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コラム

コンビニで商品化&専門店も続々登場。恵方巻ブームから韓国のり巻き「キンパ」が人気に!

【あの食トレンドを深掘り!Vol.27】90年代に流行した「ティラミス」、数年前に話題になった「おにぎらず」、直近では社会現象にもなった「タピオカ」など、日々生まれている食のトレンド。なぜブームになったのか、その理由を考えたことはありますか? 作家・生活史研究家の阿古真理さんに、その裏側を独自の視点で語っていただきました。

コロナ禍で「キンパ」がますます人気に

キンパは、お好きですか? キンパは日本ののり巻きと似ているが、味つけにごま油と塩を使い酢飯ではないところに特徴がある。定番の具材はナムルや肉など。おにぎりに通じるホッとする味わいで、ごま油のコクが個人的にも好きだ。

最近、このキンパが流行している。クックパッドの食の検索データサービス「たべみる」では、2021年の検索頻度は何と2015年の5.9倍にもなっている。検索が増え始めたのは2016年だが、特にコロナ禍で大きく伸びた

2021年に検索頻度が急上昇したのは、「折りたたみキンパ」。おにぎらずのように、のりの面を田の字型に4つに分け、おかずを3面、ご飯を1面にのせ、折りたたんで重ねる。巻きすがなくても手軽に作ることができる。また、コロナ禍では恵方巻としてキンパを作る傾向も急速に高まった

キンパが流行し始めたのは、2010年代後半以降、第3次、続いて第4次と、くり返し韓流ブームが訪れたことがベースにある。チーズタッカルビやかき氷など若者の間での流行食に加え、サムゲタン、スンドゥブチゲといった定番の韓国料理も人気が高まっている。そうした中にキンパも入っている。

きっかけは、手に入る店が増えたことだ。2016年頃にナチュラル・ローソンで、2018年にローソンや無印良品で販売がスタートしている。その後、他のコンビニでも扱うようになった。また、キンパ専門店があちこちにできている。

キンパは、韓国を植民地にしていた日本から伝わったのり巻きが、現地化したもの。『食卓の上の韓国史』(周永河著、丁田隆訳、慶應義塾大学出版会)によると、1930年代に韓国のメディアでレシピが紹介されている。さまざまなアレンジメニューを展開するキンパ専門店が登場したのは、1990年代半ば。 ソウルなどの大都市で日本食店が大流行し、カリフォルニアロールなどの進化系すしが人気になったことが刺激になった。そうして進化したキンパが、今度は日本で流行しているのだから、おもしろい。

恵方巻のブームで「のり巻き」が復権

流行の往復による増幅は、日本の食も変えていくのだろうか? 影響を受けそうな、のり巻きに注目してみよう。

戦前生まれの女性たちから、「遠足のお弁当はのり巻きだった」という話を時折聞くことがある。昭和半ばまで、ごちそうの代表は手作りのすしだった。子どもの頃の思い出を聞くと、昭和30年代生まれぐらいまでは、バースデーパーティのメインデッシュがバラ寿司で、40年代生まれ以降は、から揚げなどの肉料理や洋食にシフトしていく傾向がある。のり巻きも定番のごちそうだったから、巻きすを常備している家庭は珍しくなかった。

しかし、働く女性が増え食卓が豊かになった1980年代以降、だんだんとのり巻きは食卓にのぼらなくなったように思う。1980年頃に手巻きずしが流行したことも、影響していると考えられる。テイクアウトののり巻きは定番の一つだが、目立つ存在ではない。

恵方巻の流行により、のり巻きの復権が始まる。1990年代初め、勤めていた大阪の会社で、「こういうのがあるんだって」と噂になり、部内のイベントにしてみんなで節分に食べた。関西在住の私たちですら知らなかったのだから、恵方巻文化は決して関西の一般的な文化だったわけではない。

『J-CASTニュース』2015年2月4日配信記事によると、恵方巻を全国区にしたのはセブン‐イレブン。1989年に広島の一部の店で、1995年に関西以西、1998年には全国で販売するようになっている。最初に手掛けたのはファミリーマートで、1983年に大阪府と兵庫県で販売している。私が知った1990年代初頭は、大阪市内にセブン‐イレブンはなかったので、誰かがファミリーマートで見つけたのだろう。

千葉県の、具材や海苔で花や顔などをかたどった、金太郎あめみたいな太巻きずしがテレビで盛んに紹介されるようになったのは、10年余り前だったと思う。2007年に農水省が主催した「全国の郷土料理100選」で選ばれており、その後にメディアで紹介される機会が増えたのかもしれない。キャラ弁の流行が盛り上がった後だけに、「まさか郷土料理にそんな映える料理があったとは」という驚きも伴っていたのではないか。

千葉県では、市原市から茂原・勝浦の木更津地方、千葉・東金・成東(山武)のエリアなどで、そうした太巻き作りが盛んだった。昭和初期の食卓を全国各地で取材した『日本の食生活全集』(農文協)シリーズの『聞き書 千葉の食事』では、巻頭のカラーグラビアで南総丘陵の食として、細巻きをいくつか束ねて芯にした太巻きずしの作り方が紹介されているが、太巻きの断面を見せる写真は残念ながらない。

私が小学生の頃、母親がたまに作っていた巻きずしには、ホウレンソウ、ニンジン、三つ葉、かんぴょう、シイタケ煮、卵焼きが入っていた。ホウレンソウとニンジンはそれぞれゆでる、かんぴょうとシイタケはそれぞれ戻して味付けしながら煮るなど、具材ごとに「仕事」をする必要があり手間がかかるモノだった。だからこそ、時短が求められる時代に家庭で廃れていったのも、仕方なかったのかもしれない。

近年は、昔ながらの食にノスタルジーや憧れを感じる人たちが多い。キンパを楽しく食べるうちに作りたくなり、作っているうちに日本ののり巻きも再発見する。そういう流れができたらいいのに、とひそかに願っている。

画像提供:Adobe Stock

阿古真理(あこ・まり)

8d9a611a66b8c48c6aff94dc22f7daa3 ©植田真紗美
1968(昭和43)年、兵庫県生まれ。作家・生活史研究家。神戸女学院大学卒業。食や暮らし、女性の生き方などをテーマに執筆。著書に『昭和育ちのおいしい記憶』『昭和の洋食 平成のカフェ飯』『小林カツ代と栗原はるみ』『なぜ日本のフランスパンは世界一になったのか』『パクチーとアジア飯』、『母と娘はなぜ対立するのか』、『平成・令和食ブーム総ざらい』、『日本外食全史』、『料理に対する「ねばならない」を捨てたら、うつの自分を受け入れられた。』、『ラクしておいしい令和のごはん革命』など。