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世界のレシピ

【忘れん坊万歳】作り方は「忘れる」だけ?アメリカのちょっと変わったクッキー

【世界の台所探検 Vol.34】世界中の台所を訪れて現地の人と料理をする台所探検家・岡根谷実里さん。今回は、アメリカの一部で作られているという、ちょっと変わった作り方のお菓子を紹介します。

オーブンの試練

バレンタインデーのある2月は、お菓子作りをする人が増える時期。オーブンに入れた卵やバターたっぷりの生地が、いい香りを放ち、おいしいケーキやクッキーになっていく様子は見ていてわくわくするものです。

しかし、オーブンの調節は意外に難しいもの。ちょっと目を離して忘れたすきに焦げて台無しに...という経験も、一度はあるのではないでしょうか。

そんな悩みを解消してくれる、忘れん坊万歳な焼き菓子が世界にはあるんです。

「忘れられたクッキー」?

このお菓子を知ったのは、大好きなメレンゲクッキー(焼きメレンゲ)について調べていた時のこと。英語で書かれた海外のレシピを調べていると、“Forgotten cookies(忘れられたクッキー)”という変わった名前のお菓子に目が留まったのでした。主に作られているのはアメリカで、見た目は焼きメレンゲとほとんど同じ。

どうして何を忘れたんだろう。誰が忘れたのだろう。どんな仕上がりになるのだろう... 想像が膨らみ、勝手に色々案じてしまいます。

レシピの作り方を見てみると、「忘れる」の謎は解けました。まず卵白に砂糖を加えて泡だて、チョコチップとピーカンナッツを加えてまぜます。それをスプーンですくって天板に落とします。ここまでは通常のメレンゲクッキーと同じですが、ここからがおもしろいところ。予熱の完了したオーブンに入れ、予熱を切ってそのまま一晩放置するのです。普通の焼き菓子はオーブンで焼きますが、このお菓子はオーブンを切るのがスタート。天板に並んだメレンゲたちは、電気の通っていないオーブンに入れられたまま、一晩放っておかれるのです。まさに、忘れられています。

いくら庫内が温まっているとはいえ、火の気のないオーブンです。本当に焼けるのでしょうか。気になって作ってみたところ「ちゃんと仕上がるのだろうか、朝起きてべちゃべちゃだったらどうしよう」とやはりドキドキ。何度も振り向きながら布団に向かうことになりました。気になって気になって、うまく忘れられません…。

忘れられたメレンゲは翌朝...

翌朝、目覚ましが鳴る前に目がさめて、そそくさとオーブンに向かい、扉を開けてみると... なんと、ちゃんと出来上がっています! 低い温度でゆっくり水分が抜けたためか、普通のメレンゲクッキーより心なしか軽い食感。ナッツとチョコがザクザク入り、小麦粉もバターも使わないのに贅沢で満足感のあるサクサククッキーになりました。この方法なら焼きすぎで焦がす心配がありませんし、焼き足りなければ少し追加でオーブンに入れればよいので安心ですね。

メレンゲ菓子の謎

しかし、どうしてこんな調理法が生まれたのでしょうか。アメリカに住むユダヤ人の方にインタビューをしたところ、直接的な答えは得られませんでしたが、興味深い情報を教えてくれました。

「メレンゲ菓子は、ユダヤ人コミュニティの中である期間によく作られるんだよ。過越祭(すぎこしさい)といわれる行事で、この期間は小麦粉やイーストは一切禁止。かつて奴隷として働かされていたエジプトからの脱出を思い出す行事なので、『そのときは発酵を待つ時間などなかったから』使わない」。

小麦粉やイーストなどの膨らむものがだめなら、代わりにメレンゲで膨らませておいしいお菓子を作ろう!という工夫からメレンゲ菓子なのですね。オーブンの余熱を使って作る方法は、他のものを焼いてその熱を有効活用するものとしてうまれたという説もあります。

ちょっと不思議な作り方におもしろさを感じると同時に、お菓子の裏にある先人の工夫や歴史に思いを馳せ、一層味わい深く感じるのでした。

このお菓子のいいところは、忘れることが成功の秘訣で焦げる心配無用。そして何より、朝わくわくしながら起きられますよ。

※オーブンの機種によっては、スイッチを切ると冷却ファンがまわって庫内温度を下げようとするものがあります。ファンを止めると乾きが良いです

岡根谷実里さん

台所探検家。世界各地の家庭の台所を訪れ、世界中の人と一緒に料理をしている。これまで訪れた国は60カ国以上。料理から見える社会や文化、歴史、風土を伝えている。 著書に 「世界の台所探検 料理から暮らしと社会が見える(青幻舎 )」がある。