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コラム

西洋でいうおせち!?「シュトレン」がクリスマスの定番になった理由【あの食トレンドを深掘り!Vol.12】

90年代に流行した「ティラミス」、数年前に話題になった「おにぎらず」、直近では社会現象にもなった「タピオカ」など、日々生まれている食のトレンド。なぜブームになったのか、その理由を考えたことはありますか? 作家・生活史研究家の阿古真理さんに、その裏側を独自の視点で語っていただきました。

クリスマスケーキが日本に定着したのはいつ?

シュトレン」が、パン屋やケーキ屋の店頭に並ぶ光景は、今やクリスマス時期の風物詩。このスイーツが人気を得た要因には、日本人の嗜好の変化があるのではないだろうか。

日本でクリスマスが祝われるようになったのは、1873(明治6)年にキリスト教が解禁されて以降。やがて信者以外にもこのお祭りが伝わり、戦時中を除く昭和前半には大人がカフェーなどで騒ぐお祭りになった。

家族で祝う時代が始まったのは、1960年代。高度経済成長のおかげでサラリーマンが多数派となり、彼らがマイホームを築いたからである。中流層が多数派を占める時代になって、クリスマスの光景が変わった。

その頃、お父さんたちが不二家その他で買って帰るようになったのが、今も定番のスポンジケーキに飾りをつけたクリスマスケーキだ。私も1970年代の子ども時代は、父親が職場で支給されるチョコレートでコーティングしたクリスマスケーキを毎年楽しみにしていた。

ただ、そのケーキは味がいいとは言えなかった。何週間も前から大量に仕込んだスポンジはボソボソで、真ん中に挟んであるのも植物油脂を使った生クリーム。それでも、クリスマスらしいデコレーションのチョコレートプレートとウエハースの家を、妹として半分こして食べられるのがうれしかった。

ヨーロッパのクリスマスのケーキが、必ずしもスポンジケーキではないことを知ったのは1980年代の中高生時代だった。ドイツのレープクーヘン、イギリスのクリスマス・プディングやミンスミートパイ、フランスのブッシュ・ド・ノエル。しかし、ドイツで食べ継がれてきたシュトレンは、私が読んだ雑誌や本の紹介には入っていなかった。

『クリスマスキャロル』その他のイギリス文学によく登場したのが、クリスマスプディングなどのドライフルーツたっぷりのお菓子。その中にドライフルーツ入りのパウンドケーキがあり、お菓子作りの趣味があった私は、毎年その時期に作るようになる。

フランス菓子の流行から、シュトレンの登場

世間でクリスマスに他のスイーツが流行るようになったのは、21世紀に入ってから。丸太を模したロールケーキのブッシュ・ド・ノエルが最初で、10年あまり前からだったと思う。特に東京では、1990年代後半からのスイーツブーム以降、スイーツの代表はフランススタイルとなっていて、フランス菓子を習得したパティシエ(この言葉自体フランス語)が紹介に力を入れたのではないかと思われる。

ところがここ数年、スイーツの世界ではフランスへの憧れが少し低下気味になっている。他の国の文化へも関心が向くようになって、台湾発のタピオカミルクティーや豆花、スペインのバスクチーズケーキなどが流行する。そういう時代の中で流行したのがシュトレン。広まったきっかけは、2014年に青山パン祭りでシュトレンの食べ比べが行われたこと。ドイツパンの研究会などが地道に広報活動を行っていたところへ、パンブームが起こったという背景がある。

食べ比べはここ数年、おいしいもの好きの間で流行っていて、シュトレンは店によって個性が異なることもあって人気になった。

シュトレンも、ドライフルーツがたっぷり入っている。イタリアでクリスマスに食べられるパネトーネもそう。どちらも発酵のプロセスが入っているパンの一種である。発酵はさせていないが、イギリスのクリスマス菓子にもドライフルーツがぎっしり入っている。

ヨーロッパのクリスマスを祝うお菓子にドライフルーツがたくさん入るのは、昔ドライフルーツが豊かさの象徴だったこと、ビタミン不足になりがちな冬の栄養補給としての役割があったことによる。ヨーロッパの人たちにとってクリスマスは、キリスト誕生のお祝いであると同時に、日本のお正月のような家族が集まる大切な行事である。つまり、ドライフルーツのスイーツは、ヨーロッパのおせちなのである。

ところで、シュトレンはパサパサした生地で、ドライフルーツその他の香りも強い。昭和の日本人なら敬遠したのではないか。平成の終わり頃にブームになったのは、すっかりグルメになった人々が、新しい味や食感にもどん欲になったおかげである。パクチーや羊肉のようなクセが強い食材も、人気となって定着した。同じように、シュトレンも、じんわりくるそのうまみやフルーツの多彩な味や香りを楽しめる人が増えたのである。

シュトレンは、ドライフルーツをあらかじめ漬け込み、発酵だねを作り、パンに塗るすましバターも作り、とほかのパンよりずっと作るのに手間と時間がかかる。おせちもそうだが、クリスマスのお菓子も手間と時間をかけて作るものが多い。そういう行事料理が、洋の東西を問わず、ふだんつつましく忙しい生活を送っている人たちが、このときばかりは贅沢に作ってお祝いしたことを伝えている。

コロナ禍の今、今年も何とか無事に年を越せそうな幸せを、シュトレンを食べつつかみしめるのもいいかもしれない。

阿古真理(あこ・まり)

B7bdfa600542db2371cc4d487a7c3eab ©植田真紗美
1968(昭和43)年、兵庫県生まれ。作家・生活史研究家。神戸女学院大学卒業。食や暮らし、女性の生き方などをテーマに執筆。著書に『昭和育ちのおいしい記憶』『昭和の洋食 平成のカフェ飯』『小林カツ代と栗原はるみ』『なぜ日本のフランスパンは世界一になったのか』『パクチーとアジア飯』、最新著書『母と娘はなぜ対立するのか』(筑摩書房)など。

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