【おいしい思い出 Vol.22】クックパッド初代編集長であり、自他共に認める料理好き・小竹貴子のエッセイ連載。誰にでもある小さな料理の思い出たちを紹介していきます。日常の何でもないひとコマが、いつか忘れられない記憶となる。毎日の料理が楽しくなる、ほっこりエピソードをどうぞ。
仕事帰りに“ちょっと一杯”と寄り道がとても好きなんです。そういう話をすると、「貴子さん、さすがバブル期の女性というか、大人の女っぽくてかっこいい」と言われるのですが、いやいやそんなかっこいいものではない。ちなみに、バブル期の女性でもない、数年後の崩壊後の就職氷河期の時代なのでお間違えなく。
で、どんなところでちょっと一杯をするかというと、自宅の最寄駅にある古くからある、わたしよりちょっと年齢が上のおばさんやおじさんが多めの喫茶店だったり、会社のそばにあるワインバーだったり。最近はそういった場所が新しいおしゃれなお店に変わってきているので、ふと見つけると間違いなくそこはグーグルマップにメモされています。そしてわたしのなかでお気に入りの“ちょっと一杯スポット”を増やしています。
ちなみにスポットの条件は、おしゃれというよりホッとする雰囲気で、やさしいママかマスターっぽい人がいること。わたしはそこで珈琲だったり、ハイボールだったり、さっと飲んで、たまにたわいもない話をして、さっと帰る。
家に帰ると、食事に片付けにとにかく寝る寸前までお母さんの仕事で大忙しだから、これはその前のちょっと一息です。
このちょっと一杯の習慣のきっかけは、わたしが小学生の頃に遡ります。その場所はさすがにワインバーではなく、おばあちゃんのおうちです。
わたしは小学生の頃、月に一度おばあちゃんのおうちへお泊りに行くのが何よりも楽しみでした。当時、おばあちゃんは若い頃に夫を亡くしていて、母親の妹である叔母とのマンションでのふたり暮らしをしていました。
まだわたしが小さな頃は土曜日も学校があった時代。午前中の学校が終えて昼ごはんを食べてからバスに乗り、おばあちゃんの職場に。おばあちゃんが働くお米屋さんの事務所で、小さな丸イスに座って本を読みながら、仕事が終わる夕方6時を待ちます。
ちなみに、わたしには3つ下の弟がいます。とにかく可愛らしくて家族のアイドル。いつも怒られているわたしの反面、かわいく甘えん坊の弟のペースでまわっている自分の家に、たまに疲れることがありました。今思うと弟に嫉妬していたんでしょう。
ただ、おばあちゃんのところに行くと、そんなもやもやした気持ちもなく静かな時間が流れていてなんかホッとした気持ちになったのです。
お姉ちゃんでしょ! と両親に言われることもなく、おばあちゃんと手をつないだり、おんぶをしてもらったり、ちょっと我慢していたかもしれない気持ちを解放して、甘えん坊になれることが何よりも楽しかった。
仕事を一生懸命にしていたおばあちゃんだったので、台所に立って料理をしている姿はあまり記憶がないのですが、朝ごはんに、いつもとっても酸っぱい梅干しが入ったまんまるのおにぎりと、郷里金沢のお漬物で金城漬と呼ばれる野菜のみそ漬けが登場していたことが今でも思い出に残っています。
その後おばあちゃんは仕事を辞め、わたしの住む家に同居することになったのですが、部活で活躍できなかったり、テストで良くない点数をとってやるせない気持ちのとき、おばあちゃんのお部屋に行っていました。夜、お腹空いたとわがままをいって、おにぎりも作ってもらったことも。
おばあちゃんは数年前に亡くなってしまい、そのときのありがとうを結局伝えないままでした。
気持ちの切り替えが苦手なのは、今でも変わらない。ただ何かひと呼吸おくとすっきりするのも、今も変わらない。
たまに、仕事のことでいっぱいになっているときは、ちょっと一杯…ではなく、ちょっとおばあちゃんのおうちに行きたいな。今でもそんなことを思うときがあります。
クックパッド初代編集長・小竹貴子によるお料理エッセイ。子どもの頃に好きだったもの、懐かしい故郷の味、恋人に初めて作った料理、自分の子どもが好きなもの。さまざまなテーマで料理とそれにまつわるエピソードを綴っています。思わず作ってみたくなるオリジナルレシピも紹介。読むとクスッと笑えたり、自分の思い出を振り返ったり、誰かに会いたくなったり。心がちょっとあたたかくなる1冊です。
クックパッド株式会社コーポレートブランディング本部長。1972年、石川県金沢市生まれ。関西学院大学社会学部卒業。株式会社博報堂アイ・スタジオを経て、2004年に有限会社コイン(後のクックパッド株式会社)入社。編集部門長を経て執行役に就任し、2009年に『日経ウーマン・オブ・ザ・イヤー2010』を受賞。2012年、同社退社。2016年4月から再びクックパッド株式会社に復帰、現職。現在、クックパッドニュースにて『おいしい思い出』、ForbesJAPANにて『それ、「食」で解決できます!』を連載中。また、フードエディターとして個人でも活動を行っている。