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コラム

専門店が続々登場!定番の「おにぎり」がブームになった理由

阿古真理

作家・生活史研究家。食や食らし領域が専門。

【あの食トレンドを深掘り!Vol.49】90年代に流行した「ティラミス」、数年前に話題になった「おにぎらず」、直近では社会現象にもなった「タピオカ」など、日々生まれている食のトレンド。なぜブームになったのか、その理由を考えたことはありますか? 作家・生活史研究家の阿古真理さんに、その裏側を独自の視点で語っていただきました。

おにぎりが「ごちそう化」して人気に

私が大学生だった1990年、神戸・須磨で海水浴を楽しんだ帰り、三宮で「疲れて小腹が空いたが、食べたいのは軽食でケーキじゃない」と思って目の前のビルを見上げると、4階窓に掲げた「おにぎりバー」の文字を発見した。あのとき食べたおにぎりはおいしかったが、その後長らく、おにぎりを手軽に食べられる飲食店は見かけなかった。

今は中途半端な時間帯に「おにぎりを食べたい」と思ったら、コンビニやスーパーだけでなく、おにぎり専門店や米屋の店先など、さまざまな選択肢がある。昨年は、ぐるなび総研の「今年の一皿」でもゴージャスな具材を使う「ご馳走おにぎり」が選ばれるほど、外食・中食のおにぎりがブームになっていた。もうじき、おにぎりを楽しみたい花見やピクニックの季節もやってくる。そこで今回は、おにぎりブームの変遷をたどってみたい。

『おにぎり読本』(ごはん文化研究会編、講談社)によると、今は定番となった海苔で巻くおにぎりが登場したのは、海苔の養殖が始まった江戸時代だ。主に家庭で作られてきたせいか、当たり前の地味な存在だった時期が長い。最初のブームは、1983年にセブン-イレブンが「手巻おにぎりシーチキンマヨネーズ」を出しヒットしたときと思われる。『コンビニ おいしい進化史』(吉岡秀子、平凡社新書)によると、1974年に1号店を開業したセブン-イレブンがおにぎりを売り出したのは、1978年である。昔、ドキュメンタリー番組の『プロジェクトX』(NHK)で、セブン-イレブン1号店の来店数が増えたきっかけは、おにぎりを販売し始めたことと紹介していた。もし、おにぎりを販売しなければ、コンビニは社会のインフラにまで成長することはなかったかもしれない。

コンビニおにぎりはその後も進化を続け、2000年代に高級化・本格志向を各社が競い合ってさらに存在感を高めている。大ヒットしたのは、2018年にローソンが出した「悪魔のおにぎり」で、一時は同社のおにぎり販売数ナンバー1にまでなった。それは、白出汁で炊いたご飯に天かす、天つゆ、ゴマ油などを混ぜたおにぎりである。「無限ピーマン」のレシピの大ヒットなど、病みつきになる味が人気だった時期だ。

米屋のおにぎりは、おそらく1979年に販売を始めた東京・自由が丘の「玉川屋」がパイオニア(2022年におにぎりは販売終了)。2000年代、跡継ぎがリニューアルしておしゃれになった米屋が各地に出現した際、おにぎりを売り出す店が目立った。

おにぎり専門店では、東京の最古参が1954年に開業した浅草「宿六」。ここ数年、行列店としてくり返しテレビで取り上げられる大塚「ぼんご」は1960年。駅ビルなどで展開するテイクアウトチェーンの「おむすび権兵衛」は、1991年に1号店が開業した。最近は、続々とおにぎり専門店が登場している。

家庭料理としてのおにぎりは、2015年に大ヒットした「おにぎらず」が画期的だった。具材は何でもよく、握らなくてよいことが人気の理由である。その後、2018年頃にいろいろなおかずを混ぜ込んだ「ごちそうおにぎり」のレシピがヒット。

おにぎりで完結する食事が人気になったのは、コンビニや専門店が、さまざまな具材を提供してきたことが背景にありそうだ。また、グルメ化が進んで、定番以外の具材を好む嗜好の変化もあるかもしれない。そうしたいくつものヒットが続いて、外食・中食でいくらやウニといったゴージャスな具材を売りにする外食・中食のごちそうおにぎりが、大ヒットしたのである。

近年はコメ自体が復権の兆し

ブームの変遷を見ていると、おにぎりはだんだん、家庭から外へ出ていったことがうかがえる。何しろ、誰もが多忙な時代になって、食事の支度は時短を求められる傾向が強い。おにぎりは、炊きたてご飯を熱いままにぎることや、手が汚れるなどの手間が敬遠されるのかもしれない。おにぎりの相棒とも言える、海苔も家庭用の消費は減少傾向にある。

コメの消費量自体、半世紀以上減少傾向が続いているし、和食以外の選択肢が増えた今、あえておにぎりを作って食べる機会は少ないかもしれない。しかし愛されているからこそ、家庭の外でブームが起きるのだろう。

各地の昼ご飯風景を紹介する『サラメシ』(NHK)を見ていると、おにぎり入りの弁当も少なくない印象がある。意外に多いのは、おそらく、中におかずを詰め込んだおにぎりを食べる人たちが紹介されるからだ。多忙な仕事の合間に食べるなら、片手で食べられるおにぎりで完結する食事はラクだし、作り手の側も、弁当箱に詰める手間がかからず、おかずの種類も少なくて済むからだ。おそらく、おにぎらずだのごちそうおにぎりだの言われる前から、そうしたおにぎりを食べてきた人たちはいるのではないだろうか。

そうして考えると、おにぎりは、作り手や食べ方に変化はあっても、根強くしぶとく生き残ってきたから、今のブームがあるとも言える。しかもコメは最近、復権しつつある。パックご飯の質が向上して、個食が増える時代を追い風に人気が上昇。小麦アレルギーの問題も浮上し、ロシア-ウクライナ戦争の余波で小麦粉価格が上がり、米粉ブームも起きた。ご飯で食べるスパイスカレー、ハンバーグ定食なども人気だ。ごちそうおにぎりは、日本人が愛するコメ食の一つとして、定着していくのではないだろうか。

画像提供:Adobe Stock

執筆者情報

阿古真理

作家・生活史研究家。1968年、兵庫県生まれ。食や暮らし、女性の生き方を中心に生活史と現在のトレンドを執筆する。主な著書に『日本の台所とキッチン 一〇〇年物語』(平凡社)、『大胆推理!ケンミン食のなぜ』・『家事は大変って気づきましたか?』(共に亜紀書房)、『ラクしておいしい令和のごはん革命』(主婦の友社)、『日本外食全史』(亜紀書房)、『料理に対する「ねばならない」を捨てたら、うつの自分を受け入れられた。』(幻冬舎)、『料理は女の義務ですか』・『小林カツ代と栗原はるみ』(共に新潮新書)など。

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