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コラム

作家・阿古真理さんのキッチン探しストーリー 第七編タニコー「MEISDEL(マイスデル)」

理想のキッチンを叶えるwebマガジン「たのしいキッチンmag」。生活史研究家・作家である阿古真理さんによる新連載を開始します。連載タイトルは「作家・阿古真理さんのキッチン探しストーリー」、阿古さんがご自身の理想のキッチンを手に入れるための情報を、住宅関係事業者やキッチンメーカーに取材する企画です。なんとなくご自宅のキッチンに納得がいっていない方や近い将来キッチンを購入する予定のある方が、本連載を通じてそれぞれの理想のキッチンに出会える手助けになるよう情報を発信していきます。

以前、この連載で紹介し好評を博した、料理家の上田淳子さん宅のキッチンが、オーダーキッチンのタニコー製だった。2020年に発売されて話題を呼んだ、フード編集者のツレヅレハナコさんの『女ひとり、家を建てる』(河出書房新社)もタニコーのキッチン。

料理好きが欲しいキッチンってどんなもの?ぜひ一度話を聞いてみたい、ということで、東京・戸越銀座商店街からほど近い本社ショールームへお邪魔した。

本社ショールームに展示されているキッチン、タニコーを象徴するようなフルステンレス仕様だ

プロ向けの厨房から個人の住宅までフルオーダーキッチンを自社製造

タニコーは、半世紀以上もプロの厨房に導入されてきた、知る人ぞ知るフルオーダーのキッチンメーカーである。ステンレス加工から行う自社工場を持ち、“ないものは創る”がモットーの自在な加工力が強みだ。

「海外から帰ってきた方が、『2槽式シンクは作れない』、と他メーカーさんで断られたなど、『できない』と言われ続けてきたものが、うちだとできるので驚かれる。いきなり制限が取っ払われて、『どうしよう』と言葉が出なくなる方もいます」、とキッチンデザイナーの伊東千春さんが話す。それまで制約だらけだったのに、自由の大海原にほおり出されて戸惑う人は多いのだろう。

一般的なシステムキッチンは、ニーズが多い設備を規格化し大量生産することでコストを下げるため、細かい要望に応えきれないところがどうしても出てくる。しかしフルオーダーなら、きめ細かく要望に応えられる。 タニコーが扱う主力素材のステンレスは、加工しやすく、錆びにくく清潔があるうえ、耐熱性が高く、強度もある、というキッチンにぴったりの素材なのである。

既製品では実現が難しい海外や飲食店のキッチンのような2槽式シンクも実現可能だ

プロ仕様のステンレスキッチンを家庭用にアレンジした「MEISDEL(マイスデル)」

以前から、著名人からも、「業務用に近いステンレスキッチンを入れたい」とオーダーをもらうことがあった同社が、家庭用キッチンに本腰を入れ始めたのは2008年。

業務用はシンクやコンロなどのユニットを組み合わせて作るが、家庭用はワークトップ一体型。引き出しがゆっくりと閉まるソフトクローズを採用し、インテリアになじむ丸みを帯びたデザインにするなどの工夫がある。

しかし、家庭用キッチンを扱うイメージが浸透しなかったことから、2019年からドイツ語の「マイスター」とステンレスを意味する「エデルスタル」を組み合わせた造語「MEISDEL(マイスデル)」(ステンレスの匠)というブランド名をつけた。

顧客の中には、プロの厨房に憧れ、あえて業務用を希望する客もいる。そこで同社は、業務用と家庭用の引き出しをショールームに設置し、閉めたときの音がまるで違うことを体感できるようにしている(YouTube動画で確認できます)。 また、家庭用なら2,000~3,000カロリーのガスレンジの火力が、業務用は12,000カロリーとまるでパワーが違い、耐火基準も異なっていることを説明すると、納得するという。

業務用とは異なり、家庭のインテリアにも馴染むように角に美しいカーブがつけられている

オーダーキッチンだから叶う「あったらいいな」

顧客の要望に応えるため、「ないものは創る」精神は、あちこちで発揮されている。木材などステンレス以外の素材も扱い、食器棚も作るようになった。

コンロはIHとガスに加え、焼き肉などが焼ける鉄板も組み合わせることができる。シンクに生ゴミを捨てられる穴を設ける、シンクにスライド棚を2段つけるなど、「あったらいいな」と思う機能が何でもつけられる。家庭用のキッチンで、ここまで細かくオーダーできるメーカーは、他にないのではないか。

「もちろん加工機械の制約はありますが、ミリ単位で加工できるので、限りなくご要望に近い形で実現できます。お客さまには『とりあえずご要望をおっしゃってください』と言います」とマイスデル室室長の須賀千尋さんは言う。

シンク下のキャビネットに通じる穴が設けてあり、キャビネット内のゴミ箱へ直接生ゴミなどを捨てることができる

ただ、加工が細かくなれば手間もかかるし、ステンレス製が中心なので高額ではある。オーソドックスな壁付けキッチンでも、200~300万円する。

今までのオファーでは、オープン棚の仕様で100万円のものが最も安く、最も高かったのは2,000万円ほどにもなっている。家を建てる場合もそうだが、要望を一つ叶えるたびにそれなりのコストがプラスされることを覚悟する必要はあるだろう。

シンク上部の棚板を水切り仕様に、水滴はシンクに落ちるので非常に効率的だ

顧客は、ホームパーティを開くのが好きな人や、料理教室を開く料理家といった料理好きが圧倒的に多いが、普段からステンレスを扱う機会の多い医師も多いという。その他、車いすを利用する人やシックハウス症候群で接着剤を使えない、といった特別な要望がある人のオーダーもある。

ツレヅレハナコさんがツイッターで発信した後は、タニコーのインスタのフォロワー数も一気に約1,000人も増え問い合わせも増加したという。ツレヅレさんが鍋の中をのぞきやすくするため、コンロの高さを5センチ下げたことから、ワークトップの高低差を設けたいというオファーが増えた。上田淳子さんがL字型キッチンを導入したことが公開されると、今度はL字型の要望が増えた。有名人の影響力は大きい。

キッチンは使い手の数だけ正解がある

また、2010年代後半頃からリフォームでキッチンを求める人が増え、特にコロナ禍ではそれまでの1.5倍にもなっている。

「コロナ禍で意識が家の中へ向いたので、より快適に暮らしたい、とキッチンのリフォームを考える人が増えました。吊り戸の高さを変える、吊り戸をなくして広く見せたい、腰が痛いので高さを変えたい、キッチンの前のカウンターをなくしたい、分散収納していた調味料を1カ所にまとめたいなど、より有効にスペースを使う変更が多いです。前から潜在的にご不満があった人が、コロナで旅行も行けないから思い切って改善しよう、と考えたのでしょうね」と須賀さん。

また、フルオーダーで細かく要望に応えていくので、打ち合わせ回数は少ない人でも3回、多い人では20回にも及ぶという。それだけ、オーダーキッチンの世界は奥が深いのだ。収納したいものをショールームに持ってくる人、引き出しの中を撮影した画像を持ってくる人もいるという。

「キッチンは人によって使い方が異なりますし、お持ちの鍋や調味料の数や種類もさまざまです。本当に自分にフィットさせようと思えば、オーダーするのが一番です」と須賀さんが言えば、伊東さんも「シェフも同じで、通路幅が50センチでいいという人もいれば、1メートルないとダメという人もいて、みんなに通用する正解はないんです」と言う。

キッチンは同じような機能や型が溢れているが、実際には動き方のクセや身長も人によって違い、食スタイルも好みも違う。本当は、使い手の数だけ理想形はあるはずだ。

以前取材した料理家・上田淳子さん宅のタニコー製キッチン、収めるものに合わせて収納の高さにこだわったと仰っていた

ヘビーな使い方をする飲食店が全国にあることから、修理に対応するタニコーの営業所・出張所は全都道府県に合計94カ所ある。困ったときに相談しやすいのも強みだ。ただ、あまり積極的に宣伝してこなかったので、タニコーの存在自体知らない人も多く「すごく検索してやっと見つけた」と言われることも多いという。ショールームは東京本社のほか、札幌・岩見沢・名古屋・大阪・福岡にある。地方在住で気になる人は、一度タニコーの営業所へ行ってみるといいだろう。

そもそもタニコーは長年、作る料理のジャンルも違えば、相手にする人数や客層も異なる、さまざまな料理のプロの要望に応じてキッチンを作ってきた。だから、「ないものは創る」で柔軟に対応することができるのだ。自分の要望が「無理ではないか」「奇想天外では」と思う人でも、恥ずかしがらずに言ってみると、案外すんなり叶えられるかもしれない。私はひそかに、他メーカーもタニコーの家庭用キッチンに影響されて、世の中のキッチンがみんなきめ細かい工夫で使いやすくなってしまう、という夢のような世界を心に描いた。

「仕事が人をつくる」とは言うが、須賀さんも伊東さんも、話を聞くにつけ、発想がとても柔軟なこと、キッチンづくりを心底楽しんでいることがわかる。そしてやっぱりタニコーの社員は、料理好きが多いとのこと。皆さんの腕前も一度見てみたいものだ、と食いしん坊の私などは思うのである。

余談だが、タニコーでは、オフィス用のキッチン「IRORI-WA」という商品も、2021年2月のビッグサイトで行われた「第21回厨房設備機器展」で発表し販売している。コロナ前から、オフィスで終業後に簡単な会食を楽しめるキッチンが欲しい、というオファーがあったことに加え、コロナ禍で社員食堂の仕事が少なくなったことが開発のきっかけになったという。キッチンのある場所は、もしかするとこれからもっと広がっていくかもしれない。使い手が増えれば、キッチンに対して意識も変わってくる。そうした使い手の変化が、やがてはより使いやすいキッチンの普及につながっていくのではないだろうか。

集合写真:MEISDEL室室長 須賀千尋さん、著者阿古真理、MEISDEL室キッチンデザイナー 伊東千春さん(左から)

※この記事は理想のキッチンを叶えるwebマガジン「たのしいキッチンmag」から転載しております。

阿古真理

作家・生活史研究家。1968年、兵庫県生まれ。食や暮らし、女性の生き方を中心に生活史と現在のトレンドを執筆する。主な著書に『ラクしておいしい令和のごはん革命』(主婦の友社)、『日本外食全史』(亜紀書房)、『料理に対する「ねばならない」を捨てたら、うつの自分を受け入れられた。』(幻冬舎)、『料理は女の義務ですか』・『小林カツ代と栗原はるみ』(共に新潮新書)など。

阿古真理さんの理想のキッチンに関するプロジェクトはご自身のnoteやYoutubeでもコンテンツを更新中です。
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