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コラム

作家・阿古真理さんのキッチン探しストーリー 第九編「ダストン理恵さんのキッチン」

理想のキッチンを叶えるwebマガジン「たのしいキッチンmag」。生活史研究家・作家である阿古真理さんによる新連載を開始します。連載タイトルは「作家・阿古真理さんのキッチン探しストーリー」、阿古さんがご自身の理想のキッチンを手に入れるための情報を、住宅関係事業者やキッチンメーカーに取材する企画です。なんとなくご自宅のキッチンに納得がいっていない方や近い将来キッチンを購入する予定のある方が、本連載を通じてそれぞれの理想のキッチンに出会える手助けになるよう情報を発信していきます。

スープ作家の有賀薫さんが、「うちの妹は『合宿所』をテーマに、キッチンをリフォームしたんですよ」と言うので、「それはどういうこと?」と気になり、妹のダストン理恵さんをご紹介いただいた。 東京郊外のご自宅までうかがうと、そこにあったのは、家事シェアが進みそうなオーダーキッチンだった。

現在の住まいとの出逢い

閑静な住宅街に建つ一戸建ては、築10年だった2007年に購入したという。ご家族は市場調査の個人事業主のパートナー、22歳の娘さんと20歳の息子さんの4人。ダストンさんは日本語教師で、夫婦ともに自宅を拠点に仕事をしている。

「間取りがすごく気に入って引っ越したんですが、キッチンは全体がグレーで暗かった。シンク下は扉があって蒸れるため、不衛生な印象がありました。しかも排水管が真ん中にズトンと貫いている。奥行きは深いのに中途半端な空間になっているため、プラスチックケースも全然入らないんです。『いずれはキッチンをリフォームしよう』、と入居したときから思っていました」とダストンさん。

シンク下問題は私も気になっているが、ダストンさんが不満に感じていたキッチンは世の中に多い。いったいどのようにして改善したのか気になる。

理想を叶えるためにメーカー行脚

2014年頃からキッチンメーカーのショールームを巡ったダストンさん、「どの会社のキッチンも、帯に短したすきに長しという感じで、自分にピッタリくるものが見つけられなかったんです。インターネットでいろいろ検索した結果、日本橋浜町にある厨房機器メーカーの遠山製作所が見つかりました」と言う。

「工房に出向いたら、ステンレスの種類から選べる。『これだー!』と思って決めました。 私はキッチンの窓までの立ち上がりを、1枚でつなげたかったんです。水が飛び散る場所ですから、継ぎ目があると汚れやカビの原因になる。でも、それまでうかがったメーカーさんはどこも、『そこだけのためにステンレスを伸ばせない』『継ぎ足せばいいじゃないですか』と言うんです。遠山製作所さんは、立ち上がりを1枚にするのはもちろん、他にも私が望んだほとんどのことを、『できますよ』と言ってくださったんです」とうれしそうに話すダストンさん。

ダストンさんのこだわり、キッチンのワークトップから窓までの立ち上がりを1枚のステンレスで仕上げている

工務店も数店を巡るなど一つ一つ時間がかかり、リフォームできたのは結局2017年、と3年越しのプロジェクトになった。

キッチンはリビングダイニングに隣接し、玄関から廊下を通って直接入ることもでき、ダイニングの反対側に勝手口もある。3カ所も開口部があるのは便利だが、リフォームに当たっては制約になった。ダイニングに面したオープンキッチンに変えたかったダストンさん、いくつかの工務店に相談した結果、建物の構造上、ダイニング側の壁を壊すことは不可能と断念した。17畳のリビングダイニングには柱がなく、壁で支える構造になっていたからだ。

そこで考えを切り替え、キッチンセットだけを交換し独立空間として作り変えることにした。

目指したのは、開かれたキッチン

リフォームするにあたって重視したのは、ほかの人が使っても困らないよう、モノのありかが一目でわかるようにすること。モノの動線を整理し片づけやすくすること。お手入れしやすい場所にすることの3点だった。順番に説明しよう。

ダストンさんのご家族は、全員が料理する。子どもたちも成長し、それぞれ起きてくる時間がバラバラになった。また好みが違うことから、朝食は各自が用意する。朝が遅いアメリカ出身の夫はパンとオムレツとベーコン、ダストンさんは早起きで納豆とご飯、息子は残り物などを組み合わせる。娘はそうめんやおかゆなどを作る。子どもたちが、ゴマ豆腐や茶わん蒸し、プリンなどをそれぞれ趣味的に作ることもある。夕食は、ダストンさんが家族のものを作る。

「子どもの頃に住んでいた家では、お客さんが多かったんです。でも、他人のキッチンは何がどこにあるかわからない、と手伝おうとしたお客さんがまごつく様子を見ていました。それで、お鍋を見渡せたり調理道具が一か所にまとまっていたり、と誰でも一目でわかるようにしたかったんです」と話す。

キッチン上の棚、どこに何が置いてあるかがダストンさん以外の家族にもわかるように敢えてオープンな仕様にしている

キッチンの上に3段のオープン棚があり、下も開口棚が中心。オープンだと水を完璧に拭き取らなくても戻せる。よく使う鍋類を置く上の棚の一番下には、水切りをつけた。

置き場所が分かりやすくなれば、キッチンを使った家族が片づけまでやるかもしれない、という期待もあった。 「でも家族がやってくれるのは、ボウルや食器を洗って水切りかごに入れるところまでで、期待の50%ぐらいかな」とダストンさん。

キッチンメーカーの商品は収納に扉か引き出しがついたものがほとんどだが、オーダーならオープン棚ができるのだ。キッチンの後ろ右手にあるパントリーも、それぞれかごが入ったオープン棚がセットされている。棚はパートナーが製作した。

作業台下の収納、しまってある場所がわかりやすく、自然乾燥しやすいようオープンな仕様に

冷蔵庫の隣にあるタワー式に積み重なったボックスは、それぞれがゴミ箱になっている。 実はこの市、ゴミの分別がとても細かい。1センチ角以下の紙は燃えるゴミで捨てられるがそれ以上は紙資源としてリサイクルする、プラスチック容器も中がきれいな場合と汚れている場合で捨て方が違う、など細かい決まりがあり、市から配られるガイドは64ページもある。 以前は、分別の煩雑さから「家族が使ったペットボトルもビンも缶も全部キッチンの調理台に積み上がっていて、それを私が分別して外に出していたのですが、今はキッチンの中にゴミ箱があるので、家族も分別してそこへ入れてくれるようになりました」と話すダストンさん。

ゴミの分別が視覚的にわかりやすいボックス、居住地域の分別ルールが厳しいからこその工夫だ

片付ける距離や動作を最小限にする動線

懸案だったシンク下には、ゴミ箱と食洗機が入った。 燃えるゴミとプラスチックゴミの二つのゴミ箱が扉なしでぴったりサイズのドーリー(キャスターの付いた運搬機)に載っていて、中から引き出せる。ヨーグルトのカップをサッと洗ってそのままゴミ箱へ、と料理した端から捨てていけるのでゴミが滞留しなくなった。食洗機も一般的には調理台下が定位置だが、「シンクからさっと洗った食器を入れるとき、ポタポタ水がこぼれるのがイヤだったので、シンク下にスペースを作ってもらいました」と話す。

シンク下のゴミ箱と食洗機、収納としてのスペースは捨てて片付けの動線が優先されている

鍋類を元に戻しやすくなったことも、キッチンを散らかりにくい空間に変えた。上がオープン棚なので扉を開ける面倒がないうえ、戻すときに少しぐらい水がついていても気にしなくて済むようになったのだ。調理台の下にも、しょっちゅう使い、重くて上の棚に置きづらい鍋やフライパンをオープン棚に入れている。

調理台を85センチと広めに取ったので、シンク左側は約20センチと狭めになり、水切りかごはサイズ調整できる細めのものを選んだ。 調理中はたくさんの洗い物が出るので、食洗機や水切り棚があっても水切りかごは必須、とダストンさんは強調する。

コンロ下はガスオーブン。そしてコンロ横に、調味料棚のカートをつけてもらった。乾物やコメ、缶詰などの食材は、パントリーに入っている。

コンロ下はガスオーブン、コンロ横に引き出して使える調味料用カートが入っている

冷蔵庫の位置も工夫した。もとはコンロ前が定位置だった。 しかし、調理中に開けると庫内に熱気が入ってしまうし、調理中に家族が飲み物などを取りに来てぶつかることもある。 そこでダストンさんは、冷蔵庫の正面を横に変えた。扉が廊下側に面すると、調理台の真横になり使い勝手が格段に良くなった。

私も冷蔵庫の位置を3度変え、廊下の横で調理台の正面にしたら、とても使いやすくなった。開口部が多いキッチンや、キッチンセットの周りに空間の余裕がある場合は、定位置に囚われず動線を考え、冷蔵庫の位置や向きを決めることをおすすめする。

リビングダイニング側から見たキッチン、正面は勝手口、右は玄関に続いており、動線を意識した配置と向きになっている

お手入れとデザインにこだわった壁タイル

壁は大判タイルを貼った。 こちらも「東京中のほとんどのタイルメーカーのショールームへ行きました。海外のおしゃれなタイルもありましたが、あまり派手だとこの空間で目立ちますし、表面に凸凹があると掃除しにくそう、と思いました。サイズが小さいと、目地が多くなって汚れが溜まりやすくなります。キッチンパネルは掃除がラクですが、あまりおしゃれではない。キッチンセットがオールステンレスで地味なので、家庭らしく温かみのあるタイルにしたいと思って、結局リクシルで20センチ角の柄のバリエーションがあるセットを選びました。自分でレイアウトを決め、工務店さんに貼ってもらいました。掃除はすごくラクですよ」とダストンさん。

キッチンは心地よい空間であってほしい

苦労はしたが、望んだイメージ通りにキッチンができたことで、料理が楽しくなり、片づけしやすくなった。 わかりやすい構成になったため、家族の家事参加度も上がった。

「キッチンは毎日使うモノだから、汚れることを前提にして作らないとだめです。料理するときは、モノをたくさん広げますが、後片づけをして、コンロとシンクの間に何もなくなって拭くときは、ちょっとうれしいです」とダストンさんは話す。

確かに、日々使うモノだからこそ、キッチンは調理しやすいことやお手入れがラクなこと、片づけしやすいことと条件がそろっていることが望ましい。そして、長い時間を過ごすことを考えれば、その空間は心地よい自分好みの場所になっていて欲しい。

残念ながら、既存のキッチンは必ずしも使いやすく設計されているわけではない。なぜなら、どんなキッチンが使いやすいと感じるかは、その人によって異なるからだ。最大公約数を集めたシステムキッチンも、想定からはみ出してしまう人が必ずいる。 どんなキッチンが欲しいかイメージし、膨大なパーツを一つ一つ選んで決めていくことは大変だが、達成した後には、楽しい毎日が待っているのではないだろうか。

集合写真:著者阿古真理、ダストン理恵さん(左から)

※この記事は理想のキッチンを叶えるwebマガジン「たのしいキッチンmag」から転載しております。

阿古真理

作家・生活史研究家。1968年、兵庫県生まれ。食や暮らし、女性の生き方を中心に生活史と現在のトレンドを執筆する。主な著書に『ラクしておいしい令和のごはん革命』(主婦の友社)、『日本外食全史』(亜紀書房)、『料理に対する「ねばならない」を捨てたら、うつの自分を受け入れられた。』(幻冬舎)、『料理は女の義務ですか』・『小林カツ代と栗原はるみ』(共に新潮新書)など。

阿古真理さんの理想のキッチンに関するプロジェクトはご自身のnoteやYoutubeでもコンテンツを更新中です。
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