スパイスを楽しみ、カレーをこよなく愛する人たちがいる。ほぼ一年中カレーを家で作り、もちろん外でも食べ、「今度はこのスパイスで〇〇を作りたい!」と日々レシピ探求に余念がない。この連載では、そんなスパイス至上主義で生きる、カレーのことで頭がいっぱいな「カレーヘッド」たちの熱い思いにフォーカス! とびっきり個性的で楽しく、スパイスのように刺激的な彼ら・彼女らの日々を垣間見てみましょう。
今回ご登場する「カレーヘッド」は一条もんこさん。スパイス料理研究家としてご活躍中の一条さんは、「今は、カレールウ登場以来のカレー革命期に入っている」と語ります。そんな一条さんが提案する、ご家庭でも取り入れやすい「ワンスパイス使い」のススメとは?
カレー有名店で実践的なカレー調理を学び、年間800食近くカレーを食べる生活を送る。 2011年に『カレー研究会』を立ち上げ、主宰。年に数回、カレー好きな方たちと交流するカレーイベントを実施している。 2017年より、スパイス料理とカレーの料理教室『SpicLife』を主宰。300名以上の受講生が在籍し、予約の取れない料理教室と話題に。
スパイス料理研究家の一条もんこさんは、新潟県見附市の出身。野山に囲まれ、のどかな田園風景が広がる、冬は雪深い土地だった。
「そこに私の料理の原点があります。兼業農家だったので、家の手伝いで料理をする習慣が小学生の頃から自然にありました。肉じゃがやカレーライスを作っていく中で、次第に料理の楽しさを知っていきましたね」
家族のために固形ルーを使って、身近にあるいろんな食材を入れてアレンジしながら、カレーを毎日のように作った。スーパーマーケットは近所にはない。家の畑で採れる三つ葉、山で採れる野草のせりをカレーに加えてみては、華やかな香りにワクワクしていた。
「アケビもカレーに使っていたのですが、春にはつぼみを、秋には実った果実を入れて、味の変化を楽しんだりしていましたね」
「スパイスカレーに目覚めたのは、一人暮らしを始めた18歳からでした。それまで作っていた家族のためのカレーではなく、自分のためだけのカレー。スーパーでクミンやターメリックなどを買ってきて、見よう見真似で作ったので、まったくうまくできませんでした」
家庭科の教員免許を取得し、大学卒業後は一般企業のOLになった。しかし、料理することをもっと学びたくなり、20代半ばで料理研究家の川上文代先生のアシスタントへ。
「包丁でみじん切りをするところから始めて、本当に一からの勉強でした」
7年間の修行を経て、今度はカツカレーが評判のフランス料理店で欧風カレーを学んだ。スパイスへの渇望は萎えるどころか、より大きくなっていた。
米を主食に複数のカレーや副菜をセットにした南インドの定食「ミールス」を日本に紹介し、現在は食のコラムニストとしても知られる、南インド料理レストラン『エリックサウス』を経営する円相フードサービスの専務・稲田俊輔氏にスパイス使いを学んだ。「スパイスで料理の幅が拡がることを実感した日々」だったという。
「ほかはともかく、カレーやスパイスに関することだけは、良い当たりを引き寄せる運が強い!と自負しております(苦笑)。南インド料理ブームの火付け役であり、スパイスのプロ中のプロから直に学べたことは本当にラッキーでした」
「ここ3、4年、カレーとスパイスがブームですね。ご家庭でも、カレーだけでなく、いろいろなメニューにスパイスを使うようになり、“スパイス意識”が高まっているのではないでしょうか。『スパイスをカレーに取り入れる』あるいは『スパイスだけでカレーを作る』人たちも、どんどん増えています。
明治時代に日本にイギリスから西洋料理が入ってきて『欧風カレー』が紹介されてカレーが売り出され、昭和になってカレールウが発売されました。おそらく、その時以来の一大ブームといってもいいかもしれません」
これまでも、カレーうどん、ご当地カレー、スープカレー、エスニックカレー等々、カレーの流行は数々生まれてきた。日本の国民食の一つといえるカレーは、日本風にアレンジされて生き続けてきているのだ。
そして今、一条さん曰く、「空前の『スパイスカレー』ブームが起きている」のだそうだ。
「今注目されているのは、スパイスカレーです。これはスパイスの使い方に縛られず、多様な調理法でスパイスを扱い、それをカレーに使用するという、日本人が作った“進化系のスパイス料理”だと思うのです」
近年、一条さんはご自身が主宰する料理教室で、受講者の方を通してスパイスへのニーズの高まりを実感しているそうだが、やはりまだ「賞味期限切れ問題」があるという。
「スパイスだけでカレーを作るという方はまだ少なく、チャレンジしてみたいと思いながらも実現率は低いのが現状です。せっかく買ったスパイスも活用しきれず、ほとんど使わないうちに賞味期限が切れてしまうという声もたくさん聞いています」
そんな一条さんが提案するのが、ワンスパイスでもその香りや特性を活かすことができるレシピの提案だ。
例えば、普段作っているドレッシングやきんぴらごぼうなどにクミンを加えてみたりして、新しい味わいにを楽しむというもの。一条さんが提案するのは、どれも1品にたった1種類のスパイスを使うだけでOKで、毎日の食卓ですぐに活用できるレシピばかりだ。
「スパイスによって今まで食べていた料理が華やかになったり、深みが出てよりおいしく楽しめるようになります。こうした日常のちょっとした工夫を、より多くのご家庭で実践してみてほしいのです」
早速、筆者もクミンを取り入れて、「クミンドレッシング」と「クミンライス」の2品を作ってみた。
クミンドレッシングは多めに作ったが、爽やかな酸味とクミンの甘い香ばしさのバランスが良く、お裾分けした友人たちにも好評であっという間になくなってしまった。
クミンライスは、大さじ1程度の油にクミンシードを入れて加熱し、香りを立たせてから、クミンシードごとオイルを炊き上がったご飯にかけるだけで完成。ちょっとの手間で、いつものご飯に華やかなごまを思わせるような香ばしさが出て、食欲を刺激してくれる。これならカレーだけでなく、和食や普段の食卓でも十分合いそうだ。
日頃から作り慣れている料理にスパイスを1種類加えただけで、簡単にスパイシーでおいしい一品になる。この一条さんのワンスパイスレシピなら、賞味期限内で十分にスパイスを消費できそうだ。
実際、作って食べてみるとクミンがグッと身近に感じられるようになり、「スパイスはこうでなくては」といった思い込みも消える。スパイスを活用することへのハードルが一気に下がる気がした。
これならカジュアルにスパイスを楽しめ、もしかしたら自分好みのスパイス使いができるかもしれない。たった1つのスパイスから始めればよい、というところが背中をプッシュしてくれる。まずはクミン特有の味わいを、ただ純粋に楽しめばいいのだ、と。
エプロン姿で登壇した一条さんの姿は、もっとスパイスのある日常を楽しんで、とエールを送ってくれているかのように、優しく、凛々しかった。
長さ5〜6mmの楕円形のクミンシード(種皮・植物学上は果実/下写真左側)と、パウダータイプ(下写真右側)がある。エジプト原産のクミンは、ナイル川の渓谷に生育していて、ミイラの防腐剤としてアニスなどと共に使用されていたという。
エスニックな芳香は、アフリカ・中近東・中南米・アジアなど、世界各地で親しまれている。カレー、チリコンカン、フムス、クスクスなどの各種料理からパンやチーズなどにまで、幅広く活用されている。スーパーマーケットや100円均一ショップでも購入可。
「この甘めの柑橘系スパイスは、カレーの香りを想像させるなじみのある香りで、梅干しなどとも相性がいいですよ」(一条さん)
(TEXT:馬塲悠衣)
※本記事は「香辛料に関する調査研究を行い、もって食品産業の発展と国民生活の改善向上に寄与すること」を目的として設立された、公益財団法人山崎香辛料振興財団の「第13回スパイス&ハーブ普及セミナー」および「第28回スパイス&ハーブ研究成果セミナー」における、第一部基調講演をもとに構成しました。
東京都出身。立教大学文学部ドイツ文学科卒業。Switch, GEO日本版, 別冊太陽臨時増刊CLass Xなどの雑誌編集を経て、現在レシピ本の出版業務に携わっている。20代の頃、インド料理を学んだレヌ・アヌラさんの「スパイスはおくすり」との至言から、スパイスへ興味をもつ。スパイス好きがこうじて、5年間のニューメキシコ通いを経て、メキシコで唐辛子遊学を1年間したが、インドには行ったことがない。スパイスとハーブを使った、体がよろこぶような滋味感のあるカレー作りを、日々妄想模索中。2019年、第二回アマチュアカレーグランプリ準グランプリ受賞。