作家・生活史研究家。食や食らし領域が専門。
【あの食トレンドを深掘り!Vol.29】90年代に流行した「ティラミス」、数年前に話題になった「おにぎらず」、直近では社会現象にもなった「タピオカ」など、日々生まれている食のトレンド。なぜブームになったのか、その理由を考えたことはありますか? 作家・生活史研究家の阿古真理さんに、その裏側を独自の視点で語っていただきました。
5月14日に『アド街ック天国』(テレビ東京系)の吉祥寺特集を見ていたら、完全オーダー制で、ジャガイモを選び、味付けを選んでテーブルに運ばれていただくスタイルの「ザ・ポテト・マニア」という店が紹介されていた。店のウェブサイトを見ると、ジャガイモの種類は、鮮やかな黄色の「インカのめざめ」、ノーザンルビーという赤色のジャガイモ、紫色のシャドークインなどと、カラフルなラインナップがある。オープンは2021年10月だった。
そういえば最近、 スーパーに並ぶポテトチップスも高級路線の商品が増えた。また、ドバイのスナック・メーカー、ハンターズの「黒トリュフポテトチップス」、北海道の人気チョコブランド、ロイズの「ポテトチップチョコレート[オリジナル]」など、オンラインショップその他で買える高級商品もある。
カルビーは、2014年に大阪の阪急百貨店うめだ本店で、同店とのコラボでギフト向けの高級路線のポテトチップスを並べた「グランカルビー」を開いている。東京駅のエキナカでも1箱750円の高級ポテチ「じゃがボルダ」を売っているが、これも「東京ばな奈」とコラボだそう。通りがかったついでに「鰹と昆布のうまみだし味」を買ってみた。カルビーの普及品のポテトチップスより分厚いのでフレンチフライの印象に近く、出汁の風味が効いている。ただ、私には出汁とポテトがなじんでいないように感じられた。
湖池屋も、オンラインショップ限定の高級ポテトチップスを売っている。同社のプレスリリースによると、2015年から販売する「ポテトチップスうすしお味 今金男しゃく」「ポテトチップスのり塩 今金男しゃく」がそれで、毎年限定販売しているらしい。
上質さで知られる品種、「今金男しゃく」の解説もついていた。1891年から栽培し始めた北海道今金町では、1955年にジャガイモをブランド化し、ずっと男爵イモだけを作り続けている。今金町は昼夜の寒暖差が大きく、生産者の努力もあって、「デンプン質をたっぷりと含んだ甘くてホクホクしたじゃがいも」ができる。
ポテトチップスがなぜ高級化したのか、理由がだんだん見えてきた。一つは、ジャガイモの品種が多様になったこと。インカのめざめが品種登録された2002年頃から、スーパーでは、メークインと男爵以外のジャガイモが並ぶようになった。それでもゼロ年代は、流通関係者から「定番以外は売れない」、という嘆きを聞くことも多かった。
ところが最近は、テレビ番組でさまざまなジャガイモが紹介されるなど、関心が高まっている。10年ほど前から、大根やニンジンなどのカラフルな野菜が一般的になってきたことが、珍しいジャガイモへの抵抗感を薄れさせたのかもしれない。
折よく、インスタグラムが日本に入ってきて、それまで以上に映えへの関心が高まった。2010年代半ばには食べ比べが流行し、新しいモノを試す機運が出てきたこともあるだろう。
目新しい食べ物への関心が高くなったのは、日本人のグルメ化が進行しているからだ。2010年代半ばにアジア料理の流行が再び始まったあたりから、SNSでの情報交換が活発になって、レポーター感覚で「試してみる」楽しみを覚えた人も増えたように感じる。高級ポテトチップスも、話のタネとして食べてみようと考えるのではないか。高級といってもレストランへ行くほど高くはないし、食べ慣れたポテトチップスなら、とハードルが低いことも人気の要因だろう。
メーカー側の要因には、少子高齢化があるはずだ。子ども向けで売られてきた定番商品を大人向けにグレードアップし売り出す試みは、最近多い。ポテトチップスも例外ではないのだ。
日本でポテトチップスの販売が始まったのは戦後。最初は、ハワイ帰りの濱田音四郎が発売したフラ印のポテトチップスで、昭和20年代のこと。次は、湖池屋で1962年。同社の最初の商品はのり塩味だった。カルビーが参入したのは意外と遅く、1975年。小学生だった私は、初期の「100円でカルビーポテトチップスは買えますが、カルビーポテトチップスで100円は買えません。悪しからず」と語る藤谷美和子のCMをいまだに覚えている。
高級ポテトチップスといえば、私はまずフラ印を思い浮かべるが、インターネット上で高級ポテトチップスを紹介する記事にはリストアップされていない。高級と言うには300円以内で安く、定番だからなのかもしれない。
ポテトチップスは、家庭でも作れる。湖池屋がポテトチップスの販売を始めたきっかけは、社長がスナックで飲んでいたとき、手作りのものを食べたことだった。
私が手作りできると知ったのは、中学生の頃。当時、学校の図書室にあるお菓子のレシピ本を読み漁るのが好きだったのだが、『スヌーピーの料理絵本』(主婦の友社)などのスヌーピーシリーズのレシピ本で見つけたのだ。
さっそく、ジャガイモを薄くスライスして揚げてみた。確かに簡単だったが、油の温度管理で失敗したのか、ベチャッとした仕上がりになってしまった。それで作らなくなってしまったのである。でも、手作りなら、それこそ味つけも自由自在にできるし、食品添加物も使わなくていい。
そういえば、最近は無添加など、ヘルシーなポテトチップスのバリエーションも増えている。商品としてのポテトチップスは、これからますます発展していくのかもしれない。
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作家・生活史研究家。1968年、兵庫県生まれ。食や暮らし、女性の生き方を中心に生活史と現在のトレンドを執筆する。主な著書に『日本の台所とキッチン 一〇〇年物語』(平凡社)、『大胆推理!ケンミン食のなぜ』・『家事は大変って気づきましたか?』(共に亜紀書房)、『ラクしておいしい令和のごはん革命』(主婦の友社)、『日本外食全史』(亜紀書房)、『料理に対する「ねばならない」を捨てたら、うつの自分を受け入れられた。』(幻冬舎)、『料理は女の義務ですか』・『小林カツ代と栗原はるみ』(共に新潮新書)など。
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