cookpad news
コラム

フルコース料理に進化!?日本のとんかつが外国人旅行者に人気の理由

阿古真理

作家・生活史研究家。食や食らし領域が専門。

【あの食トレンドを深掘り!Vol.48】90年代に流行した「ティラミス」、数年前に話題になった「おにぎらず」、直近では社会現象にもなった「タピオカ」など、日々生まれている食のトレンド。なぜブームになったのか、その理由を考えたことはありますか? 作家・生活史研究家の阿古真理さんに、その裏側を独自の視点で語っていただきました。

インバウンド人気でとんかつが再注目

「外国人旅行者にウケるとんかつ」のお題で、テレビの情報番組からコメント取材の依頼を受けたのは、昨年10月下旬だった。「またとんかつ?」と思った私は、塩で食べさせるとんかつの人気ぶりは知っていたが、さらに新しい流行が起こっていたことを知らなかった。なんと今は、とんかつのフルコースが登場していたのである。

とんかつは一体、どこまで進化を続けるのか。そこで今回、改めて今どんな流行があり、なぜとんかつが進化するのかを考えてみたい。

まず、塩で食べさせるとんかつは、2010年代半ば頃から話題になっていた。その中心はどうやら、東京・蒲田。今は閉店してしまった店も含め、「四天王」の異名まであるとか。なぜかエリア違いの清澄白河のカフェオーナーから、当時の自宅近所だった蒲田の「とんかつ 丸一」と「とんかつ檍(あおき)」の名前を教わり、夫と出かけたのがコロナ前。この2店は四天王の一角を占める。残り2店は閉店した。行ったのは確か丸一だった。のれんがかかった入り口の前に10人ぐらいの行列ができ、30分から1時間ぐらいは待った。席はカウンターだけの小さな店で、ソースはもちろん、何種類もの塩などが入った小壺が並び、好きな味つけを選んで食べる。衣はサクサクで肉厚のとんかつを、塩で食べるとうまみがジワーッと来た。

その後は、ちょっと並んでいるとんかつ店には、塩のセレクトがあると理解した。選べる塩は、ピンク色のヒマラヤ岩塩、トリュフ塩など色もカラフルで贅沢なもの。考えてみれば、今は塩の販売が自由化された影響で専門店が各地にあり、それぞれの個性を楽しむ人もいる時代だ。てんぷらに塩、という組み合わせも定着した。確かにとんかつも、臭みがない上質な肉なら、塩で食べるとより味がわかるだろう。

いつから塩で食べさせる店が登場したかは、定かでない。丸一は1964年開業の大森の店からのれん分けをして1978年に開業。この頃は、流通する塩のほとんどが専売公社が販売する精製塩だったので、ソースをつけたはずだ。とんかつ檍は2010年の開業で、ヒマラヤ岩塩などを選べる、と謳っているので、おそらくこの辺りから、塩で食べさせるとんかつ店が出てきたのではないかと思われる。

『NIKKEI STYLE』2019年2月15日配信記事で、塩で食べさせるとんかつ店が出てきたのは、ブランド豚が増えたからではないか、と推測している。確かに最近の人気店は、ブランド豚の使用をアピールする店が多い。

そして、とんかつコース。日本初を謳うのが「銀座かつかみ」で、2018年開業。とんかつブームの真っ最中である。かつかみでは、豚のさまざまな部位をカツにし、種類の違うトッピングで順に出す。そういえば、串カツも高級店になると具材ごとに順に出すし、てんぷらもそうだ。揚げ物は何と言っても揚げたてが一番おいしいからだろう。日本では、回っていない寿司屋も出来立てを出すし、カウンター割烹の文化もある。高級感を売りにするなら、確かに出来立てのコースはありだ。

カツレツから日本独自の「とんかつ」に進化

グルメ大国日本では、料理の質を追求し進化させたジャンルで流行が生まれる、加速することが多い。以前、『日本外食全史』(亜紀書房)を書いた際にも感じたが、蕎麦にやきとり、天ぷらといった、もともとは屋台で出していた料理も、江戸時代からずっと、人気が出ると高級化する傾向があった。

とんかつはヨーロッパから入ってきたカツレツからの発展なので、レストラン料理だったのが、サクサクに揚げ和食化してきたので少し経緯は違うが、次第に庶民の気軽な食事になっていった。

銀座かつかみでは、とんかつだけの一番高いコースが消費税込みで9900円、一般の塩で食べさせるとんかつ店では、定食で1000~2000円台。ホテルのレストランや日本料理などの高級料理店に比べたら安い。おそらくその敷居の低さが流行を広げ、外国人にも注目される存在に押し立てたのだろう。

最近は、世界各国から日本独自のグルメを楽しみに来る観光客は多いが、とんかつは、豚肉の禁忌がない地域の人たちにとっては、親しみやすい料理なのではないか。何しろ、欧米人にとっては自分たちが元祖なのだし、揚げ物文化は世界中にある。そのうえ、日本独自のサクサクへのこだわり、ブランド豚は魅力的だろう。ヨーロッパでも日本食がブームの国は多いので、回転ずしがそうだったように、とんかつもカスタマイズされて今後も各国で進化していくのではないだろうか。

とんかつは、家庭でも作って食べられる料理である。しっかり肉を叩いて柔らかくし、衣をしっかりつけてしばらく置き、中温の油でじっくり揚げる。完成品は、岩塩ほか好きな調味料をつけてカスタマイズして食べよう。自宅で作るなら自由にできるので、店では出ない新しい味つけを発掘できるかもしれない。そこまで愛され進化したとんかつを、今更「和食ではない」、と主張する人はほぼいないのではないだろうか?

画像提供:Adobe Stock

執筆者情報

阿古真理

作家・生活史研究家。1968年、兵庫県生まれ。食や暮らし、女性の生き方を中心に生活史と現在のトレンドを執筆する。主な著書に『日本の台所とキッチン 一〇〇年物語』(平凡社)、『大胆推理!ケンミン食のなぜ』・『家事は大変って気づきましたか?』(共に亜紀書房)、『ラクしておいしい令和のごはん革命』(主婦の友社)、『日本外食全史』(亜紀書房)、『料理に対する「ねばならない」を捨てたら、うつの自分を受け入れられた。』(幻冬舎)、『料理は女の義務ですか』・『小林カツ代と栗原はるみ』(共に新潮新書)など。

阿古真理さんの理想のキッチンに関するプロジェクトはご自身のnoteやYoutubeでもコンテンツを更新中です。

編集部おすすめ
クックパッドの監修本