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コラム

“究極の巣ごもり生活”を体験した南極シェフが語る、ストレスフルな毎日を癒やす「料理のチカラ」

【南極シェフはお母さんを休ませたい vo.l1】コロナ禍の外出自粛による食生活への影響は大きく、3食の食事作りにストレスや悩みを感じる方も多いはず。コロナ禍の外出自粛生活と共通項の多い、南極観測基地という閉鎖空間で調理人として活躍した篠原洋一さんに、毎日の料理を楽しむアイディアやコツを伺います。

極限状態の巣ごもり生活を体験

初めまして!南極観測隊に調理人として同行した経験をもつシェフの篠原洋一です。

突然ですが、みなさん南極観測隊をご存じですか? 日本が南極の気象や地質などの観測のために派遣する調査隊のことです。僕は第33次、第50次の南極観測隊に調理人として同行し、隊員たちの食事作りを担当していました。

Dcbdc87a907d91e8e09300de79e2e088 2度目の越冬を経験した、第50次南極観測隊同行時の写真。前列中央が篠原さん

観測基地という閉ざされた空間を限られたメンバーで過ごす南極での生活は、いわば“究極の巣ごもり生活”で、実はコロナ禍による外出自粛期間中の日々とも共通項が多いんです。連載初回となる今回は、僕の南極での体験を元に、極限状態だからこそ重要な役割を持つ、料理のチカラについてお話しします。

食事でメンタルコントロール

危険な作業が伴う南極観測隊の最も重要なミッションは、「無事に日本に帰ること」。

観測隊員が仕事をする上では、「冷静さ」が一番大事。どんな状況においても適確な判断をするためには、常に安定した精神状態をキープしておく必要があります。娯楽の少ない極限状態において、隊員のメンタルを癒やす一番の楽しみは食事で、食事の充実がとても重要な役割を果たしていました。

例えば、隊員の健康を守るためには野菜不足・カルシウム不足などにならないよう栄養バランスが大事と言われます。食事の役割が栄養補給だけであれば、極端な話、必要な栄養素を完璧なバランスで配合したゼリーをチューブで摂ればいいですよね。でも、それで隊員の健康状態が保たれるかと言うと、そうではないんです。

単に栄養を摂るだけの食生活を続けていると、人間関係がギスギスしてトラブルが発生したり、結果的に観測隊の仕事もうまく行かなくなってしまう。一緒に食卓を囲み、会話やコミュニケーションを楽しみながら食事をすることこそが、隊員の心の健康保持と、仕事をスムーズに進めるために不可欠の要素なんです。

ですから、隊員たちに充実した食事を提供することはマスト。そのために、まず僕がしたことが食材の調達です。

南極滞在中は食材の仕入れはできないので、出発時に1年4カ月分の食事と予備食分の食材を仕入れていきます。なんと総額2400万円分! すごい金額でしょう(笑)。

どんなメニューにも対応できるように、全部で1600種類の食材を用意しました。よく「南極で料理するなんて限られた食材で作るから大変だろう」と心配されるんですが、食材自体は実はとても豊富なんですよ!

隊員たちのリクエストを聞いて毎週献立を作り、1年4カ月かけて計画的に食材を使い切っていました。

0fae70a013273791ed622cb742b1e30f 第33次観測隊の当時の献立記録。その日の隊員たちの主な活動内容と3食のメニューが一覧になっている

先ほど、「どんなメニューにも対応できるように」と言いましたが、実はこれがとても大事。南極という特殊な状況下だからこそ、「あれ食べたいな」と思った時にそれが叶わないと、人間は不安から精神的な飢餓状態に陥るんです。

食べられないとなると余計に食べたくなる。でも食べられないから強いストレスを覚える。常に冷静さが求められる隊員に、そうしたストレスを与えるのは最もやっちゃいけない。だから南極シェフは、いつでも何でも「作れるよ!」と答えられるようにしておく必要があるんです。

例えばリクエストされたメニューを作るには材料が足りないとなった場合も、「ないから作れないよ」とは絶対に言わない。「ちょっと違うけど、それに近いこれなら作れるよ?」と提案します。すると、相手も「あ、それでいいよ!」と、余計なストレスを感じることなく、受け入れてくれるんです。そんなふうに、僕はできる限りリクエストに応え、不安を解消することを心がけていました。

逆に仕入れて行った食材の中で、余りそうなものも出てきます。どうにか食べてもらいたい時は調理場に1、2人の隊員をこそっと呼び出して、作った料理を味見をさせるんです。そして、「これを食べたことは他のやつに言うなよ?」と耳打ちしておく。すると不思議なもんで、そのうち「おいしい物があるらしい」と噂が広まる(笑)。

そういう一品は、普通に予定していた献立よりもウケが良かったりするんですよね。提供方法にひと工夫すると、普段と違う反応があって面白かったですね。

調理人って一見観測や調査自体に直接影響しなさそうな仕事だけど、実は僕たちが隊員のメンタルコントロールに重要な役割を果たしていることを痛感したものです。

アクティビティーとしての料理の楽しみ

基本的にみんな、ずっと基地にいるので、話題といえばTVネタくらいになってきます。僕が同行していた頃は、ちょうど『JIN -仁-』というドラマが流行っていた時でした。次第に話題も尽きてきてしまうので、『JIN -仁-』に出てきた「黒米いなり」を作ってみたんです。そうするとみんなとても面白がって喜んでくれました。

いかに食で隊員に話題を振りまけるか、食のエンターテイナーとしてアイデアを出すことの大切さを感じて、週末にはパーティーや季節のイベントを計画したり、食を通じてみんなで楽しめる機会を作るようにしていましたね。

2d8464116825b9393d1f536c97c15116 実際にアクティビティーの一つとして行ったお花見パーティーの写真。普段と違い、大皿に盛り付けてパーティー感を演出するなど工夫を凝らした

料理がチームの人間関係を円滑に

隊員たちの仕事の一つに、雪上車(雪上や氷上を走行できる自動車)で昭和基地から出て1週間ほど内陸を調査しにいく旅行隊の仕事がありました。

基地から遠く離れて何日も活動するので、調理人は同行できない。そのため出発時に、完成した料理を小分け冷凍した「レーションパック」と、「ブリパック(ブリザード停滞パック)」という2種類の食事を日数分用意して持たせていました。

レーションパックは、雪上車のエンジンヒーターで解凍してすぐに食べられる通常時の食事。ブリパックは、前方が見えないほどのブリザード(強い雪嵐)が起こり、収まるまで雪上車を停めて中で待機していないといけない時のための食事です。朝から晩まで密室で待機ですから、暇でしょ。隊員たちにあえて「料理をしてもらう」ために、切った食材と手書きのレシピを入れたミールキットのような仕様にしてあるんです。

密室に引きこもっている中で、料理をすることが隊員たちにとって楽しいアクティビティーとなり、精神衛生を保つ大事な役割を果たします。レーションパックのみを持たせた隊と、ブリパックも持たせた隊とを比較した研究もあって、前者は人間関係がうまくいかなくなったり、さまざまな弊害が出て研究活動自体に支障が出た例もありました。

出発前は調理が苦手な隊員もいるので心配もしましたが、調理経験のある隊員もいるし、おいしくできたかではなくて、なんとか食べられていればそれでよしとしました(笑)。協力し合って作ることが、人間関係を良くするんですよね。

家族みんなが料理を「作る人」になってほしい

南極シェフとして毎日朝昼晩の食事やおやつ、夜食を作っている中で、改めて調理の仕事の責任や大変さを痛感しました。

1日中調理に追われて忙しいと、次はどんな面白いものを作ろうかと考える余裕がなくなり、どんどん辛くなってくる。余裕を生むために、普段は120パーセントくらいの力で作りながら、手を抜くところは抜かないと僕たち自身のメンタルがもたない。

プロの調理人だけでなく、家庭で家族の食事を作り続ける人もそれは同じ。今はその多くがきっと“お母さん”でしょう。気軽に外食という選択肢も取れず、以前より家族が自宅にいることが増えた今の生活で食事を作り続けることは本当に大変ですよね。

僕はお母さん1人で食事の充実を目指すのではなく、家族みんなでアクティビティーとして料理に取り組んでみてほしいなと思っているんです。家庭の中で「作る人」が1人だけしかいないよりも、お父さんも子どももみんなが「作る人」になった方が楽しいじゃないですか(笑)。

在宅勤務が浸透したり、子どもを含めて家族が家で過ごす時間が増えたことで、むしろ家族みんなの理解や協力を得やすい状況になったともいえます。今こそ、家族の絆を深めるためにも「料理」というツールを活用してみてはどうでしょう? そこから新しい家族の形ができていくのではと期待もしています。

次回の記事から、僕が南極生活で実体験したエピソードとともに、家族で楽しみながら料理に取り組む具体的なアイディアやコツをお伝えできたらと思います。

(TEXT:小菅さちえ)

篠原洋一さん

子どもの頃から食べることと、旅行が好きで板前に。その後、北海道大学の先生から聞いたオーロラの話に心打たれる。その一心で板前を続けて10年、29歳で南極観測隊に調理人として同行し、南極行きを実現。帰国後、豪華客船「飛鳥」に和食の責任者として14年間乗船し、世界9周、約70カ国、200都市を巡る。50歳を前にしてオーロラが見たくて再び南極へ。現在は、横浜関内で旅行・船好きが集まるレストラン&ダイニングバー『Mirai(みらい)』を開店し、経営している。