cookpad news
コラム

日本人が食の安全を意識しはじめたのはいつから?「夏子の酒」と「有機農業」の深いかかわり【平成食ブーム総ざらい!Vol.14】

阿古真理

作家・生活史研究家。食や食らし領域が専門。

約30年続いた平成は、4月30日に終わりを迎えました。「令和」になった今こそ、平成にあったさまざまな食のブームや事件を振り返ってみるのはいかがでしょうか。昔懐かしいものから直近のものまで、作家・生活史研究家の阿古真理さん独自の視点で語っていただきます。

一日で読了!『夏子の酒』で日本酒の世界に引き込まれた私

1988年に『週刊モーニング』(講談社)で始まった人気マンガ、『夏子の酒』(尾瀬あきら)を私が読んだのはだいぶ後で、2000年頃のことだった。先に、私と同世代の主人公、夏子の祖母を描いた続編『奈津の蔵』を『週刊モーニング』で連載中に読んでいて、仲間たちから「あれは読んどかなあかんで」と聞かされていたのが、『夏子の酒』だった。いつか読もうと思っていたから、神保町の古本屋で出合うと大人買いし、喫茶店で読み始めると、あっという間に引き込まれた。

一緒にいた夫から、「もう帰ろうよ」と言われハッとして地下鉄に乗ったが、車内で続きを読み、結局1日で文庫本12巻分を読了してしまった。
同書で酒蔵に興味を持った私は酒造りに関する本を読み漁り、酒蔵を回る取材も企画した。しかし、日本酒は好きだけどアルコールに弱い、という致命的な欠陥を持つ私は、蔵で働く人たちに心を開いてもらうことは難しい。結局その世界に深入りすることは断念した。

さて、『夏子の酒』は、東京の会社でコピーライター修業をしていた夏子が、兄の早逝を受け、村に帰って酒造りに奮闘する物語だ。

兄は死の直前、幻の在来米「龍錦」を新潟の農業試験場から見つけて持ち帰っていた。昔は地元で育てていたそのコメをふやして酒を仕込むことが、兄の夢だった。その夢を実現させるために夏子は蔵に戻ったのだ。

龍錦が村から消えたのは、粒が大きいので倒れやすく、栽培が困難だったからだった。農薬や化学肥料も使えない。当然、地元農家に打診しても栽培を渋る。ヘリコプターで田んぼに農薬を撒く空散も辞めさせなければならない。そんなことを求めれば、通常の慣行農法で収量を確保し生活してきた他の農家も巻き込むことになってしまう。

最初の年、夏子は一人で田んぼを借り龍錦を育てる。草取りに励み、台風が襲ってきたとき、雨風の中見回りに飛び出して熱を出す。村の人たちは、蔵のお嬢さんがコメの有機栽培を始めた様子を、陰で観ている。噂を聞いたのだろう。独りで有機農業に取り組む「変わり者」も訪ねてくる。「有機農業は一番新しい21世紀の農業だ!やがて世界を席巻する」と断言するその男や仲間を得て、龍錦の栽培が広がっていく。日本酒造りのマンガの前半はたっぷり、戦後のコメづくりと農村のあり方を問う話なのである。

高度経済成長のなか、日本で『有機農業』が広まった

日本で有機農業が注目され始めたのは、機械を導入し、農薬と化学肥料を使う慣行農法が定着した1960年代である。現場では農薬で体を壊す農家が出始めていた。昔ながらの農法を追放したことに疑問を抱く農家もいた。そんな1964(昭和39)年、アメリカで出版された生物学者、レイチェル・カーソンが農薬問題を告発した『沈黙の春』が翻訳された。

当時は高度経済成長のまっただなか。都市にはビルが次々と建ち、農業も近代化が進む。急速な変化のツケが出始めていた頃だった。水俣病、四日市ぜんそく、イタイイタイ病などの公害病が明らかになる。大気汚染や水質汚染の問題がクローズアップされていく。

1974年、朝日新聞で始まった連載小説『複合汚染』(有吉佐和子)が、翌年単行本として出版され、ベストセラーとなる。それは農薬や公害が合わさった複合汚染の問題を告発していた。

二つのベストセラーのおかげで、有機農業に取り組む農家は少しずつふえていった。食べ物の安全性を気にする消費者も出てきた。農家を支援し安全な食べものを手にしたい主婦と農家がつながり、有機栽培は少しずつ広がっていく。学生運動から農業に転じた人たちが、両者をつなぐ組織、大地を守る会が設立されたのは、1975年である。各地の生協も、より安全な食べ物の宅配に力を入れた。

1980年代後半になると、チェルノブイリ原発事故や、酸性雨など世界的な環境汚染の問題が持ち上がり、都市の人々の環境保護や有機農業への関心が高まっていく。そんな頃、『夏子の酒』の連載は始まった。酒造りや農業に携わる人たちも、酒好き、マンガ好きもこの作品を読んだ。そうして昭和の時代には、一部の人たちによる社会運動的な存在だった有機農業は、次第に支持のすそ野が広がっていくのである。

阿古真理(あこ・まり)

©坂田栄一郎
1968(昭和43)年、兵庫県生まれ。作家・生活史研究家。神戸女学院大学卒業。食や暮らし、女性の生き方などをテーマに執筆。著書に『昭和育ちのおいしい記憶』『昭和の洋食 平成のカフェ飯』『小林カツ代と栗原はるみ』『なぜ日本のフランスパンは世界一になったのか』『パクチーとアジア飯』、最新著書『母と娘はなぜ対立するのか』(筑摩書房)など。

執筆者情報

阿古真理

作家・生活史研究家。1968年、兵庫県生まれ。食や暮らし、女性の生き方を中心に生活史と現在のトレンドを執筆する。主な著書に『大胆推理!ケンミン食のなぜ』・『家事は大変って気づきましたか?』(共に亜紀書房)、『ラクしておいしい令和のごはん革命』(主婦の友社)、『日本外食全史』(亜紀書房)、『料理に対する「ねばならない」を捨てたら、うつの自分を受け入れられた。』(幻冬舎)、『料理は女の義務ですか』・『小林カツ代と栗原はるみ』(共に新潮新書)など。

阿古真理さんの理想のキッチンに関するプロジェクトはご自身のnoteやYoutubeでもコンテンツを更新中です。

関連する記事
農家のおばあちゃん直伝!カリカリ大学いもを作る最大のコツとは? 2023年10月21日 13:00
農家もやってる!アレで包むだけ「キャベツ長持ち」保存術 2023年10月20日 18:00
りんご農家もやっていた!早くて簡単すぎる「りんご」の切り方 2023年10月21日 17:00
お酒が止まらない!やみつき「ごぼうスティック」 2023年10月25日 17:00
お米屋さんがやってる裏ワザ!お米炊いた直後の◯◯でおいしさ格上げ 2023年10月27日 13:00
「きのう何食べた?」にも登場。庶民の味方「のり弁」が高級化した理由 2023年10月31日 19:00
ラーメン屋で蕁麻疹!?「オーガニック生活10年」のスタッフに聞いた、普段何食べてるの? 2023年10月20日 17:00
農家直伝!少ない水と◯◯で「ブロッコリー」をおいしくゆでるワザ 2023年11月27日 17:00
2人前レシピで4人前作る時、調味料は「倍にする」が正解?大事なのは… 管理栄養士に聞いてみた 2023年11月07日 12:00
今は「クセつよ」が人気。チーズケーキが日本人に愛されるようになったきっかけ 2023年11月28日 19:00
水道水を飲むことに抵抗ある?自宅の「飲み水」について30代スタッフが本音を激白 2023年11月24日 17:00
しいたけ嫌いが食べてみた!ドンキで爆売れ中の「しいたけスナック」レポ 2023年12月02日 18:00
医師が警告「お酒を飲んで顔が赤くなる人」が持っている思わぬ病気リスク  2023年11月09日 20:00
◯◯するだけで驚きジューシー!ウインナーのおいしい茹で方 2023年12月04日 18:00
冷めても◎ひとくちサイズの「大人のハッシュドポテト」 2023年12月19日 06:00
世界が日本の「和紅茶」を絶賛!ビール・コーラに続くクラフトブームはコレ 2023年11月29日 04:00
渋谷からブームに!若者たちに「いちご飴」が人気の理由 2023年12月27日 19:00
低体温の子は感染症にかかりやすい⁉️体温を上げる食事には◯◯が欠かせない 2023年12月23日 13:00
濃厚なのにさっぱりおいしい!見た目も豪華な「レモンクリームパスタ」 2023年12月09日 21:00
なんと8割の子どもに栄養失調のリスクが!その原因は◯◯不足にあった 2023年11月28日 20:00
ヘルシー&お財布にも◎「えのきと白滝」のすき焼き風煮が濃厚絶品 2024年01月22日 17:00
【やってみた】100グラム69円の鶏むね肉、一番柔らかくなる方法は? 2024年01月05日 20:00
【鏡開きに】レンジで手軽に完成! 餅でサクサク「おかき」 2024年01月10日 21:00
魚嫌いの子どもも喜ぶ!サクサク食感の「サバの竜田揚げ」 2024年01月21日 21:00
味噌のベストな保存法も紹介!30代スタッフに聞いた「オススメの味噌汁の隠し味」とは… 2024年01月12日 17:00
ダイエットに失敗する人の家には◯◯がない!「太りやすいキッチン」にあるもの・ないもの 2024年01月06日 19:00
なかなか痩せない……なら冷蔵庫を見直して!「痩せやすい冷蔵庫」作りのポイントって? 2024年01月13日 19:00
夕方以降の◯◯で脳機能が低下!?脳内科医が警告する不眠原因となる食習慣とは 2024年01月08日 19:00
ダイエットに間食はNG……ではない!太りにくい体を作る「戦略的な間食」を医師が伝授 2024年01月10日 19:00
白米進む!鶏肉だけで作る「ポン酢炒め」3選 2024年02月10日 10:00
鶏むねの下味冷凍に激推し「サクサクスティックチキン」 2024年02月18日 16:00
肉なしでも◎お箸が進む「厚揚げ弁当おかず」 2024年02月19日 06:00
専門店が続々登場!定番の「おにぎり」がブームになった理由 2024年02月21日 19:00
一番人気はちくわの◯◯!北海道民に愛されるコンビニ「セイコーマート」でみんなが何を買っているか現地調査してみた 2024年01月12日 21:00
アニメ好きやヴィーガンに大人気!日本のおにぎりがパリで独自進化していた 2024年01月15日 09:30
そのままに飽きたら試してみて!「6Pチーズ」の簡単食べ方アレンジ 2024年03月05日 06:00
【レンジで2分】材料はスライスチーズだけ!やみつきパリパリおつまみ 2024年03月06日 17:00
子どもパクパク!チーズ&しらすで作る「焼きおにぎり」 2024年03月17日 06:00
食材2つでヤバうま!「厚揚げの豚バラ焼き」でご飯がすすむ 2024年03月25日 12:00
ガツンと効いたにんにくがクセになる!子どもウケもバッチリ「照り焼きチキン」 2024年03月23日 21:00
弁当にも◎食感ハマる「カレーちくわ」が簡単ウマいと大好評 2024年03月18日 16:00
編集部がやってみた!シチューの隠し味、結局一番ウマいのはどれ? 2024年02月07日 10:00
煮物だけじゃなかった!高野豆腐が◯◯に劇的変身 2024年03月10日 13:00
【X(旧Twitter)で話題】「これウマい」の声多数!トロトロあまあまな「新玉ねぎの炊き込みご飯」の作り方を聞いてみた 2024年04月12日 20:00
トロッと半熟がたまらない〜!食べ応えバツグン 「ゆでたまごの肉巻き」 2024年04月04日 21:00
やみつきになる旨さ。「鶏むねガーリック」味バリエ4選 2024年04月01日 14:00
【クックパッドで人気】鶏むねでカリふわ!子どもに大好評の「チキンスティック」作ってみた 2024年04月17日 12:00
「一日三食規則正しくご飯を食べる」は逆にNG!?人生100年時代を元気に長生きするための食習慣とは 2024年03月26日 19:00
【大河ドラマで注目!】紫式部の天才的頭脳を支えたのはあの食材?現代にも活かせる平安時代の食生活とは 2024年04月12日 19:00
「合理的にいうと料理ってする必要がない」スープ作家・有賀薫さんがそれでも料理をする理由 2024年03月29日 18:00