作家・生活史研究家。食や食らし領域が専門。
【あの食トレンドを深掘り!Vol.55】日々生まれている食のトレンド。なぜブームになったのか、その理由を考えたことはありますか? 作家・生活史研究家の阿古真理さんに、その裏側を独自の視点で語っていただきました。
タピオカミルクティーの大流行を強制終了させたコロナ禍初期、第2のタピオカミルクティー狙いと思われる、わらび餅ドリンクを町で見かけるようになった。「そんな便乗、続くの⁉」と懐疑的だった私の予測は見事に外れ、わらび餅ドリンクの流行は着々と広がっていく。そして町にすっかり人通りが戻った今、しぶとく生き残ったタピオカミルクティーと仲良く共存しているのである。そこで、今回はわらび餅ドリンクがなぜ人気なのかについて、掘り下げることにした。
もともと私は、わらび餅が好きである。10代の頃、スーパーでわらび粉を買ってきて何度か自作したこともあるぐらいだ。しかし、わらび粉に水を加えて加熱するうちに、かき混ぜるへらがどんどん重くなるうえ、完成したわらび餅はザラザラ、ボコボコになってしまい、その食感が味を損ねていた。また、20代後半の頃、大学生の友人が連れて行ってくれた奈良市の商店街内で2階にあったカフェでいただいたわらび餅が、まるで氷みたいに冷たく爽やかな味で忘れられなかったのに、肝心の店名と場所の記憶が定かでなく、その後何度奈良へ行っても見つけられなかったなどの思い出がある。それだけに、「わらび餅をドリンクにしちゃって飲み込んだら、味わう暇もないではないか、邪道だ」などと反発したくなってしまうのだ。というところで、流行の検証を始めたい。
タピオカミルクティーに触発されてわらび餅ドリンクを考案した店は、いくつもある。『アットダイム』2022年8月31日配信「甘さすっきりの新感覚スイーツ『飲むわらび餅』が人気の理由」によると、2019年8月に東京・巣鴨で「わらび餅もとこ」が開業し、「わらび餅ミルクティ」を提供。同年12月にはスターバックスコーヒーが「あずきなこ わらびもち 福 フラペチーノ」の提供を開始した。
ブームにしたのはわらび餅専門店「とろり天使のわらびもち」で、2020年8月に大阪・中崎町で1号店を開業し、わずか1年10カ月で100店を超え、日本の外食チェーン店の最速記録を更新している。
希少な本わらび粉を使用する同店ではもともと、柔らか過ぎるので箸を添えてわらび餅を提供していた。2021年10月7日配信の『神戸新聞NEXT』「これストローで飲めるじゃん!女子高生考案の『飲むわらびもち』人気爆発 次のタピオカに?」によると、同チェーンがわらび餅ドリンクを開発したきっかけは、女子高生アルバイトの発言。「やわらかすぎるからストローで飲めるのでは」と言い出したことをきっかけに開発に取り組み、牛乳やホイップクリームなどを加えて混ぜ合わせた。この時点では、ミルクティー、抹茶、黒蜜のフレーバーを提供していた。オーソドックスな味からか、年配の人や男性客にも好評だと記事にある。
『日経X TREND』の2023年5月19日配信記事「『飲むわらびもち』が第2のタピオカに 数年で150店以上に」によると、この頃になると同チェーンは、地域によって特色のあるドリンクを提供している。水戸店は水戸メロン、イーアス沖縄豊崎店は紅芋などのフレーバーがあるようで、全店舗のうち9割以上にオリジナルメニューがあるという。それは客の好奇心を掻き立てる。フランチャイズ店の裁量が大きいことも、出店が加速する要因だろう。
流行を広げるうえで、店の数は重要である。タピオカミルクティーは台湾から上陸した大手チェーンのほか、日本発のチェーン、個人店が群雄割拠し全国にブームが広がった。ロシア料理、中東菓子のバクラヴァのブームが今一つ盛り上がらなかったのは、店の数が少ないからである。その意味で、けん引するチェーンがあり、他にも出店があるわらび餅ドリンクが広がったのは当然かもしれない。
2010年代後半から、多彩なフレーバーがありケーキのような盛りつけ方をしたおはぎが登場し、中のあんの種類が多彩になった回転焼き(大判焼き/今川焼き)も出てくるなど、和のおやつが進化している。また、虎屋や八ッ橋といった上生菓子の老舗などが出した洋風スタイルの商品もあり、そのようなアレンジをしたものが「ネオ和菓子」と呼ばれ、人気になっている。わらび餅ドリンクも、そうしたネオ和菓子の一つと言えるだろう。
進化したのは、和菓子が衰退の危機にあったからだ。あんこが嫌いな人たちが出てきた、老舗の風格ある店舗に入る勇気がない若者がいる、家庭で和菓子を出さなくなった、手土産需要が減ったなど、さまざまな事情がある。危機感を覚えた老舗が立ち上がると同時に、平成初期には広がっていたクリーム入りのたい焼き、1980年代に登場したいちご大福などの先行する流行もあり、気軽な和のおやつも進化した。そんなネオ和菓子のブームに、わらび餅ドリンクがのった側面もあるだろう。
ドリンクの映えも意識して提供する、さまざまなフレーバーを用意するなど、各店が現代の嗜好に合わせて商品を提供していることも、人気の要因だ。
さらに、タイパ飯など、ゆっくり座って楽しむのではなく、歩きながら、仕事しながらなどの楽しみ方が食全体で広がっていることも、片手で飲めるわらび餅ドリンクが受け入れられる要因だろう。
あまり噛まなくてよい柔らかい食べ物も、好まれる傾向がある。
考えられる要因を列挙していけば、人気になるのが当然と言えるわらび餅ドリンク。快進撃はいつまで続くのだろうか?
作家・生活史研究家。1968年、兵庫県生まれ。食や暮らし、女性の生き方を中心に生活史と現在のトレンドを執筆する。主な著書に『日本の台所とキッチン 一〇〇年物語』(平凡社)、『大胆推理!ケンミン食のなぜ』・『家事は大変って気づきましたか?』(共に亜紀書房)、『ラクしておいしい令和のごはん革命』(主婦の友社)、『日本外食全史』(亜紀書房)、『料理に対する「ねばならない」を捨てたら、うつの自分を受け入れられた。』(幻冬舎)、『料理は女の義務ですか』・『小林カツ代と栗原はるみ』(共に新潮新書)など。
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