“最強料理芸人”としてご活躍中のクック井上。さん。TVや雑誌では、主に大人のキャスト向けにご自身のアイデア料理を振る舞うことが多いものの、実は食育インストラクター資格保持者。「子どもと料理」には並々ならぬ熱い思いをお持ちです。毎日お子さんに料理を作っているすべての親御さんたちへエールを贈る、クック井上さん。流の食育メソッドをどうぞ。
僕の母は、ご近所でも評判の料理上手だったんです。普段はぽんぽんモノを言うし、怒らせると怖い相手だったんですが(笑)、僕が幼稚園くらいの頃からよく「料理手伝ってー」と言っていろいろやらせてくれました。
今思えば、きっと面倒だったろうになと思うんですけど、一つ一つの作業をするたびに「うまいやん!」「カッコいい!」と褒めてくれて。僕にとってはものすごい成功体験になったんですよね。
もしもあの時、母に「邪魔!」と言われていたら、きっと今の僕はない。子ども時代の僕にとっては、母の影響力って絶大でしたからね。怒られてたらへコんで、料理に関わることをやめていたと思います。
子どもってみんな、それなりに劣等感を持ってるじゃないですか。算数とか、運動とか、正解のある課題に日々向き合っているわけで、うまくできなくて落ち込むこともいっぱいある。でも、料理だけは必ず成功体験が積める場だと僕は思うんです。だって“失敗”という定義がないから。「それでいいんだよ」と親が声を掛けてくれたら、どんなに変な形の餃子になったって「できた〜!」と思える。
そんなわけで小学生の時には1人で料理をするようになってました。よく母が買い物に行ってる隙に、自分の好きな調味料を使って創作料理を作ってましたね(笑)。小学4年の時には、野菜をたっぷり煮込んで、それを漉してコンソメスープを作ってみたり。家族に喜んでもらいたくて、褒めてもらいたくて、こっそり作ってはサプライズで提供してたんです。
父はというと家庭菜園と釣りが趣味の人で、週末になるとどっさり野菜や魚を持って帰ってくる。母はいつもそれを片っ端から料理してました。
家庭菜園といっても自宅の庭などではなく、父は農地を借りてガチでやってて、周りの人から「野菜博士」と呼ばれるくらいのレベルだったんで、もはや家庭“農園”ですね。収穫量もハンパない。しかもそれが毎週末続くわけです。どんなに調理して消費しても毎週毎週大量の野菜が来るもんで、「トマトに殺されるー!」と母は悲鳴あげてましたね(笑)。
両親は、仲良くなるきっかけも喧嘩になる原因も「料理」ってことが多かった。食でつながってる家族だったんです。
以前、横浜の小学校で食育の授業をさせてもらったことがあるんです。テーマは「おいしいって、なぁに?」。難しいことを言ってもつまらないので、子どもたちが楽しめるよう、僕からの質問に答えてもらう参加型の内容にしました。
1つ目の質問は、「自分の一番好きな食べ物は?」です。「焼き肉!」「ステーキ!」「ハンバーグ!」「ラーメン!」と、子どもらしいラインアップのメニューが次々と挙がりました。
そして2つ目の質問。「じゃあ次は、今まで食べたもので一番おいしかった食べ物は?」と聞いてみたんです。子どもたちは一様に不思議顔で、「ん? 好きな食べ物とどう違うの?」というリアクションでした。
そこで、「“今まで食べたもので一番おいしかった食べ物”は、いつ・どこで・誰と食べたものだったのかを思い出してみて」とお願いしたんです。すると、「家族で海に旅行に行った時のマグロ丼!」「熱を出してずっとご飯を食べられなくて、何日後かにようやく食べられたうどん!」と、好きな食べ物とはまた違うメニューを具体的に答えてくれました。
さらに「“自分の一番好きな食べ物” と “今まで食べたもので一番おいしかった食べ物” の違い、分かるかな?」と聞くと、子どもたちは僕が一番気づいてほしかった答えにちゃんとたどり着いてくれたんです。「“自分の一番好きな食べ物” はいつも食べてるものだったけど、 “今まで食べたもので一番おいしかった食べ物” は思い出があるものだった」と。
そう、「おいしい」というのは単に味がおいしいというだけでなく、その時の思い出や感動とセットなんですよね。好きな食べ物は頭に浮かんだもので、おいしかった食べ物は心と舌と細胞が覚えている。そしてそれは、一生涯、自分にとって特別な食べ物になります。
僕にも思い出の料理がいっぱいあります。毎週末と言っていいほど頻繁に、家族と一緒に混ぜて包んで焼いていたオカンの餃子。家族でよく行った洋食店で、コックさんが火柱を上げながら格好良く焼いていたポークソテー……。
子ども時代の思い出の味って、大人になってから無性に食べたくなる時がありますよね。辛いことがあっても、それを食べたらまた「頑張ろう」と前を向ける。そういう料理が3つ4つあったら、子どもはその後の人生も頑張って乗り切っていけると思うんです。
そしてできれば、その思い出の味のいくつかは、「お母さんが作ってくれた◯◯」「お父さんがたまに作ってくれた◯◯」「おばあちゃんの家で作ってもらった◯◯」など、家族の料理であってほしい。大人になった時、自分の大切な人たちにその料理を作ってあげて、家族の味を受け継いでいってくれますように、と僕は願っています。
料理に興味のないお子さんも多いと思います。横浜の小学校でも、僕が最初に心がけたのはまず楽しんでもらうこと。「料理を作らない人はいても、食べない人はいないやろー?」と呼びかけて授業をスタートしました。
家庭でも、まずは「食べること」について会話するところから始めたらいいし、料理のお手伝いも納豆を混ぜるとかキャベツをちぎるとか、ごく簡単な作業から任せてみたらいいと思います。
うちの子どもは、今でこそ「明日の朝はチーズコーンパンが食べたい」とリクエストしたり、自分からやりたいことを言ってくるようになってきましたが、最初はそれこそお茶漬けのもとを何味にするか選ぶところからでしたよ(笑)。でも、選択肢を見せて選ばせてあげると子どもって喜ぶんで、これ意外と良い方法なんです。大人にとっては当たり前のことでも、子どもにとっては新鮮な初体験ですからね。
横浜の小学校で、食べ物についての質問をした後、子どもたちに「自分がなってみたい職業は何?」と聞いてみたんです。サッカー選手、漫画編集者、保育士さん……いろんな回答が挙がりました。
さらに、「難しいかもしれないけど、なってみたい職業ややってみたいことは?」と質問を重ねると、サッカー選手と答えた子は「FCバルセロナのサッカー選手!」、漫画編集者と答えた子は「編集者じゃなくて漫画家!」、保育士さんと答えた子は「◯◯先生みたいな優しい保育士さん!」と、もっと具体的に“本当になりたいもの”を明かしてくれたんです。僕はみんなに、「その夢、絶対忘れないで! きっと叶うから!」と伝えました。
大人が何気なく発した「ダメ」「ムリ」という言葉は、大人が思っている以上に子どもの行動のブレーキになっちゃいます。だから、親はいつでも「絶対大丈夫!」と背中を押してあげてほしい。子どもに自信の種をたくさん作ってあげてほしいんです。
料理は、どんな形であっても必ずゴールを迎えて形になります。塩辛くたって何だっていい。ちゃんとしたものを作れるよう完遂させなきゃと気負う必要なんてありません。子どもに自信の種を植え付ける「楽しい体験」にする。それが一番大事な食育だと思ってます。
(TEXT:福井千尋)
ソニー・ミュージックアーティスツ所属のお笑いコンビ『ツインクル』のツッコミ担当。お笑い芸人活動の傍ら、食と料理を愛するあまり、ジュニア野菜ソムリエ、フードコーディネーター、食育インストラクター、BBQインストラクター等、食の資格を取得。単なる料理上手・料理好きに留まらない“食を語れる&料理を教えられる料理芸人”としての道を歩み出すや否や、その味・腕・工夫・知識の噂が広まり、料理教室の講師や食のイベントMCとしての依頼が殺到し、企業のレシピ開発等にも携わるに至る。現在、家庭から出る食料廃棄を楽しく解消するエンターテイメント型フードロス解消イベント『クリエイティブ・クッキング・バトル』の大会公式 MCとしても活躍中。
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