東京すし和食調理専門学校の学校長・渡辺勝さんが、日本各地を旅してお届けする「和食探訪」連載。知られざる和食の起源や、絶滅寸前の郷土料理などにフォーカスし、素敵なエピソードの数々をご紹介します。
こんにちは。ご当地和食めぐりが大好きな「東京すし和食調理専門学校」の学校長・渡辺勝です。今回は、三重県伊勢市の和食2品をご紹介。お伊勢参りの旅人を支えてきた郷土料理から、この春を元気に乗り越えるための「おうちゴハン」のヒントをお届けします。
まずは、伊勢地方の郷土料理「手こね寿司」。目にも鮮やかなカツオの赤身が桶に盛られて、華やかさ満点です。春はやっぱりカツオですよね。「初鰹」には早いのではないかって? はい、たしかに初鰹の季節は5~6月ですが、3月のカツオも、脂が乗り始めのうまさがあるのです。プリプリ肉厚で、しかもいい塩梅にさっぱりしています。
やってきたのは、「すし久」というお店。創業は天保年間で、明治2年の神宮式年遷宮で出た宇治橋の古材を建物に使った、趣あるお店です。さすが、立派な造りですね。
手こね寿司は、もともとは海沿いの志摩町の漁師たちが、漁に出た船の上でカツオやマグロを漬けにして、ご飯に乗せて食べたのが起源と言われています。大漁を狙う威勢のいい漁師の食事は慌ただしく、味を早く染みさせようと、魚を手でこねて揉みました。これが「手こね」の由来とされています。
器は手桶。このワイルドさこそ漁師めし。すし飯が、ほぼ隠れるほどたっぷり乗ったカツオ。透明感があり、プルプルと張りが強く、いかにも新鮮。三重県はカツオの漁獲高が全国で5位を下らない、指折りのカツオの名産地です。
カツオをパクリと頬張ると、トロッとした漬けの風味が口に広がります。これぞ春の伊勢ならではのカツオのうまさ。まだ脂が乗りきってない身は、タレが入っていきやすく、よく味が浸みています。秋口の脂がのったカツオとはまた別物です。
すし飯は、タレが軽く馴染んで赤く、飯の上には大葉とガリが乗り、カツオに振られた海苔の千切りもたっぷり。一口頬張れば、カツオと海苔と醤油の味と香りが口中に広がります。すっきりした味わいの伊勢醤油も相性よく馴染んでいます。カツオは低カロリーで低糖質な食材だから、手こね寿司は食べ過ぎを気にする人にもおすすめです。
お伊勢さんとカツオも縁があります。カツオは昔から神様に捧げる「神饌」でもありました。つまり、神様も好む縁起がいい食材。新年度に幸運を招く意味でも、いち早く春のカツオを味わってはいかがでしょうか。
手こね寿司が気になってきたという人は、早速今夜作ってみてはいかがでしょう? いわゆる「漬け丼」なので、家庭でも手軽に作ることができますよ。魚はやっぱりカツオがおすすめです。白身魚だとタレが馴染みにくいので、カツオの用意が難しければ、マグロの赤身がおすすめです。
漬けのタレは、魚の切り身がつかる量を酒、醤油、みりんを1:1:1で用意します。さらに砂糖も同量加えて、ひと煮立ちさせて冷ましておきます。冷めたタレに魚の切り身を入れます。短くても4時間は漬けてください。あまり時間がないときは、漁師さんをまねて、タレの中で魚を手で数回こねてください。
ご飯は通常のすし飯でOKです。昆布をひと切れ入れてご飯を炊くと◎。ご飯が熱いうちに昆布を取り、米2合に対して酢・酒80cc、砂糖68g、塩小さじ半分の合わせ酢を全体に混ぜます。これを冷ましておきます。好きな器にご飯を敷き詰め、その上に好きなだけ漬けた魚を載せ、上から刻み海苔をかければ出来上がりです。白ゴマを振りかけても、風味が出ておいしいですよ。
次はうどんです。おはらい町の中にある”おかげ横丁”のうどん店「ふくすけ」へやってきました。「伊勢うどん」の見た目の特徴は「汁がない」こと。そして、濃いめの味つけが想像できる「濃厚な真っ黒い醤油」がかかっていること。「太さ」は一般的な男性の指ほどあり、いかにもコシが強そうです。
ところが、一口啜れば予想はまったく裏切られます。「柔らかい!」。太い麺は、ふわりと軽く噛み切れて、思わず拍子抜けするやら驚くやら。うまく箸ですくわないと、つまんだだけで簡単に切れてしまうほどです。
伊勢うどんが、なぜこれほど柔らかいのか、お店の人に聞いてみました。まず、使っている小麦粉が三重県産の「あやひかり」という小麦粉で、中力粉に近い薄力粉であること。薄力粉のため、コシを生み出すグルテン成分が少ないようです。そして、次から次へと訪れる参拝客のために、うどんを常に茹でているのがもう一つの理由。お待たせせずに早く提供できるよう、汁麺にせず、タレをぶっかけて食べる形に行き着いたようです。
味も予想を裏切ります。黒く染まって味が濃そうな麺ですが、食べればあっさり、甘めのたまり醤油がけという感じ。軽い食べ心地で、あっという間に完食できます。
伊勢うどんの麺は、前回の「博多うどん」と同じ製法。通常のうどんを作る中力粉ではなく、グルテンの少ない薄力粉を使うのがポイント。1人前は薄力粉200グラムに水80ccを加え、練り上げます。
普通、うどんを打つときは、コシを出すため、(1)塩を加える(2)よく練る(3)寝かせるという工程がありますが、それを一切省き、小麦粉がまとまったら、そのままパスタマシンなどで製麺します。もちろん手で伸ばして包丁で切ってもOKです。
タレは、1人前で濃口醤油大さじ3、みりん大さじ3、砂糖大さじ1/2を加え、ひと煮立ちさせます。みりんのアルコールが飛んだら、出汁を大さじ2加え、再沸騰すれば、できあがり。
麺は薄力粉で打ち粉を回し、そのまま沸騰した湯に投入。茹で時間は15分から30分。ここは好みの柔らかうどんになるよう、試行錯誤が必要なところ。茹であがったら、冷水で締めることなく、そのままどんぶりへ。
具材はシンプルに青ネギの小口切りだけがおすすめ。熱いうちに、タレを絡ませ、ズズッと啜り、フワフワの噛み応えを味わってみてください。
しめくくりに伊勢神宮と食のかかわりをご紹介します。伊勢神宮に祀られる天照大御神は、日本の国に「稲作」をもたらした神とされています。そのため、伊勢神宮では穀物などの農作物が豊作になるよう祈る、祭祀が大変多くあります。特に重要なものが「神嘗祭(かんなめさい)」。毎年10月17日、その年初めて収穫した全国各地のお米を、天照大御神にお供えするお祭りです。このお祭りでは、天皇自らが皇居内の田んぼで育てた稲も捧げられます。まさに米を主食とする日本人にとって、一番大切なお祭りなのです。
また、毎年11月23日には、皇居にて天皇が新米を食べるお祭り、「新嘗祭(にいなめさい)」があります。この「新嘗祭」のうち、新天皇が即位して最初に行うものを「大嘗祭(だいじょうさい)」と言います。ご存知の通り、昨年11月23日には「大嘗祭」が執り行われましたが、一世に一度の重要な儀式も米が大切な役割を果たしました。
日本人と米は令和になっても関りが深いことに変わりません。伊勢神宮を参詣したら、稲作の神様・天照大神にも思いを馳せてみてください。
次回の和食探訪は、京都祇園へ。愛らしい食べる宝石のような、京菓子の魅力をお伝えします。どうぞお楽しみに!
東京すし和食調理専門学校の学校長。度重なる海外出張で日本の良さや和食のおいしさに気付く。趣味は旅行と食べ歩き。近年、郷土料理の素晴らしさに目覚め、日本の宝である『郷土料理』を世に広める使命を個人的に請け負っている。
日本で唯一のすしと和食を学ぶ調理専門学校。2016年4月に東京都世田谷区に開校。海外からの留学生も多数在籍。校舎1階のカウンターにて学生によるすし懐石料理店「一膳」を定期的に営業。卒業生はすしや和食の専門店や旅館、海外のホテル内和食店などで活躍中。