【今日、キッチンで何を考えていますか? Vol.10】旧フランス領インドシナ料理「アンドシノワーズ」として料理教室を主宰する田中あずささん。毎日キッチンですごす時間が長い中、その息抜きは「空き時間の考え事」なのだそう。料理の隙間から生まれた、日々の雑感をおすそわけします。
こんにちは。
仕事を終え、夜ふけに料理をするのが好きです。もちろん、疲れ切って料理はもうたくさん、という日もあるけれど、誰もいないキッチンでラジオ番組や音楽を聴きながらすごすのは、私にとって頭と心がリラックスできる貴重な時間。
ひと通り片付いたキッチンの空間で考えごとをするのが目的ですので、メニューはできれば煮込みやスープ料理など、あまり手を動かさずに火元を見守れる料理を選びます。
そんな夜に時々作りたくなるのが「レバーペースト」。私は肉の内臓系が残念ながらあまり得意でないのですが、自家製のレバーペーストは別。レバー独特の風味が好きな方には物足りないかもしれませんが、ベトナムやラオス南部で食べていたバゲットサンドを思い出す、黒胡椒を効かせたスパイシーな仕上がりが気に入っています。
レバーペーストのレシピはたくさんある中、私が作るものはそう変わった作り方ではないと思います。が中でもひとつ、この料理で私が特に大事にしているのが「香り」。
レバーは肉の中でも鉄分をはじめとしたミネラルやビタミン類を多く含むと言われる一方、その独特な香りが強い部位でもあります。好きな人もいれば、私のようにちょっと苦手な人もいるのではないでしょうか。
パテにする時は、レバー独特の風味をうまみに昇華させるために香味野菜や酒を加えて加熱するわけですが、その際に、肉のにおいが「おいしそうな香り」に変化する瞬間を見極めるのが、個人的なコツなのです。
<材料> 作りやすい分量
A
玉ねぎ…小1個(みじん切り)
にんにく…1片(みじん切り)
B
鶏レバー…400g(血合いと脂をのぞき、洗って水けを拭き取る)
ワイン(白でも赤でも。シェリー酒もおいしい)…1/2カップ
C
塩…小さじ1〜
粒黒こしょう…20粒ほど
有塩バター…20g
生クリーム…大さじ3
1.フライパンを弱めの中火にかけ、油大さじ1(分量外)を熱してAを炒める。
2.にんにくと玉ねぎの甘い香りが立ち、薄いきつね色になったらBを加え、焦げないよう汁気を飛ばしながら炒め煮にする。
3.レバーの鉄っぽい香りが柔らかくなり、ワインと肉汁が煮詰まったソースのように濃厚な香りにまとまったらCを加え調味する。塩を整え味見し、鼻に抜ける香りに臭みがなければ火を止める。
4.熱いうちにバターを加えさっと混ぜる。粗熱がとれたら生クリームとともにフードプロセッサーにかけて攪拌する。密閉容器に入れて冷蔵庫で2日ほど寝かせる。胡椒が好きなら、食べる直前に粗挽き黒こしょうをふり、香りを足してもおいしい。
上記のレシピは少々わざとらしく「香り」を強調してみましたが、それだけ私にとって、レバーペーストは香り勝負の料理。
「料理に使うから」と言い訳をしながら開けたワインを飲みながら、夜のキッチンにたちこめる香味野菜と肉、酒、油脂が混ざっていく香りの変化を楽しむ時間は、料理をばりばり作って追い込む高揚感とはまた違う、癒されるような料理の楽しみを思い出させてくれます。
私たちは日頃、料理教室で「料理の途中の味」を確認する時間を大事にしています。いわゆる味見ですね。
日本ではあまり馴染みのない東南アジアのハーブや調味料を多く使うのでご紹介したいという理由もありますが、例えば炒め具合、茹で具合、塩加減などなど、ポイントごとの味見は料理の失敗を防ぐ、頼もしいガイドラインになると思うから。文字で書いたレシピの行間を共有する上でも「味見」は大切な体験と思っています。
そんな中でレバーペーストを作るたび、味見と同様「香り」も、料理をおいしく仕上げるガイドラインとしてとても信頼できる存在だなあと思うのです。
香りは味覚と同様に個人差がある感覚ですし、例えばたくさんの料理をお客様へご案内する場合などは、感覚に頼りすぎないレシピに沿い、ある程度一定の仕上がりをキープし続ける必要があります。
一方日々家庭のキッチンに立つ中で、料理の味が決まらない、とか、自分の味に自信が持てない、と思う時には「ああ、いい香りだな」「食べたいな」と自分が感じる気持ちを仕上がりの目安にしてみると、いつもと違った気分でキッチンに立てるかもしれないなと思った夜でした。
料理家、コピーライター。
仏印料理教室『アンドシノワーズ』主宰。2006年頃からインドシナ(ラオス・ベトナム・カンボジア3国)の古典料理を研究・紹介。