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コラム

母のありがたさが身に沁みる!日本酒に良く合う「筑前煮」【数字のないレシピたち Vol.9】

決められた材料、分量、調理法などない。何にも縛られず、自分だけの「美食」を味わうために作る料理があってもいい。それはきっと、心満たす色鮮やかな時間をくれるはず。出張料理人・ソウダルアが綴る、人と料理と時間と空間の物語。

ああ酒が飲みたい

散々、準備したプレゼンが突如なくなってしまった。
クライアントととも密にコンタクトを取っていたのに社長の鶴の一声で別の会社に決まったらしい。

はああぁ。
呪詛のようなため息がとまらない。

不機嫌を隠せないまま上司に報告すると今日は上がっていいから、気を取り直して明日からまた、頑張ってくれ、と。
急に昼の3時に上がれと言われてもやることがない。
と言っても、確かにこのまま会社にいても、いらいらして仕事に手がつかないのも事実なのでお言葉に甘えることにした。
とりあえず、いつものコーヒーショップで抹茶フラペチーノを飲みながら一息つく。

そう言えば、この一週間まともなものを食べていない。
スマホを開いて、SNSを見るともなく見ていると友だちが筑前煮をつくってアップしていた。
妙に美味しそうに見える。
今はこういうものを体が欲しているのかも知れないな。
そして、何よりも酒が飲みたい。
そう言えば、会社の近くに一本だけ早く咲く桜があった。
あの桜でも見ながら、ワンカップでも煽って、憂さ晴らしをしてやろう。
こんな昼の日中から一人で花見とは、おひとりさまもここに極まれりだ。

コーヒーショップから歩いてすぐのコンビニに入ると、おあつらえ向きに筑前煮が売っている。
あとはおでんでも買えば完璧だ。

見事なセットが出来上がった喜びから、軽く浮き足立ちながら、桜の木へ向かう。
大通りに出て左に曲がると遠目にも満開間近の薄紅色が見えてきた。
信号が変わるのさえも待ち遠しい。
変わるやいなや足早に横断歩道を渡る。
駆け寄るように桜の下に行くと驚くことに先客がいる。
それも、私が狙っていたベンチに座っている。

私よりも少し上だろうか。
今っぽい服装の男が嬉しそうに瓶ビールを飲みながら、なにか食べている。
兎にも角にも座って、荷物を置いて酒を飲もう。
アリーナ席は取られてしまったが、仕方ない。スタンド席で楽しもうじゃないか。

少し離れたベンチに座り、かしゃりとワンカップを開けてくいっとやる。

はあぁぁ

安っぽい日本酒の匂いが口の中にひろがり、ほんのりと体の中があたたかくなる。

おでんのだしをひとすすりして、酒を飲む。
筑前煮のこんにゃくを一口食べて、酒を飲む。
桜をちらと見つつ、酒を飲む。
なんだこれ、おいしいじゃない。
とっても、楽しいじゃない。

これで、あの男がいなければ言うことなかったのにな。
こんな昼間からお手製のつまみをつくって、流行りのクラフトビールを飲んじゃって、妙に小洒落てやがる。
結婚なんてリスクしかないとか言いそうな、朝起きたら、まずコーヒーを淹れそうなタイプだ。
こちとら、おっさんじみたセットで悪うございましたね、とばかりに、ばっくばくと筑前煮を食べる。
たまにこういうものを食べると母親のありがたさが身に沁みる。
ほんのり湧いてきた寂しさはワンカップで流し込む。
お腹が満たされ、酔いが回れば割と大体、大丈夫だ。

ごちそうさま

声に出さずに。
ワンカップで桜の木に乾杯した。

ソウダルア(出張料理人/イートディレクター) 

大阪生まれ。5歳の頃からの趣味である料理と寄り道がそのまま仕事に。“美味しいに国境なし”を掲げ、日本中でそこにある食材のみを扱い、これからの伝統食を主題に海抜と緯度を合わせることで古今東西が交差する料理をつくる。現在は和紙を大きな皿に見立てたフードパフォーマンスを携え、新たな食事のあり方を提案中。


【フードパフォーマンス映像】
https://vimeo.com/275505848

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