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コラム

食欲抑制、糖尿病予防にも?研究者に聞くコーヒーの噂「ウソ・ホント」

「コーヒーを飲むと健康にいい」「食前のコーヒーで食欲を抑えられる」こんなウワサを聞いたことはありませんか?でもそれって本当…?ケンブリッジ大学で生物医学の博士号を取得後、同大学のMRC人間栄養学研究ユニットにて研究をおこなうアレクシス・ウィレットさんの著書『DRINK あなたが口にする「飲み物」のウソ・ホント』(白揚社)から、"食と健康情報"に関する考え方のヒントを少しだけお届けします。

これってホント?コーヒーの「健康効果」

コーヒーに含まれる個々の成分の効果がどうであれ、この飲みものが(加えられるクリームやシロップは別として)健康に良いとつねに言われてきたことは間違いない。しかし、根拠はあるのだろうか?

まず第一に、多くの観察研究によると、普段からコーヒーを飲むと早死にするリスクが下がるという。コーヒー好きにとってはうれしい話だろう。さらに観察研究では、おそらくコーヒーは特定のがんの発症リスクを抑える可能性が高いという結論が出ている。コーヒーを常飲すると心臓に悪影響があるという声も一部にはあるが、これには科学的な裏づけがない。飲み過ぎでもしない限り、コーヒーが冠状動脈性心疾患やうっ血性心不全、心臓突然死のリスクを高めることを示す確たる証拠はない。逆に、メタ分析からは、コーヒーには心血管疾患、パーキンソン病、脳卒中のリスクを低下させたり、2型糖尿病、肝疾患、胆石症を予防するといった効果があることを示す十分な証拠が見つかっている。とりわけ2型糖尿病の発症リスクを下げる効果を裏づける証拠は有力だ。100万人を超える人間を対象にした研究によると、普段からコーヒーを飲むことで2型糖尿病の発症リスクが3割も減少する可能性があるという。

脳についてはどうだろう?カフェインが脳に及ぼす影響についてはかなり多くの研究があるが、知りたいのは飲みものとしてのコーヒーの効果だ。コーヒーが、短期的には知的能力を向上させ、また長期的には認知機能の低下を防いだり、認知症の予防効果があるという複数の報告がある。ただ、短期的な効果に関するエビデンスを見てみると、研究ごと、被験者のグループごと、認知機能の判定法ごとにまったく一貫性のない結果が出ており、矛盾したものになっている。普段からコーヒーを飲んでいる人(たとえば高齢女性)が認知機能や記憶の検査で他の人より良い成績を出した研究もあれば、いろいろ試みたにもかかわらず、コーヒーと認知能力のあいだに有意な関連が(たとえば高齢男性には)見つからなかったという研究もあるようだ。

長期的な効果については、現在までの研究結果によると、定期的なコーヒーの摂取が、認知能力の低下防止や、認知症やアルツハイマー病の発症リスク低下と関連していることを示す兆候がいくつか見られる。だが、データは確固としたものではなく、エビデンスは現時点では決定的とは言えない。適切に設計された大規模な試験が実施されるまで、コーヒーが脳に及ぼす影響については慎重に解釈する必要がある。

コーヒーの匂いを嗅ぐだけで…

コーヒーの香りを嗅いだ人とそうでない人を比較した、ある変わった研究によれば、(嗅いだだけで、飲んでいなくても)前者の方がビジネススクールでよく実施される適性検査の成績が良いという結果が出た。この研究では、100名ほどのビジネススクールの生徒を対象にテストを実施したあと、さらにその出来映えに関するアンケートに答えてもらった。するとコーヒーの香りを嗅いだ被験者たちは分析力を測る適性検査の成績が良かったうえに、自分が良い成績をとっているだろうと予想していることがわかった。言い換えれば、彼らはコーヒーが注意力などの生理的能力の向上と関係していると考えていたので、分析力を問うテストがうまくいったと「信じて」いたのだ。研究者たちは、コーヒーの香りには、実質的にプラセボ効果があり、パフォーマンスに影響を与えている可能性があると結論づけた。これを聞くと、集中力を必要としている仕事に取りくむときには、たとえ飲まないとしても濃いコーヒーを1杯淹れて、かたわらに置いておく価値があるのかもしれないと思えてくる。

コーヒーと身体能力の関係は?

また、カフェインは長いあいだ、身体能力の向上とも結びつけられてきた。この分野の研究はスポーツ選手を対象にしておこなわれることが多いが、カフェインはアスリートではない人のパフォーマンスも向上させるというエビデンスがある。これはそれほど意外ではないかもしれない。では、覚醒効果のあるカフェインという化合物からだけでなく、コーヒーという飲みものからも同じ効果を得られるのだろうか? コーヒーが、持久力を必要とするサイクリストやランナーのパフォーマンスを向上させることを示す証拠はそれなりに存在する。多くの研究で、少なくとも持久力テストがはじまる45分前にコーヒーを飲んだ人は、成績が上がるという結果が出ているのだ。

ここまでの話を総合すると、どうやらコーヒーにはさまざまな健康効果がありそうだが、それはすべてカフェインによるものなのだろうか?カフェインを添加した、エナジードリンクも同様に健康に良いのだろうか?結局のところ、健康効果をめぐるニュースのなかで私たちが目にする記事の多くは、カフェインに関するものだ。もしかしたら、カフェインこそまさに万能の特効薬なのかもしれない。ただ、私たちはコーヒーと言えばすぐにカフェインが思い浮かぶとはいえ、どうやらこの飲みものの健康上のメリットは、実際にはさまざまな化合物が組み合わさって生じているようだ。

コーヒーの健康効果=カフェインの健康効果、ではない?

コーヒーを飲むことによる健康効果の多くは、カフェインレスコーヒーを飲んでいる人にも見られる。つまり、コーヒーの健康効果をもたらしているのは、おそらくカフェインだけではなく、それ以外の多様な化合物によるものなのだ。要は、コーヒーの効果に関する説明と、カフェインの効果についての説明は同じではないーー両者の説明を入れ替えることはできないということだ(タブロイド健康雑誌にはとくに自戒してもらいたい)。

ただ、コーヒーの潜在的な健康効果に関するすべての研究で、しっかりとした証拠が得られたわけではない。たとえば、食事の前に一杯のコーヒーを飲むだけで、食欲を抑制し、体重を減らせたらどんなにいいかと思う人は多いだろう。「コーヒーが食欲を抑えるのに役立つ」というのはよく耳にする話だが、もしそれが本当ならば、きっと皆から歓迎されるはずだ。だが、これまでの研究ではこれを裏づける有力な証拠は得られていない。さらに、そのほかのさまざまな健康状態についても、コーヒーの摂取と関係があるかどうか研究されているが、まだ確実な証拠が不足しているので、「真の」効果は確認されていない。

個人差が大きい「健康効果」

人によっては、コーヒーを飲むことがマイナスになる場合もある。コーヒーの大量摂取は、低体重児の出産、早産、流産につながることが多いため、公衆衛生当局は妊娠中のカフェイン摂取を控えることを強く推奨している。また、大量摂取は骨の健康にも悪影響を及ぼすおそれがある。コーヒーを多く飲む女性は骨折のリスクが高まるとする研究があるが、男性の場合はコーヒーを多く飲む人の方が骨折のリスクが低いという結果が同じ研究から出ているため、コーヒーと骨の健康の関係ははっきりしない。ここからわかるのは、コーヒーに対する反応は個人差が大きいため、集団から得た調査結果を一般化して個人にあてはめてもうまくいかないということだ。

また、コーヒーの健康効果を信じたいのであれば、それが生じる理由を理解する必要もある。なぜコーヒーは心臓の働きを助け、糖尿病のリスクを下げ、がんを防ぐのだろうか?コーヒーと健康の関係の背後にあるメカニズムは複雑で、理解が非常に難しく、現在多くの研究がこの問題に取り組んでいるところだ。健康上のメリットについては、どうやらコーヒーの種々の成分(カフェイン、クロロゲン酸類、ジテルペン類など)が単独で、もしくは組み合わさって、さまざまな効果を発揮しているようだ。

また運動能力の向上については、メチルキサンチン類の覚醒作用が鍵だと考えてよいだろう。そこではコーヒーに含まれるカフェインが、アドレナリンの生成に影響を与えるだけでなく、運動にともなう疲労感を軽減すると考えられている。また、コーヒーの抗酸化・抗がん作用は、肝臓など体内のほかの箇所で効果を発揮している可能性が高い。健康上のメリットを持つコーヒーを飲んだとき、体のなかで実際に何が起こっているのかについては、研究によってさらなる解明が待たれる。

理想的なコーヒーの1日摂取量は?

科学的研究によると、コーヒーの健康効果を証明する証拠は若干存在し、コーヒーが多くの人の健康に害を及ぼすことを示す証拠はごくわずかに存在する、ということになりそうだ。ただ、おそらくあなたが知りたいのは、潜在的な危険を避けながら最高の効果を得るにはどれくらい飲めばいいのかということだろう。コーヒーに健康上のメリットありとする多くの研究結果をふまえると、妊娠中や特定の疾患のリスクが高い人を除く普通の人にとって、一日にだいたいカップ3杯か4杯というのが(まったく飲まない場合と比較すると)理想的な量のようだ。参考にしていただければ幸いだ。

画像提供:Adobe Stock

書籍紹介

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著者紹介

【著者】 アレクシス・ウィレット サイエンス・コミュニケーター。ケンブリッジ大学で生物医学の博士号を取得後、同大学のMRC人間栄養学研究ユニットにて研究をおこなう。これまでに生理学に関する講義のかたわら、健康問題全般を取り扱った記事や論文、著作を発表してきた。ルイボスティーを愛飲。

【訳者】 井上大剛(いのうえ・ひろたか) 翻訳者。訳書に『初心にかえる入門書』(パンローリング)、『インダストリーX.0』(日経BP)、『ウィンストン・チャーチル ヒトラーから世界を救った男』(共訳、KADOKAWA)など。

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