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コラム

時短は正義なのか?今見直されている“ひと手間”料理【あの食トレンドを深掘り!Vol.2】

阿古真理

作家・生活史研究家。食や食らし領域が専門。

90年代に流行した「ティラミス」、数年前に話題になった「おにぎらず」、直近では社会現象にもなった「タピオカ」など、日々生まれている食のトレンド。なぜブームになったのか、その理由を考えたことはありますか? 作家・生活史研究家の阿古真理さんに、その裏側を独自の視点で語っていただきました。

共働き家庭が増えて「時短料理」が主流に

2010年代後半、レシピの世界を席巻したのが、時短料理だった。その年のトレンドを表す料理レシピ本大賞in Japanの受賞作にも、毎年時短料理の本が入っている。2014~2016年頃は、つくりおきがブーム。その後は、食材の種類が少ない、下ごしらえや火が通るのに時間がかかる食材を使わない、フライパン一つでできる、などと調理の効率化を考えたレシピが流行した。

また、2013年にオイシックスが売り出し人気を集めたミールキットも、10分、15分でできる時短料理と言える。ミールキット市場は急成長し、イオンやセブン‐イレブン、アマゾンなど多彩な企業が参入している。

時短料理がもてはやされるのは、共働きの女性が増えたためだ。家庭を持っても、子どもができても仕事を続ける。そういう意志を持った女性たちが増えていることは、子どもを断念した先輩世代としては、頼もしく思う。そして、フルタイムで働き、疲れて帰ってきても、手料理を食卓に出そうとする心がけも素晴らしいと思う。

しかし、しかしだ。時短料理ばかりになってしまうと、何か大事なものを失ってしまわないかと、老婆心も働く。違和感を抱きつつこの流行を見守ってきた私は、この秋たまたま鶏肉・栗・レンコンの煮込みを、いつもより長く煮たことで何が問題なのか気がついた。じっくり煮る料理や、ひと手間かけた料理には、時短料理にはないホッとする味わいがある

そういうことに気がついたのは、私自身、ふだんは20~30分程度で調理を済ませているからだ。決して「ていねいな暮らし」の優等生でないからこそ、気がついた問題点を掘り下げてみたい。煮込みには、かけた時間が生み出す味わいがある。ぼんやりと「おばあちゃんの味」を連想させる安心感があるのは、食材が十分柔らかくなり、しっかり味がしみ込んでいるからだ。

私が作る「ひと手間サラダ」

ひと手間かける料理で私が語れるのは、サラダだ。菜っ葉をちぎって盛りつけるだけにし、仕上げは各自食卓でドレッシングをかければ時短料理として成立する。そういう家庭が多いのか、今はスーパーはもちろん、食材専門店やレストランにも、オリジナリティあふれるドレッシングが何種類も並ぶ。

しかし、ドレッシングのレパートリーはないが、私のひと手間サラダは、夫にも来客にも好評だ。
第一のポイントは、オーガニック八百屋で野菜を買う、つまり良質な素材を選ぶこと。ドレッシングも、手作り。ふつうに料理するのと同じように、調味料を加えていくだけだ。一味違う特別な調味料は使わないものの、余計なものも入らないので、食べやすい。
二つ目のポイントは、素材に合わせて下処理を行うこと。アスパラは根元を切り、スナップエンドウは筋を取って、茹でておく。ミニトマトのヘタを取って切っておく。
三つ目は、食べる直前に自分の手で、塩、レモン、オリーブオイルを順にかけて和えること。これがマイ・ドレッシング。サラダは、手を使って直前に和えるとおいしくなることは、昔アメリカの食文化の本を読んで知った。

ひと手間かける料理は、和食にも多い。乾物をあらかじめ戻す。野菜を下茹でする。豆腐を水切りしておく。カブの葉の根元を残したいときは、葉と葉の間の土をていねいに取る必要がある。時短するなら根元を切り落とすが、彩りを優先したければ、細かく作業をしなければならない。

ひと手間かけた料理、時間をかけた料理を味わったときには満足感があるが、それは時短料理では味わえない。

時短料理とは真逆のブームが起き始めている

もう一つ、時短レシピに頼りきりの問題は、経験が生み出す結果としての時短も難しくなるかもしれないことだ。料理歴が長くなった私は、あんなに面倒だったタマネギを切るまでの作業も、両端を切ってから皮をむくと速いことに気がつき、切る作業も速くなって、昔ほど手間がかからなくなった。それは、「タマネギってめんどくさい」と思いつつ、「でもタマネギを使うとコクが出るから」と使ってきたからだ。一方で、タマネギを使わないスープのレパートリーも増やしてきた。

手間を避ける経験と、手間を惜しまない経験の両方が、今の私のレパートリーにつながっている。これは、優等生じゃないから出てきた結果である。

あまり時短レシピに頼ってばかりいると、いつまでたっても上達しない、知恵が働かないという結果を招かないか。何しろ、自分で発見した知恵が、一番身に着くからだ。

しかし、おばさんの老婆心なんて実は必要ないかもしれない。それはここ1~2年、時短とは真逆の、手間をかけた料理や保存食作りが人気になっているからだ。味噌作りは2013年頃から流行しているが、2018年のクックパッドの食トレンド大賞の一つに選ばれたし、オイシックスのミールキットでも人気である。梅仕事も流行している。どちらも、必要はないものである。そして、完成まで何カ月もかかる。

週末に煮込みを作る、ギョウザを手作りする人たちもいる。進んでやるこういう料理は、義務感から作る料理より充実感があって、幸福な時間をもたらしているのではないか。ふだん時短だからこそ味わえる充実感。
みんな、本当は気づいているのだ。時間や手間をかけた料理のおいしさを。一番問題なのは、台所の担い手を拘束し疲弊させる長時間労働を止めさせられない、企業の風土なのだ。

阿古真理(あこ・まり)

©坂田栄一郎
1968(昭和43)年、兵庫県生まれ。作家・生活史研究家。神戸女学院大学卒業。食や暮らし、女性の生き方などをテーマに執筆。著書に『昭和育ちのおいしい記憶』『昭和の洋食 平成のカフェ飯』『小林カツ代と栗原はるみ』『なぜ日本のフランスパンは世界一になったのか』『パクチーとアジア飯』、最新著書『母と娘はなぜ対立するのか』(筑摩書房)など。

執筆者情報

阿古真理

作家・生活史研究家。1968年、兵庫県生まれ。食や暮らし、女性の生き方を中心に生活史と現在のトレンドを執筆する。主な著書に『日本の台所とキッチン 一〇〇年物語』(平凡社)、『大胆推理!ケンミン食のなぜ』・『家事は大変って気づきましたか?』(共に亜紀書房)、『ラクしておいしい令和のごはん革命』(主婦の友社)、『日本外食全史』(亜紀書房)、『料理に対する「ねばならない」を捨てたら、うつの自分を受け入れられた。』(幻冬舎)、『料理は女の義務ですか』・『小林カツ代と栗原はるみ』(共に新潮新書)など。

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