料理ユニット「アンドシノワーズ」で旧仏領インドシナ三国(ラオス・カンボジア・ベトナム)の食文化を広めている田中あずささん。毎日キッチンに立ち、料理をしながらいろいろなことを考えるのが密かな楽しみなのだそう。その時間を『脳内よそ見』と名付けている田中さん。日々の料理に疲れたとき、息抜きしたいときにぴったりの、肩の力がふっと抜ける『脳内よそ見』のヒントをお届けします。
こんにちは。
今年、私が住む東京の夏は例年に増して暑い一方で、とある日を境に「今日から秋だよ!」といきなり号令をかけられたような季節の変わりようだったように思います。私はといえば衣替えもいまだにしているんだかいないんだか。衣装ケースの中からしわくちゃの長袖をひっぱり出しているというていたらくです。
そんな中、キッチンの食材はすっかり秋。野菜やフルーツが豊富になるとともに、寒くなるとやたらと、火を使う「煮込み料理」を作りたくてしょうがないのです。
ラオスの山奥のお宅でお世話になっていた時のこと。
日本からすれば南国のイメージがあるインドシナ半島でも、ラオスは標高が高く、北部は乾季の2月ともなれば朝晩は10度を切ってくる寒さになる日が続きます。1枚だけ持っていたウールのセーターにウインドブレーカーを羽織り、毛布にくるまっても朝方はどうしても足元が冷える。なかなか布団から出ることができずに、まだ陽がのぼらない居間から一間続きの土間の台所を見ていると、大旦那さまが囲炉裏に座り、薪に火をつけました。
朝露で湿った薪は、最初のうちもくもくと煙をたてるばかりのように見えるけれど、ある瞬間にぱっと赤く燃え、土間を照らします。
土間に囲炉裏の暖かい空気が少しずつ満ちはじめると、まずは猫と子どもがちが起きてきて炎の真ん前を陣取り、小枝に火をつけたり昨晩の残った炭をころがしたりしながら遊び始める。しばらくして薪の火が落ち着く頃に、奥さまが手際よく鍋を囲炉裏にかけ、朝ごはんの準備が始まります。
この日は干したたけのこと豚足、青菜のスープ。直火にかかって表が真っ黒に煤けた鍋が格好いい。
広い土間の中のこじんまりとした焚き火ですし、家屋も半分オープンエアのような高床式住居。囲炉裏で家全体が温まることはないけれど、子どもや大人が集まり一番暖かい場所を陣取りながら薪をくべ、鍋をかきまわしたり調味をしたりと朝ごはんの世話をする様子を眺め、私もその一員として料理に参加しながら「火の求心力ってすごい」と改めて思ったことをよく覚えています。
ラオスのお宅で一緒に作ったスープもしかり、私個人的に、煮込み料理の魅力はその「集まりたくなる感じ」にあるような気がしています。寒い時に暖かい火があり、何か美味しそうなものが煮えている。それだけで、ちょっとその場をのぞいてみたくなりませんか?
そういえばバーベキューで「何かが香ばしく焼けている様子」も、やっぱりちょっとのぞきたくなります。
残念ながら焚き火ではないけれど、寒い日はできるだけ火の近くにいたいので、私はよくお粥を作ります。
寒い台所を温めたいというだけの目的で朝イチに丁寧なだし汁をとっていたこともありましたが、今のブームは夜半のお粥。なぜならお粥がたっぷり煮えている様子が、どこか焚き火に似ていると思うから(笑)。ぽこぽこと米の糊がはじける様子を眺めたり、かきまぜたりしながらガスの近くで暖まりながらぼーっと過ごすのが何より癒されるのです。
私がよく作るのは茹で鶏を作った後のスープをのばして出汁にする「鶏がゆ」。
大鍋に米1/2カップ、茹で鶏のスープを溶いた出汁2リットルくらい、好みの油ひとまわし、叩いたしょうが、干し海老、黒粒胡椒、少しの砂糖を入れてひたすらぐつぐつ。頃合いのとろみがついたスープ状になるまで煮込みます。好きなだけ煮込んでいいけれど、最初のかさが2/3以上まで減りすぎない程度に水を加えながら、米粒が全部糊になったとしても食感はさらっと仕上げるのがポイント。魚醤と塩で味を整えたら好みでフライドオニオンや刻んだ小ねぎ、割いた蒸し鶏、魚醤などでアレンジ。
※茹で鶏は好みのレシピで。むね肉やもも肉を使った手軽なレシピもいいし、気合が入れば丸鶏を煮込んでもごちそうになりそう。どんなレシピでも、とにかくお粥用にスープを大事にとっておいたらそれでOKです。
キッチンの大鍋にたっぷりお粥が煮える様子を眺めながら、ちょっとお酒でも飲んだりして、おうちでキャンプでもしているかのような「鍋前時間」にいろんな妄想を楽しんでいる今日このごろ。
これからの秋冬、みなさまの鍋前時間も豊かで美味しいものになりますように。
料理家、コピーライター。
仏印料理教室『アンドシノワーズ』主宰。2006年頃からインドシナ(ラオス・ベトナム・カンボジア3国)の古典料理を研究・紹介。