世界中の台所を訪れて現地の人と料理をする台所探検家・岡根谷実里さんが、各地の家庭料理をお届けします。
見ためもびっくり、真っ黒な豆スープ「ポターへ・デ・フリホーレス」。キューバ全土の家庭で毎日のように食される国民的料理です。フリホーレス豆のポタージュという意味の名前ですが、単に「フリホーレス」と呼ばれることが多いです。
作り方はシンプル。豆を水から煮て、別のフライパンで炒めた野菜をオイルごと注ぎいれます。甘くないおしるこのようでもあります。
フリホーレス豆の正体は、黒いんげん豆という乾燥豆。キューバで最もよく食べる食材の一つです。スープにする他に、ご飯に入れて一緒に炊いた「コングリ」も、家庭の食卓の定番です。
キューバではいくつかの都市でいくつかの家庭を訪れましたが、ほとんど、どの家庭でもフリホーレスが食卓に上りました。海沿いでも内陸でも、都市でも田舎でも、あらゆる地域で食べられます。 逆に「郷土料理」はあまりなく、聞いてみても「東の方ではクリスマスに豚の丸焼きを食べるけれど...それくらいかな?」という返事が返ってくるばかり。海に囲まれた長細い島国という点は日本と似ていますが、日本のような郷土色があまりないのはちょっと意外な気もします。
全土で同じものが食べられるのには、キューバ特有の社会背景があります。実はキューバは、世界でも珍しい「配給制」のある国なんです。米・豆・油などの生活のための最低限の食料は、配給手帳に基づいてすべての人に平等に配られます。
フリホーレスの米と豆は、こうやってすべての人に行き渡る食材で作れる料理であり、「平等」を大切にするキューバ社会らしい料理であると言えます。
配給の食料は、まちの配給所で受け取れます。配給手帳を持って行くと、少しのお金と交換で食料がもらえます。この配給所はかなり田舎に行ってもあり、都市でも地方でも、住む場所によらずすべての人が等しく食料を受け取れます。キューバは本当に平等を大事にしています。
一方「スーパー」を覗いてみると、また違った世界が見えてきます。 ここは首都ハバナのスーパー。棚は、空っぽか同じものがずーっとむこうまで並んでいるかが目立ち、いつも同じものがあるとは限りません。
キューバは、米国の経済制裁を受けていたり輸入元の情勢が不安定だったりするため、物資の輸入が不安定です。行った時にほしいものがあればあるし、なければない。お金があるからと言って何でも手に入るわけではなく、物があればわがまま言わずに買わせていただく。そんなキューバの買物風景は、有料配給所のような感覚をも覚えます。
しかしそんなスーパーの棚事情も、多くの人の生活にはあまり関係ありません。そもそもキューバのスーパーは、輸入食品と日用品を扱う「高級な店」。基本的な食事は、配給と市場の買物とで成り立ち、米と豆との食事を送るのにスーパーは不要です。
24時間数種類のおにぎりが欠品なく並ぶコンビニの棚を見慣れていると、キューバのスーパーを見て「物がない」と感じもします。しかし、米と豆の料理で日々の食卓を作っている人からしたらどこ吹く風。
もっと手に入れたいと思えば「物がない」社会に行き当たり、平等主義の社会に満足できたら不自由を感じず生きられる。まっくろ豆スープのフリホーレスは、上ではなく前を見て生きるすべての人にとっての「国民的家庭料理」なのでした。
台所探検家。世界各地の家庭の台所を訪れ、世界中の人と一緒に料理をしている。これまで訪れた国は60カ国以上。料理から見える社会や文化、歴史、風土を伝えている。
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