決められた材料、分量、調理法などない。何にも縛られず、自分だけの「美食」を味わうために作る料理があってもいい。それはきっと、心満たす色鮮やかな時間をくれるはず。出張料理人・ソウダルアが綴る、人と料理と時間と空間の物語。
暑くも寒くもないが、妙にするどい日差しで目が覚めた。
けだるい。
少しの吐き気と頭痛。起き上がることすら嫌すぎる。スマホを覗くと15:21。
今から、シャワーを浴びてメイクして、そつないけれど、それなりに可愛いファッションを選んで、食べログ3.7ちょっとのお店で、こなれた男たちと気のおけない女友達との飲み会へ。
行きたくない。
ルーティンのようになってきた週末の予定に全く、心が動かない。
一度、行かなくなると何かに振り落とされるような気がして、誘われるがままに行っていたけれど、今日は全然行きたくない。
昨日、ふらっと入った近所のバー。バーと言うよりは飲み屋のようなラフな感じと知っている人がいないということに開放されて、妙に飲み過ぎた。
もう、秋になり夜は肌寒いというのにアロハにビーサンのおじさんに奢られるままに飲んでしまった。
もう、顔もよく覚えてないけれど。
“一杯どうぞ”
という言葉にいつも通り
“じゃあ、同じものを〜”
と言ったときの嘲笑混じりのおじさんの顔と
“これはまだ早いから、好きなものを飲んでいいんだよ“
と言われた事は印象的だった。
私の周りにそんな事を言う男はいない。
予想通りの反応で嬉しそうにするだけだ。
やめてみるか。このルーティンやめてみるか。
そう思うと、少し頭痛が治まったような気がした。
いつまでも寝ていると週末自体が無意味になってしまうという焦燥と喉の渇きを潤すためにベッドを出て、冷蔵庫を開ける。
飲みかけのミネラルウォーターをぐびりと飲むと冷たい流れが口から喉、胃に入るのを感じる。
冷蔵庫の中に一昨日、帰りがけに買ったカレー用の豚バラと野菜のパック。
そう言えば、母親のカレーをつくってみようとしたことを思い出す。
一度もつくり方を聞いたことはないけれど、ラインで聞いてみようかとも思ったけど、いろいろ余計なことを言われそうでやめた。
そもそも、今、カレーは食べられない。
できれば、味噌汁が飲みたい。
その昔、「僕に味噌汁をつくってください」という台詞でプロポーズをしていたらしい。子どものころの私はそんなプロポーズ言われたら、絶対にはねのけてやると思ったものだが、やっと意味がわかった。
今なら、そんな理由で結婚できる。
つくってもらう側が希望だけど。
そうは言っても、誰もつくってくれるわけもなく、ぼーっとカレーの具たちを眺めていると、ふと思いついた。
これ、豚汁にならないかな?
玉ねぎ、じゃが芋、人参、豚バラ。
うんうん、豚汁だ。これ。
そうと決まれば、とっととつくろう。
豚バラを軽く炒める。水をだばだば。白だしをだーっと。
玉ねぎをスライスして、じゃが芋、人参は大きいと時間がかかりそうなので一口大に切って、放り込む。
あとは弱火でじっくりことことやっときゃいいか。
カーテンを開けて、伸びをしてみる。
左肩がぱきっと鳴った。なんだか笑える。
夕方の日が朝のようにも見えて、勝手に得した気分になってくる。
適当に部屋を片付けていると、それっぽい匂いがしてきた。
母親が送ってきたときに何の嫌がらせかと思っていた味噌をとうとう開ける日が来たと思うとなんだか嬉しい。
見様見真似でおたまに味噌を入れて、溶いていく。
これで、完成?
こんなことで、結婚できるなら、ちょろいもんだ。
随分前に青山のライフスタイルショップで買った、お椀に入れてみるとそれっぽい。
キッチンに立ったまま、ずずっとすすってみる。
しみる。沁みてきて、染みる。
はああ。
おいしい。
空腹は最高のスパイスと言うけれど、二日酔いの豚汁は凄い。
もう、結婚させてくれ、お前と。
ずずずっ
ほくほく
とろんっ
がぶり
ほわあ
ずずずずーっ
一気喰いだ。簡単だ。私は簡単な女だし、たぶん、人生も結婚も簡単だ。
出したての毛布に包まりながら、カーテンから入ってくる朝日みたいな夕日。
あと、二杯は飲める豚汁。
ごちそうさま。
枕に顔をうずめながら言ってみた。
私は今、にやにやしているみたいだ。
大阪生まれ。5歳の頃からの趣味である料理と寄り道がそのまま仕事に。“美味しいに国境なし”を掲げ、日本中でそこにある食材のみを扱い、これからの伝統食を主題に海抜と緯度を合わせることで古今東西が交差する料理をつくる。現在は和紙を大きな皿に見立てたフードパフォーマンスを携え、新たな食事のあり方を提案中。
【フードパフォーマンス映像】
https://vimeo.com/275505848