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コラム

今は「クセつよ」が人気。チーズケーキが日本人に愛されるようになったきっかけ

阿古真理

作家・生活史研究家。食や食らし領域が専門。

【あの食トレンドを深掘り!Vol.45】90年代に流行した「ティラミス」、数年前に話題になった「おにぎらず」、直近では社会現象にもなった「タピオカ」など、日々生まれている食のトレンド。なぜブームになったのか、その理由を考えたことはありますか? 作家・生活史研究家の阿古真理さんに、その裏側を独自の視点で語っていただきました。

食がトレンド化したきっかけ?みんな大好きチーズケーキ

10月10日に放送された『マツコの知らない世界』(TBS系)の特集は、チーズケーキだった。子どもの頃にチーズケーキの魅力にハマり、年間450個以上も食べ歩く女子大学生が、ゴルゴンゾーラや羊乳のペコリーノチーズなど、濃厚でクセが強いチーズを使ったチーズケーキを紹介していた。昔の日本人なら「クサい」と敬遠しただろう香りのチーズケーキを、「たまらない!」とばかりに飛びつく姿に、昭和育ちの私は時代が変わったことを痛感した。チーズケーキの世界は、なんとバラエティ豊かになったことか。

チーズケーキはこれまで、くり返しブームになっている。大流行、とまで言えるのは、バブル最盛期のティラミスぐらいかもしれないが、2018~2020年頃に大人気となり、コンビニ各社も採用したバスクチーズケーキは記憶に新しい。コロナ禍で外出制限がされていた頃は、冷凍で宅配できるチーズケーキの人気が、ますます高まった。いろいろなタイプのチーズケーキが、くり返し人気になっている。

『おいしい食の流行史』(青幻舎)でも書いたが、そもそもチーズケーキは、食のトレンド化時代の火ぶたを切った食べものだ。1970年、大阪万博に際して生まれた大阪のプラザホテルがスフレチーズケーキを考案したのを皮切りに、1976年に赤坂「しろたえ」、1978年に中目黒「ヨハン」、神戸モロゾフがレアチーズケーキの販売に乗り出すなどしてブームになった。

なぜ、くり返しブームが起こるほど、日本人はチーズケーキが好きなのか。改めて考えてみたい。
『チーズケーキ本』(昭文社)によると、戦前の日本人はチーズ自体に抵抗があったようだ。そもそも乳製品になじみがない人が圧倒的多数の時代で、酪農もそれほど盛んでなく、チーズの供給量自体が少なかった。

戦後、国は乳製品や肉類の増産に力を入れ、開拓を奨励し、高度経済成長期にはスーパーで1リットルの紙パック入り牛乳が売られ始めるなど、乳製品が一気に身近になる。

1970年代にチーズケーキがブームになったのは、『ファッションフード、あります。 はやりの食べ物クロニクル1970-2010』(畑中三応子、紀伊國屋書店)によれば、ナチュラルチーズが入手しやすくなったことがきっかけ。「レシピの定型がなかったため、店ごとにアメリカ風とヨーロッパ風の各種タイプが入り乱れ、『どこがいちばんおいしいか』をみな知りたがった」と書いてある。

だからこそブームは大きくなったと言えるが、この原点と言えるブームに、実はくり返されるチーズケーキブームの要因が凝縮されている。

チーズケーキがブームになった2つの要因

一つは供給。同書には、バブル期のティラミスも登場するが、ティラミスに必須の原料であるマスカルポーネチーズの代用品「マスカポーネ」が、不二製油によって開発されていたことが紹介されている。不二製油が販促に力を入れていたことが背景にあり、1990年の『Hanako』(マガジンハウス)の特集で火がついている。

もう一つがメディアの影響力。ティラミスは当時、飛ぶ鳥を落とす勢いで雑誌片手に街を歩く「Hanako族」を産んだ『Hanako』だけでなく、同時期に『女性自身』(光文社)もティラミス特集をしていた。

 『おいしい食の流行史』(青幻舎)でも書いたが、1970年代のチーズケーキブームも、『アンアン』(マガジンハウス)、『ノンノ』(集英社)、『週刊女性』(主婦と生活社)など、女性誌がこぞって取り上げ、流行が大きくなった。女性週刊誌は、高度経済成長期が創刊ラッシュ。ファッション誌は1970年代に続々と創刊される。女性向けのメディアが増えたことで、食のブームが本格化したと言える。

ティラミスに火をつけた『Hanako』は、食は中心的テーマの一つで、1988年の創刊後、10年ほどは食トレンドをけん引するメディアだった。1990年代には、グルメ情報誌や地域限定で細かく情報を紹介するタウン誌の創刊が相次ぐ。

インターネットの普及とSNSの登場で雑誌の時代が終わる。今はSNSでバズることが、流行拡大の要因だ。

要因はまだある!クセのあるチーズが好まれるようになったわけ

しかし、これだけではチーズケーキが流行する説明には足りない。私はさらに二つの要因がある、とみている。一つは、グルメ化。

チーズケーキ最初のブームの70年代、ティラミスブームのバブル期の共通点は、日本人の味覚の幅が広がった時期だったこと。1970年代は高度経済成長期の後。高度経済成長期、家庭の食卓には洋食や中華がのるようになった。おそらく食生活のバラエティが広がり、チーズケーキを受け入れられる味覚になったのだ。

バブル期とその前後は、グルメブーム。フランス料理やティラミスブームの導火線となったイタリア料理のブームもあり、ワインに親しむ人が増えた。

バブル期にはボジョレヌーボーが流行。1995年に田崎真也が日本人で初めて世界最優秀ソムリエコンクールで優勝したことで、ソムリエという言葉が認知され、ワインブームが巻き起こった。

ワインの供と言えばチーズ。ここで登場するのは、クセが強めのナチュラルチーズである。高度経済成長期には、日本人好みにした洋食と中華が浸透したが、グルメブームでは、本格的な外国料理に注目が集まり、スパイスやハーブの香る料理を好む人が増えた。つまりここでも味覚が変化している。クサいと思われてきたチーズも、「この香りと味が好き」と感じる人たちが登場する。

世代交代も進み、より若い世代は最初から本格派の料理の味を知り、親しんでいく。濃厚なチーズを使ったチーズケーキを「たまらない」と目を輝かせる女性も登場するわけだ。

最後になるが、日本人は甘さ控えめのスイーツが好きだ。海外のスイーツを甘過ぎる、と感じる日本人は多い。ヘルシー志向も相まって、スイーツはますます甘さを控えめにする傾向が強まっている。チーズケーキは、甘さ控えめスイーツの代表だ。だから、流行も広がりやすくなる。

過去に大きな成功をしたからか、最初の流行時に「正しい」レシピがない、とされたことからアレンジが比較的多彩にできるからか、チーズケーキは次々と新しいレシピが開発され、「次はコレだ」と注目される。もしかすると、日本人のマニアックな探求心に火をつける食の代表がチーズケーキなのかもしれない。

画像提供:Adobe Stock

阿古真理(あこ・まり)

1968(昭和43)年、兵庫県生まれ。作家・生活史研究家、くらし文化研究所主宰。神戸女学院大学卒業。食や暮らし、女性の生き方などをテーマに執筆。著書に『大胆推理!ケンミン食のなぜ』『昭和育ちのおいしい記憶』『昭和の洋食 平成のカフェ飯』『小林カツ代と栗原はるみ』『なぜ日本のフランスパンは世界一になったのか』『おいしい食の流行史』『平成・令和食ブーム総ざらい』『日本外食全史』『料理に対する「ねばならない」を捨てたら、うつの自分を受け入れられた。』『ラクしておいしい令和のごはん革命』『家事は大変って気づきましたか?』など。

執筆者情報

阿古真理

作家・生活史研究家。1968年、兵庫県生まれ。食や暮らし、女性の生き方を中心に生活史と現在のトレンドを執筆する。主な著書に『日本の台所とキッチン 一〇〇年物語』(平凡社)、『大胆推理!ケンミン食のなぜ』・『家事は大変って気づきましたか?』(共に亜紀書房)、『ラクしておいしい令和のごはん革命』(主婦の友社)、『日本外食全史』(亜紀書房)、『料理に対する「ねばならない」を捨てたら、うつの自分を受け入れられた。』(幻冬舎)、『料理は女の義務ですか』・『小林カツ代と栗原はるみ』(共に新潮新書)など。

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