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コラム

被災後に毎日同じメニュー、トラウマで食べられず 災害時の偏った食事が引き起こす健康問題

災害多発国日本では、いつ大規模な地震その他の災害に見舞われるかわからない。関東大震災から100年のこの機会に、いざというとき生き延びる糧となる、非常時の食について考えたい。

在宅避難では食材の確保と献立のやりくりが大変

宮城県の住宅街で暮らす主婦のSさん一家は東日本大震災のとき、会社員の夫、小学校1年生の娘、4歳の幼稚園に通う娘、2歳の息子との5人家族だった。地域は震度6強で津波の心配はなく家族も一戸建ての家も無事だったが、停電と道路が寸断されたことで、生鮮食品がほとんど手に入らない1週間を過ごしている。

※写真はイメージです

「子供たちが3時のおやつは絶対、と思い込んでいるので、被災中もそこだけは切らさないようにしました。当時4歳だった次女は、マドレーヌを食べたことをすごく覚えている、と言っていました」とSさん。

持っていた防災セットを確認すると、軍手のゴムは伸び、電池は液漏れしていた。アルファ化米と乾パンも、Sさんは「子どもたちが普段と違うモノを食べたがらないですし、私も『被災してしまった!』、とつらくなるので食べませんでした」と言う。

※写真はイメージです

被害は比較的少なくガスと水道は使えたが、停電したので、まだ明るい夕方5時頃に夕食を作る。献立は、サツマイモをゆで、フリーズドライの味噌汁を使うなどが多かった。家電が使えないので、ご飯は圧力鍋で食べ切る量だけ毎食炊いた。生鮮食品がほとんど手に入らず、魚肉ソーセージとジャガイモかニンジンを細切りしチンジャオロース風にするなど、手に入るもので代用。ツナ缶、切り干し大根など、ストックしていた食品も役に立った。ようやく再開したスーパーで売っていた煎餅や甘栗、酒屋で選んだミニサラミ、スルメなど、栄養になりそうなお菓子やつまみでしのいだこともある。

スーパーでは、雪がちらつく中1時間も行列に並ぶ。「店内が散乱して危ないので、駐車場に商品を並べ、一律200円で販売していました。行列の前後の見知らぬ人とおしゃべりをしながら待つような、なぜかゆったりした時間が流れていたことが印象に残っています」とSさんは話してくれた。

おにぎりと菓子パン、お菓子ざんまいの避難所生活

災害食研究の第一人者に、実情と対策を聞いた。管理栄養士・医学博士の資格を持つ医薬基盤・健康・栄養研究所の坪山(笠岡) 宜代先生は、「備蓄は、普段の食事で食べている好きなモノが一番です」と話す。

主だった大災害の被災地で調査を重ねた坪山先生は、食事がある程度足りている避難所と、食事が貧しい避難所の違いを歴然と感じるという。「食事が悪いところは、雑然としていて空気が悪い。食事が充実した避難所は、笑顔や会話があって生活が整っているところが多いです。避難所同士で連携し、物資の管理を共同で行う、給食センターを使うなどして食事環境を整えている場合もありました」と話す。

最初に表れる健康問題は、低栄養。「ほとんど何も入っていないおにぎりと菓子パンが1日の食事、という避難所ではエネルギーも足りないですし、栄養素が炭水化物に偏っています。皆さん、食欲もないんです」

避難所で血圧が高くなる人は多いが、それはストレスで交感神経が活発になり食塩の影響を受けやすくなることに加え、加工食品に塩分が多いことも影響しているようだ。血糖が悪化してしまう人も多い。「お菓子は避難所に多く配られていますが、中にはお菓子バイキングが3カ所で行われている避難所がありました」と坪山先生は言い、子どもがお菓子依存状態になる場合があると指摘する。お菓子で空腹を満たしてしまい、食事が入らなくなる例もあった。

トラウマになるリスクもある。「避難所で毎日カレーだったため、災害の記憶がリンクし学校給食でカレーが食べられなくなった子がいたと聞きました。保育園でインスタント味噌汁を出していたら、その後食べられなくなった例もあります。食事には、バラエティが必要なんです」

長引く避難所生活で肥満者が約10%も増加

肥満になる人も多い。東日本大震災後の福島県では、1年半後に男性避難者の肥満が約10%増えました。子どもでも肥満の報告は多く、震災から2カ月後、2~6カ月後のどちらの期間でも肥満が増えていることがわかったことも指摘する。

日本人の食事摂取基準で平時は33種類必要な栄養素を定めているが、災害時の摂取基準は数を絞り、エネルギー、たんぱく質、ビタミンB1、B2、Cの5種類と定めた。「ビタミンB群は炭水化物を身体で燃やす潤滑油。せっかく食べたおにぎりも、ビタミンB群も摂らなかったら糧になりにくいんです」と話す。

「温かいモノは温かく、冷たいモノは冷たくして欲しいですが、できないことが多いです。食欲を出すには、生活環境を整える必要があります。避難所に簡単な食堂を作れば、落ち着いて食事できるだけでなく、コミュニケーションも増えます」

「イタリアの避難所では、家族ごとに生活できるテント、キッチンカー、トイレ・シャワーのコンテナ、食堂のテントがセットなんです。食堂で支援者も避難者も一緒にパスタを食べ、時にはワインもふるまわれる。これをベースに、非常時における日本食の国際基準やしくみを私はつくりたい。できるだけ日常を整えることが生き延びるために大事です」と熱く語る坪山先生。

専門家が推奨する備蓄の量と質

私たちは何を備えればいいのか。東日本大震災などの経験を踏まえ、健常者はできれば1週間分、高齢者などの要配慮者向けには少なくとも2週間分の備蓄を国は推奨している。農林水産省のガイドでその内容は1人1日1リットルの飲料水、主食、おかず、カセットコンロの4点だが、坪山先生はトイレも加えて欲しいと話す。トイレの回数を減らそうと食べない人がいるからだ。ポータブルトイレのほか、黒いビニール袋を便座に敷き、新聞紙で吸収する形でも使える。それら5点を1日分ずつ、分散して備蓄する。家の中でも、どこが被災で使えなくなるかわからないからだ。

備蓄食料のおすすめは塩分量が少ない魚介類の水煮缶、レトルト食品などの好きな加工食品。野菜ジュース。発熱材がついたレトルト食品も便利だ。

何を選んだらいいかわからない場合は、「日本災害食」のマークがついた食品がおすすめ。消費期限前に食べては補充する循環備蓄(ローリングストック)をするためにも、好きなモノがよい。「普段でも食べるので、必ずなくなるからです」と坪山先生。

飲料とおやつの持ち歩きからはじめる備蓄

クックパッドが、成人男女3,270人に取ったアンケートでは、全体の7割が非常食を備蓄しているものの、家族で1~2日分に過ぎない人が多く、20、30代の備えが特に薄い。

Sさんは、震災後にローリングストックを心がけるようになった。食品はレトルトのカレーや丼物、パスタソース、ツナややきとり、果物の缶詰、バナナやリンゴなどの果物、パスタやそうめんなどの乾麺、麦茶やスポーツ飲料、オレンジジュース、野菜ジュース。 「非常食は慣れていないと食べる気にならなかったりするので、食べ慣れたものをローリングストックすることが大事と思います」とSさんも実感に基づき、アドバイスしてくれた。

坪山先生は、「まずは、普段から飲料と携帯用の食べ物(おやつ等でもOK)を持ち歩くことから始めましょう。私は登山用で夏にも溶けないチョコレートの災害食を持ち歩いています。移動中に被災して帰れないこともありますから」と語る。食べ慣れたモノ、好きなモノの備蓄や持ち歩きだったら、今日からでも実行できそうだ。

(TEXT:阿古 真理)

<データ引用>
クックパッド「防災意識と備蓄に関する調査レポート」
調査方法:インターネット調査
調査地域:全国
調査対象:クックパッドメルマガ「モニまが」登録会員
有効回答数:3,270
調査期間:2023年1月24日〜1月30日
調査会社:クックパッド株式会社

TOP画像・出典表記のない画像:Adobe Stock

◼️坪山(笠岡) 宜代

国立研究開発法人 医薬基盤・健康・栄養研究所
国際災害栄養研究室 室長
日本災害食学会 副会長
災害食国際規格委員会 委員長
2025年日本国際博覧会大阪パビリオン推進委員会アドバイザー等
数多くの被災地に赴き、災害時の栄養支援について研究。災害多発国ニッポンから世界に向けて発信し続けている。農林水産省「要配慮者のための災害時に備えた食品ストックガイド」や専門書籍「臨床栄養別冊 災害・緊急時の食と栄養 いますぐ知りたいアクションQ&A」などの監修を行う。

いざという時の“食と栄養の支援”とは

◼️阿古 真理

作家・生活史研究家。くらし文化研究所主宰。
1968年、兵庫県生まれ。
食を中心にした暮らしの歴史とトレンド、ジェンダーなどを研究する。ウェブマガジンや書籍などで食の歴史、家事などについてルポ、コラム、エッセイなどを執筆。第7回食生活ジャーナリスト大賞受賞。

※この記事は、クックパッドニュースとYahoo!ニュースによる共同連携企画です

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