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コラム

スーパーでも専門のコーナーができるほど!遠い存在だったメキシコ料理「タコス」が人気の理由

阿古真理

作家・生活史研究家。食や食らし領域が専門。

【あの食トレンドを深掘り!Vol.31】90年代に流行した「ティラミス」、数年前に話題になった「おにぎらず」、直近では社会現象にもなった「タピオカ」など、日々生まれている食のトレンド。なぜブームになったのか、その理由を考えたことはありますか? 作家・生活史研究家の阿古真理さんに、その裏側を独自の視点で語っていただきました。

夏グルメとして人気の「タコス」。なぜ話題に?

今年は夏が例年よりずっと早く訪れ、暑過ぎたせいだろうか。妙にタコスを食べたくなることがある。一昔前は、日本で食べられるタコスやメキシコ料理は、何だかパサパサして味わいの薄いモノだった気がする。少なくとも私が1990年代から2000年代にかけて食べたタコスは、トウモロコシを使ったトルティーヤ生地はボソボソで、小麦粉生地のほうが食べやすかった。「メキシコ料理は水分が少なすぎて、日本人の好みとは遠いなあ」というのが実感だった。ところが最近は、フーディたちをうならせるグルメなメキシコ料理店が次々とでき、話題に上り始めた

『ヒトサラマガジン』2021年1月7日配信記事で、『東京最高のレストラン』(ぴあ)の大木淳夫編集長らが参加した座談会「2020年グルメトレンド予測 外食のプロが語る、食の“7つ”のキーワード」で、メキシコ料理とタコスが筆頭に挙げられている。たまたま私は、そこで取り上げられた3店のうち2店に行ったことがある。タコスを食べたい衝動に駆られるのも、それらの店でタコスの概念ががらりと変わったことが大きい。

1店目の三軒茶屋「ロス タコス アスーレス」は小さな店だが、メキシコ人シェフが手作りした、柔らかいトルティーヤに具材を載せて食べる。作りたてだからまだほの温かいし、小ぶりながら味わいが深い。メキシコの在来種のブルーコーンを使っているところがいいのかもしれない。「本物のタコス」という触れ込みに惹かれて行った店である。

もう1店は、恵比寿の「キヤス」。最近、庶民に愛されてきたカレーなどをコース仕立てで出す店が増えているが、こちらもそのタイプ。タコスでコースとは驚いたが、大きな皿にポツンと肉や野菜が載ったタコスが置かれ次々と出てくるのは、確かに高級感がある。こんなにスタイリッシュに食べたことがない、という点で印象的だった。

どちらも日本の食文化を採り入れたアレンジだったから、料理の水分が多めだったのだろうか。どうやら、世の中にはボソボソでないタコスもあるらしい、と知り、急にタコスとメキシコ料理に親近感がわいてきたのだ。

テレビで話題のタコス店もあるらしい。2017年に渋谷道玄坂に1号店を開いた「カサデサラサ」は、『マツコの知らない世界』(TBS系)や『嵐にしやがれ』(日テレ系)でも紹介されている。『マツコの知らない世界』で紹介されたのち、ブームになる食は多い。検索してみると、2019年12月3日に放送され、先の2店も紹介されていた。どうやらタコスの流行は、店の選択肢が増えた結果起こり、2020年から加速したようだ

また、チェーン店では「タコベル」が2015年に再上陸し、首都圏と関西圏に合計12店が出店している。このアメリカ発祥のグローバルチェーンは、1980年代後半に日本へ進出したが、定着しないで1990年代前半に撤退している。このタコベルの挫折と再進出が、日本の食事情の変化を象徴しているのではないか。

一般スーパーでも「タコス推し」。コロナ禍がきっかけ

タコベル1度目の進出時は「エスニック」料理ブームで、欧米以外の地域の料理が全般的に注目されたが、目立つ流行はタイ料理、ベトナム料理、インド料理ぐらいだった。日本人向けにカスタマイズできた店が出現しなかったのか、アボカドもサルサも身近でなかったからか、メキシコ料理はそれほど人気が広がらなかった。アジアの料理と違い、現地から料理人を連れてくることもなかったのかもしれない。

しかし、今は世界各地の飲食店が身近になったし、移民が同郷の仲間を対象に開いた本格派の店を好んで出かける日本人も多い。メキシコ料理に欠かせないアボカドも数年前から人気の食材で使い道のバリエーションが広がっている。味覚の幅が大きく広がったことや、世界的にグルメブームが広がっていることが、タコスを受け入れやすくしている。日本では、アメリカ経由で入ってきたハードシェルと呼ばれる揚げたトルティーヤを使うイメージが強いかもしれない。タコベルのトルティーヤも、沖縄のタコライスで使われているものも、トルティーヤチップスもこのタイプで、いずれもアメリカが発祥だ。しかし、私が行った2店は、トウモロコシ粉を水で溶いてから焼いたソフトトルティーヤを使っていて食べやすかった。

流行が本格化したのは、コロナ禍になってから。2021年5月には、サブウェイも「メキシカン ミートタコス」という、唐辛子が効いたタコスミートを挟んだサンドイッチを販売している。 今年の夏は、近所のスーパーでも食材店でもタコスを推している。フライパン1枚分ぐらいのソフトシェルのトルティーヤが入った袋、サルサソース入りのビンがずらりと並ぶ一角が出現したのだ。思わずアボカド、トマト、タマネギ、鶏ミンチを買い、アボカドとトマトのワカモレサラダとタコスを作った。タコスはオリーブオイルを引いて唐辛子を温め、ミンチとトマトとタマネギを炒め、トマトケチャップを注いでから、チーズを加える。今度はフライパンで軽くトルティーヤを温める。具材を載せたら我流タコスの出来上がり。夫はパクチーが苦手なので、パクチーは後から載せて食べる形にした。

サルサも買おうか迷ったのだが、すでにわが家には豆板醤、ハリッサ、コチュジャンがある。これ以上チリ系を増やすわけにはいかない、と思ったのである。本物は店で食べればいいから、家ではなんちゃってで十分だ。しかし、私は料理家ではないので、この料理をほかの人も気に入るか保証の限りではない。

最近は、唐辛子の辛さに代表されるスパイシーな料理の人気は高い。より高い刺激を、より珍しいモノを、という人々の欲望が、意外と知られていなかったタコスへ向かい、流行の要因になったと考えられる。まだメキシコ料理店やタコスの店は限られているので、もしかすると、これからがタコス人気の本番なのかもしれない。

画像提供:Adobe Stock

阿古真理(あこ・まり)

©植田真紗美
1968(昭和43)年、兵庫県生まれ。作家・生活史研究家。神戸女学院大学卒業。食や暮らし、女性の生き方などをテーマに執筆。著書に『昭和育ちのおいしい記憶』『昭和の洋食 平成のカフェ飯』『小林カツ代と栗原はるみ』『なぜ日本のフランスパンは世界一になったのか』『パクチーとアジア飯』、『母と娘はなぜ対立するのか』、『平成・令和食ブーム総ざらい』、『日本外食全史』、『料理に対する「ねばならない」を捨てたら、うつの自分を受け入れられた。』、『ラクしておいしい令和のごはん革命』など。

執筆者情報

阿古真理

作家・生活史研究家。1968年、兵庫県生まれ。食や暮らし、女性の生き方を中心に生活史と現在のトレンドを執筆する。主な著書に『日本の台所とキッチン 一〇〇年物語』(平凡社)、『大胆推理!ケンミン食のなぜ』・『家事は大変って気づきましたか?』(共に亜紀書房)、『ラクしておいしい令和のごはん革命』(主婦の友社)、『日本外食全史』(亜紀書房)、『料理に対する「ねばならない」を捨てたら、うつの自分を受け入れられた。』(幻冬舎)、『料理は女の義務ですか』・『小林カツ代と栗原はるみ』(共に新潮新書)など。

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