作家・生活史研究家。食や食らし領域が専門。
【あの食トレンドを深掘り!Vol.15】90年代に流行した「ティラミス」、数年前に話題になった「おにぎらず」、直近では社会現象にもなった「タピオカ」など、日々生まれている食のトレンド。なぜブームになったのか、その理由を考えたことはありますか? 作家・生活史研究家の阿古真理さんに、その裏側を独自の視点で語っていただきました。
コロナ禍でステイホームが推奨されて1年。皆が外食を控える生活になり、台所の担い手の負担が格段に重くなった2020年春の最初の緊急事態宣言下、あちこちから悲鳴が上がるようになった。
そんな中、注目されたお助けアイテムが、調理家電である。その中でも特に、電気調理鍋とホットプレートの人気が高い。2020年12月30日の『時事ドットコム』によると、アイリスオーヤマのホットプレートの同年5月の売上は前年同月の約4倍に達し、シャープの電気調理鍋のヘルシオ・ホットクックも、4~8月の販売台数が前年同時期の3倍以上になった。
クックパッドの「食トレンド大賞2020」でも、ホットプレートごはんが大賞に選ばれている。クックパッド食の検索サービス「たべみる」のホットプレートのキーワード検索は、ピークの5月に2月の約2.7倍にもなった。
しかし、調理家電を駆使した料理の人気は、コロナ前から始まっていた。「たべみる」で2009年以降の検索頻度を見ると、ホットプレートは2014年から上昇を始め、2019年時点で2013年の約2.8倍になっている。電気調理鍋は2017年から上昇を始め、2021年には2017年の約15倍になった。
そのほかにも、ホットサンドメーカーや、肉などを柔らかく仕上げる低温調理器が人気だ。低温調理器のキーワードは2018年から検索され始め、最も伸びた2020年に前年の約1.9倍になった。ホットサンドメーカーは2020年に急上昇し、2021年には2019年の約4.5倍になっている。いずれも少し前から人気が出始めたものが、コロナ禍でさらに大きく伸びたという印象だ。
電気調理鍋は、経済評論家の勝間和代さんが推したことも、ヒットの要因と考えられる。勝間さんが『勝間式 超ロジカル家事』(アチーブメント出版)を出して、電気調理鍋の魅力を書き、テレビ番組で家事について語り始めたのが、検索が増え始めた2017年だ。
勝間さんは2020年3月に出した『ラクして おいしく、太らない!勝間式超ロジカル料理』(アチーブメント出版)で、ホットクックについて次のように書く。「蒸し料理と煮込み料理に欠かせません。食材を切る、調味料を加える、スイッチを押す、というこの3つができれば、子どもでも安全に、失敗なくおいしい一品を作れます」。
ホットクックについては、レシピ本も出ている。『毎日のホットクックレシピ』(阪下千恵、日東書院)を見てみよう。「料理の仕上がりを左右する火加減、混ぜ加減を自動調節! スイッチONでおいしい料理ができあがります」とある。煮物、蒸し物だけでなく、炒め物やスイーツも作れる。無水調理なので、食材の栄養素を濃縮しておいしく仕上げる。解凍調理も得意。特に初心者や多忙な人にとって、強力な助っ人になることがわかる。
紹介されるレシピも多彩で、「ジューシー蒸し鶏」や「黒酢酢豚」「ローストビーフ」などの肉を柔らかく仕上げる料理はもちろん、「チンジャオロースー」「肉シュウマイ」「エビのタイ風カレー」といったアジア飯、「金目鯛の煮付け」「れんこんとにんじんのきんぴら」といった和食、「カリフラワーのポタージュ」などの手間がかかりそうな料理もできる。
ホットプレートも専用レシピ本がある。最初の本が出たのは2014年。所有する家庭は多いが、基本はお好み焼き、焼き肉など鉄板焼きを楽しむツールにとどまっていた家庭が多かったのではないだろうか? しかし実は多彩な使い方が可能で、その可能性が一気に試されたのがコロナ禍だったと言える。
『ホットプレートひとつでごちそうごはんができちゃった100』(黄川田としえ、主婦の友社)によると、ご飯ものでは、チキンライスやチャーハン、リゾット、ガパオライス、混ぜご飯、パエリアなど。麺類では、焼きそばやパッタイ、麺を茹でず調味液にいきなり入れるパスタ料理などが紹介されている。
人気のチーズタッカルビ、蒸し鶏などの他、回鍋肉やゴーヤーチャンプルーのような炒め物、フレンチトースト、フォンデュなども楽しめる。
どちらの調理家電とも、揚げ物以外は何でもできる。電気調理鍋はほったらかしで、ホットプレートは、食べながらみんなで作れるところに魅力がある。そして、調理が簡単になって失敗しづらい。
ところで、レシピのトレンドを追いかけると、台所の担い手の「外食店のような料理を再現したい」という欲求が、特に2000年代以降、どんどん強くなっていることを感じる。家の味、親から受け継いだ味が基準ではないのだ。共働きで外食を日常的にする女性が増えたことや、グルメがブームから定着期に入り、舌が肥えたことが要因だと思われる。
一方、この10年は時短欲求も強いため、アンビバレンツな気持ちの板挟みになった人が多かったのではないか。時短料理は、手順も材料も少なくするものなのに、外食店の料理は家庭と差別化を図るため、手の込んだ作り方、複雑な味にしているものも多いからだ。
台所の担い手のジレンマを解決する一つの方法が、便利な調理家電を使うことかもしれない。少なくとも電気調理鍋は、経験を積まないと難しい煮物などが上手にできる特性がある。昨年末に放送されたテレビドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』スペシャル版(TBS系)でも、料理初心者の平匡(星野源)が、訪ねてきた父に褒められた豚汁が、電気調理鍋を使ったものだった。
思えば、次々と家電が発売された昭和半ばも、主婦たちは親の味ではなく、メディアが紹介する新しい洋食や中華を採り入れていた。もしかすると今は、あの頃に続く生活革命期なのかもしれない。
※2021年3月19日に記事内容の一部を訂正・変更致しました。
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