料理ユニット「アンドシノワーズ」で旧仏領インドシナ三国(ラオス・カンボジア・ベトナム)の食文化を広めている田中あずささん。毎日キッチンに立ち、料理をしながらいろいろなことを考えるのが密かな楽しみなのだそう。その時間を『脳内よそ見』と名付けている田中さん。日々の料理に疲れたとき、息抜きしたいときにぴったりの、肩の力がふっと抜ける『脳内よそ見』のヒントをお届けします。
こんにちは。 初回のコラムでは、みなさまが料理中に温めている「脳内よそ見」について多くの反響を頂き、とても嬉しかったです。中には、料理中に「無」になるという方もいらっしゃいました(笑)。すごいですね。無の境地で作ったごはん、なんだか尊い味がしそうだし、食べたいです。
「無」もよそ見のひとつ。私もそうですが、料理を毎日する人にとって、キッチンですごす時間はなかなか長い。1秒のすき間もなくみっちり料理のことだけを考えているのも疲れますし、みなさんどんどん料理中に「脳内よそ見」をしたらいいという気持ちを込めて、今回も料理に関係あるようでないような話を、お届けします。
さて、少し前に私は、長年溜め込んだ某スーパーのポイントカードを全部使い、キッチンで使える小さなスピーカーを買いました。スマホから無線(Bluetooth)でつなぐことができ、ちょっとしたスペースに置くことができます。
それまで自分用のスピーカーを持つことがなく、スマホからそのまま音楽やラジオを聞いていた私にとって、音のいいスピーカーがあるキッチン環境は大げさですけれど、革命と言っていいほど快適なものになりました。
みなさんは、料理中にBGMをかけますか?
私は何か聴いていたい。とは思うのですが、いかんせん音楽については無知なため、残念ながら自分で「BGMを選ぶ」ということができないのです。
……ああ、思い出してきた。そもそも私は音楽については受け身な人生でしたし、今でもそうです。齢の離れた姉たちの影響で、カラオケの選曲が10年くらい古いという傾向はあるものの、「好きな音楽は何?」という質問に答えられたことがありません。過去に答えていたとしたら、軽くウソをついています(笑)。ごめんなさい。
料理中のBGMですと、画面を見たくなるテレビは作業に向かないし、動画サイトの音楽チャンネルも結局自分で選曲しなきゃいけないので私には不向き。そんな主体性のない私に寄り添ってくれたのが、ラジオでした。
ラジオ番組を自分で選び聴き始めたのは高校生の頃。特に美大の大学受験に向けデッサンを練習している時には、深夜のラジオドラマをよく聴いていました。
ラジオドラマは、物語の舞台設定、セリフや効果音に合わせ、頭の中に自分なりのロケーションやキャラクターを自由に描き、演出できるところが魅力でした。そのデッサン中の「脳内よそ見」が、受験のためのひたすら技術的な(当時はそう思っていた)練習のお供に丁度よかったんです。前回のコラムでも触れた、フィジカルとロジカルのバランスがとれたのかもしれませんね。
おかげさまで大学へ入学してからは、音楽を教えてくれるまわりの影響もあって一時ラジオをあまり聴かなくなりましたが、コピーライターとして就職した最初の職場でいつもラジオがかかっていたことで、私のラジオライフは再燃。今では日々の料理の仕込みに欠かせないパートナーです。
ここで、私がどんなにラジオを愛しているかを具体的にお伝えするのはちょっと暑苦しすぎるので(ご希望であれば番組名、パーソナリティ、好きなコーナー、何なら常連のリスナー投稿者さんについて語ります)別の機会を待って泣く泣く割愛しますが、ラジオに限らず料理中のBGMって、毎日の料理をちょっと楽しみにしてくれる、エンターテイメントの小道具だと思うのです。
以前、尊敬するラジオパーソナリティの方とお話をした際、私のラジオ愛をお伝えしたところこんなお言葉を頂戴しました。
もう、これ以上のオチはございませんし、私が皆さまへ毎日お届けする料理も、いつか、こういう存在になれたらと思い、ご紹介いたします。
ぜひ、「ラジオ」の部分を「料理」に、「聴く」を「作る」に置き換えて読んでみてください。
『ラジオは、聴いたり聴かなかったりするけれど、その、いつのまにか側にいて、生活に寄り添っている距離感が好き』。
料理家、フードスタイリスト、コピーライター。
仏印料理教室『アンドシノワーズ』主宰。2006年頃からインドシナ(ラオス・ベトナム・カンボジア3国)の古典料理を研究・紹介。