決められた材料、分量、調理法などない。何にも縛られず、自分だけの「美食」を味わうために作る料理があってもいい。それはきっと、心満たす色鮮やかな時間をくれるはず。出張料理人・ソウダルアが綴る、人と料理と時間と空間の物語。
最悪だ。
年末の重なりすぎた忘年会。
旧知の友人と今の仕事関係、どちらかを選ぶことができずに誘われるがままに顔を出していたら、元日から高熱と喉の腫れ、初めての関節痛でベッドから出られなかった。
二日になり、ようやくましになってきた体にやっと、食欲のようなものが戻ってきた。
昨日から水で割ったスポーツドリンクしか飲んでいない。
そう言えば、母親から段ボールが届いていたな。
ばたばたしていて、開けてすらいなかった。
うまく力の入らない手でガムテープを引きちぎる。
生モノがなければいいんだけどな。
まず、目に入ったのは緑と赤のカップ麺。
今はしんどいな、なんだかんだで揚げ物だ。
黒豆。
うーん、甘いものはちょっと、、、。
なんか、小さな魚の佃煮みたいなもの。
なるほど、おせち代わりか。
丸餅とお吸い物の素。
お雑煮ね。これくらいなら、なんとかやれる気がする。
ぎしぎしと言う肩と膝をなんとか動かして、キッチンへ向かう。
蛇口を開ける。
ざああっと流れる水を見ていると少し気分が良くなった。
こんなに小さな滝からでもマイナスイオンが出るんだろうか。
両手を差し出して、水をすくって口に運ぶ。
くちゅくちゅと口をゆすぐだけで気持ちがいい。
なんで、こんな簡単なことをとっととしなかったんだろう?
こういうことをちゃんとできる人が成功するんだろうな。
流れ続ける水を今度は手鍋ですくう。
火をつける。
お椀にお吸い物の素を入れる。
餅を袋から出して、鍋に入れる。
ひとつひとつを確認しながらやらないと何か失敗してしまいそうだ。
散らかっていたベッドの周りを片付けていると、ぼこぼことお湯が沸いている音がしてきた。
鍋の底に少しくっついた餅を引きはがしてお椀に入れ、お湯を注ぐ。
この世で一番、インスタントなお雑煮のできあがりだ。
熱そうなので箸でぐるぐるかきまぜる。
立った湯気をふうっと一吹き
ずっずっずっふうっ
おいしい。ふつうにおいしい。
半分くらい、汁を飲んだところで急にお腹が空いてきた。
久しぶりに温められた胃袋がきゅるうっと鳴る。
やっと、餅が美味しそうに見えてきた。
ぎゅっと箸でつかんで、がぶりとやる。
もっちりとした食感が心地いい。
米の甘さをたのしみながら、ずずっと汁を飲むとまた、おいしい。
なんだか、今年が始まった気分になってきた。
そして、余計にお腹が空いてきた。
なにか、もうひとつあった気がする。
おいしい餅の食べ方が回路の繋がらない脳みそに頼らずにとりあえず、冷蔵庫を開けてみる。
扉の棚の黄色い箱が目に入る。
これだ! バターだ!
焼いた餅にバターと醤油、それを海苔で巻く。
小さいころ、甘い醤油やきな粉があまり好きじゃなかった俺の為にばあちゃんがつくってくれた。
あの味が今、食べたい。
さっそく、餅をふたつ、グリルにほうりこむ。
段ボールをあさってみると良さげな海苔が見つかった。
なんだか見透かされているような気にもなるが、今回ばかりは嬉しいかぎりだ。
特にやることもないので、小さな窓から餅が焼けていく様を眺めてみる。
しばらくすると上の方が少し膨らんできたのでひっくり返す。
そして、また眺める。
頭の中であの頃、誰もが聞いていたウィンターソングが流れてくる。
『逢いたいから、恋しくて、あなたを想うほど』(※)
そんな気持ちになってないよな、最近。
東京にいると毎日、新しい何かが起こっていて、自分がどんどんアップデートされているような気になるけれど、実のところなんにも変わってないのかもしれないな。
すこし、焦げたにおいがしてきた。
慌てて、グリルを開ける。
思いのほか、ちょうどいい具合に焼けた餅がふたつ。
手を繋いでいるみたいだ。
解いてしまうのも忍びないので、ふたつ一緒に海苔の上にのせた。
そこにスプーン一杯のバターをぽんっ、と。
醤油をたらりとかける。
ふたつの餅の熱にあてられたバターがだんだん溶けてくる。
海苔でくるりと巻いて、大きくほおばる。
ぱりっ、ぱりり。
小気味よい音が響く。
かりっ、ぷしゅっと焦げ目を噛むと、バターの香りと甘さ、醤油の味わいがやってきて、やわらかな餅がぜんぶを受け止める。
なんでこんなに合うんだろうかというくらいにすべてが一体となっている。
手にバターと醤油が垂れてきているのも構わずにがぶりがぶりと食べきった。
すごく満ち足りた気持ちだ。
まさしく、満足というやつだ。
ごちそうさま。
ばあちゃん。
今度、必ず会いにいくねと心に決めながら、つぶやいた。
※『Winter,again』(作詞・作曲: TAKURO)より引用
大阪生まれ。5歳の頃からの趣味である料理と寄り道がそのまま仕事に。“美味しいに国境なし”を掲げ、日本中でそこにある食材のみを扱い、これからの伝統食を主題に海抜と緯度を合わせることで古今東西が交差する料理をつくる。現在は和紙を大きな皿に見立てたフードパフォーマンスを携え、新たな食事のあり方を提案中。
【フードパフォーマンス映像】
https://vimeo.com/275505848