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コラム

人気の「高級食パン」。その理由は日本人好みの“柔らかさと甘さ”【平成食ブーム総ざらい!Vol.15】

阿古真理

作家・生活史研究家。食や食らし領域が専門。

約30年続いた平成は、4月30日に終わりを迎えました。「令和」になった今こそ、平成にあったさまざまな食のブームや事件を振り返ってみるのはいかがでしょうか。昔懐かしいものから直近のものまで、作家・生活史研究家の阿古真理さん独自の視点で語っていただきます。

主張の強い「高級食パン」と私

食パンは、日本人が最も親しんでいるパンの一つだ。朝ご飯にトーストして食べる人、ジャムを塗っておやつにする人。サンドイッチやピザ用に使う人。そしてそのまま食べる人がいる。
バゲットは非日常のパンかもしれない。クリスマスには、チキンと一緒に食べるために、ふだん買わないバゲットを買う人がふえる。しかし、食パンは日常のものである。ところが、2010年代半ばから、1斤あたり500円ぐらいかかる高級食パンがブームになっている

食パンは、もともと安い。スーパーなら100円を切るものもある。パン屋でも250~300円が相場だ。高級食パンは、スーパーのパンの4~5倍、パン屋のパンの2倍もするのに、行列ができる。高級なので、手みやげにも使われている。トーストしないでそのまま食べておいしいという触れ込みの「生食パン」もある。どうやら、水分量が多くもっちりしていたり、砂糖が多く使われていて、甘かったりくちどけがよいがゆえに「おいしい」と感じるようだ。

私も食べたことはある。おいしいのはわかる。しかし、食パンは私にとってスイーツではない。そんなに、はっきりくっきりしたおいしさはいらない、と思ってしまう。私は物心ついたときからずっと、朝食は基本パンで、そのときに食べるのはたいてい、トーストした6枚切りの食パンである。

朝はぼんやりしていたり、気分が上がらないことが多い。テレビやラジオから大きな音声が聞こえると耳をふさぎたくなるほどなので、静かに穏やかに1日を始めたいのだ。それなのに、高級食パンは「俺はパンだ!」と主張してくる。声が大きくて「うるさいよ!」と言いたくなってしまう。これは、おやつや、肉や油脂をたっぷり使った西洋料理のディナーなどのお供にするとよい類のパンではないか? 

柔らかさと甘さ。「高級食パン」は日本人好み

なぜこういうパンが人気なのだろうか。考えられる要因の一つは、10年来のパンブームである。パンブームについては、2016年に出した『なぜ日本のフランスパンは世界一になったのか パンと日本人の150年』(NHK出版)などで書いたが、最初は1996年以降に登場した、本場に負けないバゲットやクロワッサンをつくる店が発見されたことだった。しかしやがて、その人気はコッペパンやフルーツサンドといった、日本的な柔らかいパンへと移っていった。

高級食パンブームは、2013年6月、銀座にセントル・ザ・ベーカリーという食パン専門店ができ、行列ができたことから始まる。この店は、2003年に渋谷の東急本店前にできた、フランススタイルのパン専門店VIRONを営むル・スティルのブランドだ。全国展開している大阪の高級食パン店、乃が美も2013年の開業である。また、セブンイレブンがコンビニ・スーパーで出すには高い、1斤250円の「セブンゴールド 金の食パン」を出したのも同じ年である。

セントル・ザ・ベーカリーのパンは3種類。すべて2斤分でスライスしていない。北米産の小麦を使い長時間発酵させた山型の「イギリスパン」が735円、国産小麦のゆめちからを使った「角食パン」と、北米産の小麦を使い湯だねで発酵させた「プルマン」が840円。材料や発酵の仕方を変えて違いを感じさせようというマニアックなパンなのである。

VIRONで、安すぎるパンの価格を上げようと試みたル・スティルの西川隆博社長は、今度は食パンの価格上昇を試み、そして国産小麦を応援しようとした。かくして、材料にこだわったパン屋のパンは価格が上昇。300~400円のバゲットも珍しくなくなった。

近頃、パンに限らずラーメンでも、肉やスイーツでもテレビでレポートしやすい、はっきりと主張のある味が人気である。グルメが大衆化するとき、わかりやすく主張のある味が広まる

パンは、ブームの最初は日本で敬遠されがちな、皮がパリパリと固いバゲットなどの人気から始まった。しかし、10年続いたブームは、パンを毎食食べる、朝食に欠かせないなどと考えるパン好きだけのものではなくなった。珍しいもの、特別なものを食べてみたい人たちにまで広がってきた結果、昔から親しまれた食パンで贅沢なものに人気が集まったのだと思われる。

高級食パンブームは、永遠に続くわけではない。やがて熱が冷めたとき、1斤500円は高いと思われるのではないだろうか。ただ、くちどけのよさや、甘く主張のある味は、ブームでなくても好きな人がいるだろう。一ジャンルとして定着するのか消えるのか。その行方を見守りたい。

阿古真理(あこ・まり)

©坂田栄一郎
1968(昭和43)年、兵庫県生まれ。作家・生活史研究家。神戸女学院大学卒業。食や暮らし、女性の生き方などをテーマに執筆。著書に『昭和育ちのおいしい記憶』『昭和の洋食 平成のカフェ飯』『小林カツ代と栗原はるみ』『なぜ日本のフランスパンは世界一になったのか』『パクチーとアジア飯』、最新著書『母と娘はなぜ対立するのか』(筑摩書房)など。

執筆者情報

阿古真理

作家・生活史研究家。1968年、兵庫県生まれ。食や暮らし、女性の生き方を中心に生活史と現在のトレンドを執筆する。主な著書に『日本の台所とキッチン 一〇〇年物語』(平凡社)、『大胆推理!ケンミン食のなぜ』・『家事は大変って気づきましたか?』(共に亜紀書房)、『ラクしておいしい令和のごはん革命』(主婦の友社)、『日本外食全史』(亜紀書房)、『料理に対する「ねばならない」を捨てたら、うつの自分を受け入れられた。』(幻冬舎)、『料理は女の義務ですか』・『小林カツ代と栗原はるみ』(共に新潮新書)など。

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