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コラム

フィンランドのおばあちゃん自慢のサクふわ「シナモンロール」、レシピはない!?

【世界の台所探検 Vol.36】世界中の台所を訪れて現地の人と料理をする台所探検家・岡根谷実里さん。今回は、フィンランドの台所で出会った、おばあちゃんのシナモンロールのお話です。

「レシピなんてないよ。もう何十回作って、手が覚えているからね」。そう言いながら彼女が作るのは、シナモンロール。フィンランドの台所でのこの言葉は、かなり驚きました。

北欧フィンランドの家庭では、パンやケーキをよく作ります。夏の時期は森で摘んだベリーでパイを焼き、冬の時期は菓子パンやドライケーキを。一人当たりのコーヒー消費量が世界一なのは、手作りお菓子の存在と無縁ではないでしょう。食事はシンプルだけれど、パンやお菓子は焼くという人も少なからずいて、オーブンのないキッチンはなさそうです。

自分が作る以上においしいものが見つからないから

「私のコルヴァプスティは、むかしアマチュアコンテストで優勝したんだよ!」と自慢げに語るのは、赤髪と赤眼鏡が似合う、ふくよかなイルマおばあちゃん。首都ヘルシンキからバスで1時間ほど離れた田舎に住んでいます。キッチンの窓から毎朝ウサギやリスが見えるこの家に、夫のハリーと二人で暮らしています。

コルヴァプスティというのは、フィンランド版のシナモンロールのこと。カルダモン入りのほんのり甘い生地が特徴で、アメリカのシナモンロールのように上にかかったアイシングはなく、甘さも控えめです。

この生地で作る菓子パン類は「プーラ」と呼ばれ、プーラはフィンランドのベイキングの中でも基本中の基本。いろんなプーラがあって、大きなプーラは「このお店のものがおいしいのよ」とお気に入りの店があるのだけれど、このコルヴァプスティだけは、絶対に買わずに自分で作るのだといいます。「どうしてかって? 自分が作ったものよりおいしいものをまだ見つけられていないからね!」と。たいそうな自信です。

コンテストで優勝するほどの腕前と聞いたら、教わらないわけにはいきません。誰もが作るお菓子だけれど、どうしても彼女の作り方を知りたい。「お願い、教えて!」と頼み込み、夕方からコルヴァプスティづくりがはじまりました。

レシピは...?

「さてと...」言いながらイルマの体はもう動いています。ボウルに牛乳を注ぎ、そのまま電子レンジへ。牛乳が温まったのを指で確認して、塊のバターをざっくり切って、ぽとんと投入。そのままなめらかに次の作業にうつろうとするイルマを制して、慌てて尋ねます。「ねえ、分量は? レシピは見ないの??」

慌てる私をよそに、イルマはきょとんとした顔。「レシピなんてないよ。もう何十回作って、手が覚えているからね」

なんと...コンテストで優勝した彼女のレシピの秘密を教えてもらおうと思ったのに、開始3分で答えが出てしまいました。レシピは、なかったのです。それも、「頭の中に分量はある」というレベルではありません。温まったミルクにドライイーストや砂糖などを入れ、小麦粉を加えてこねていくのですが、この間一切計量をせずに進行していくのです。

「うん、この硬さ。こねて、生地の手離れがよくなったらOKよ。完全に手についてこなくなるまでじゃなくて、ちょっとべとべとするこれくらいで大丈夫」

なんだ、その加減は? もはや、初見の私には再現不可能。

「レシピが知りたければ、ネットにいろいろあるよ。どれを選ぶかはそれほど重要じゃない。この袋のレシピでもいいと思うよ」

そう言って小麦粉のパッケージの背面に書いてあるレシピを指差して教えてくれたのですが、分量も手順も、彼女のやっていることとだいぶ違います。混乱は極まるばかり。

イルマはこね上げた生地に布をかぶせて、30分発酵ねと言って一旦場を去ります。

驚きと不安と

「どんなに慣れていても必ずレシピを参照すること。パンとお菓子作りは化学だから、正確に計量するところで8割勝負が決まる」。親に教わったのか、誰に言われたのか、いつの頃からかそう信じて生きてきました。粉の1グラムまで正確に計量し、キッチン秤とにらめっこする時間が、私のお菓子作りの記憶の大半。面倒だけれど、そうしなければいけないと思ってきたのです。それなのに、イルマのあの軽やかな手つきと言ったら!

パンやお菓子作りのプレッシャーを軽々と吹き飛ばし、化学を超えてしまうような自信なのです。しかし、それでちゃんとできるのだろうか。

思わぬところに少しのこだわり

発酵を終えて2倍に膨らんだ生地は、台の上でのばしてバターとシナモンシュガーをたっぷり振って、成形していきます。ここでもイルマはおおらかで、ふつうは麺棒で均一にのばすところ、手で引っ張って押し広げていくという独自の方法を展開します。厚さは不均一で、だいぶ厚ぼったい。でも「こうやって生地を引っ張るようにして巻いて...」と、最終的に帳尻を合わせてくるのだから、目から鱗です。

分割して、つぶして、成形。最後につやだしの卵液を塗ります。ここまでこだわりのないようにみえたイルマが、卵液をしっかり満遍なく塗るところだけは強いこだわりが。「ここの隅がまだ塗れていないよ。ムラがあると、おいしくないからね」と注意される私。単なる艶出しだから大雑把でいいと思ったのに。

言われるがままに隅々まで卵液を塗り、最後に飾り用の砂糖を散らし、オーブンへ入れます。

焼きたてのおいしさと卵液の秘密

そのうちたまらないいい香りがしてきて、15分ほどで焼き上がり。焼き立てを食べると...

カリッ、サクッ、ふわ!

卵液を塗った部分がカリッと焼けて、中のやわらかい生地からはカルダモンとシナモンがふわっとあふれるように香り、そのコントラストがたまらないのです。予想外の食感とおいしさ。確かにこれは市販品とは別物です。

「コルヴァプスティはね、オーブンから出てきたばかりの焼き立てがおいしいのよ。焼きたては、いつもみんなの取り合い。明日ももちろん食べられるけれど、今のこれには叶わないから、今のうちに食べたいだけお食べ!」

冷たい牛乳と食べるのがいいのよと言って、私のコップに牛乳を注いでくれるイルマ。その牛乳を片手に、立て続けに2つ食べる私。香りにつられて隣の部屋からやってきた夫のハリーは、3つぺろり。

焼きたてのパリッとした食感とおいしさ、この高揚感。いい素材を使って完璧な配合で使ったコルヴァプスティはあちこちに売っているけれど、焼きたてのこの新鮮なおいしさは、手作りならではの贅沢です。最高のコルヴァプスティの秘密は、秘伝の配合ではなく、カリカリに仕上げてアツアツに飛びつく一連の体験の楽しさでした。お家で作ってみるときは、ぜひ冷たいミルクのご用意をお忘れなく。

世界の市場歩き絵本、発売!

「魚市場からおしゃれ市場まで、世界各地の個性あふれる24の市場を集めた絵本が発売されました。肉の繊維が見えてきそうなくらい精細なイラストは、ヨーロッパのイラストレーターさんが描いたもの。ヨーロッパ発の絵本で、私はこの翻訳をさせてもらいました。空想旅行に、お子さんの調べ学習や自由研究のお供に、ぜひ手に取ってみてください!」(岡根谷さん)

『世界の市場 おいしい!たのしい! 24のまちでお買いもの』
マリヤ・バーハレワ 文 / アンナ・デスニツカヤ 絵 / 岡根谷実里 訳

岡根谷実里さん

台所探検家。世界各地の家庭の台所を訪れ、世界中の人と一緒に料理をしている。これまで訪れた国は60カ国以上。料理から見える社会や文化、歴史、風土を伝えている。 著書に 「世界の台所探検 料理から暮らしと社会が見える(青幻舎 )」がある。

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