便利ですが、やっぱり焼き立てのチャパティは格別。香ばしくてあたたかく、全粒粉なので噛むほどに甘くて、毎日食べたいおいしさです。
しかし、大家族みんなのチャパティを焼き上げるのはなかなかの労力。
粉から生地を作るところから始めて、丸めて伸ばして、1枚ずつ焼くのです。一人4~5枚ほど食べるそうなので、7人家族だと30枚ほど焼かないといけません。熟練のお母さんは1時間足らずで焼き上げるそうですが、それでもおかずに加えて主食にも手間がかかるわけです。少しでも楽にしようと生地を冷蔵保存している家もありました。
それでも焼き立てを食べさせようと、私たちが食卓についても台所でチャパティを伸ばしては焼き伸ばしては焼き続けているお母さんの後ろ姿に、感謝の気持ちが尽きないのでした。
そしてまた、スイッチひとつで私を主食づくりの仕事から開放してくれる炊飯器に、頭が上がらない思いになるのでした。
インドで教わったのは直火で焼く方法でしたが、日本の自宅はIH。そこでIHでも作れるチャパティの焼き方を、日本在住のインド人スタッフに教えてもらいました。膨らんでも押し付けながら、フライパンの上で焼き上げます。
ぷっくり膨らむエンターテイメント性と焼き立てのおいしさ、そして炊飯器への感謝を感じられるチャパティを、ぜひ一度つくってみてはいかがでしょう?
世界各地の家庭の台所を訪れ、世界中の人と一緒に料理をしている台所探検家。これまで訪れた国は61カ国。料理から見える社会や文化、歴史、風土を伝えている。
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