新型コロナウイルス感染拡大の防止のため、2020年3月2日、日本ラグビーフットボール協会は3月下旬に開催予定だった「第21回全国高等学校選抜ラグビーフットボール大会」の中止を発表した。
近畿大会での優勝を果たし、この選抜大会で全国優勝を目指していた東海大学付属大阪仰星高等学校ラグビー部も、大会の中止決定と共に、部活動の休止が決まった。学校自体も休校となり、部員たちの自宅でのトレーニングの日々がスタートしたのは3月4日のこと。
ラグビー部監督・湯浅大智さんは、この自宅トレーニングメニューの一つとして「料理」を部員たちに提案する。なぜ、強豪ラグビー部の部員たちに料理を課したのか? 湯浅監督にその理由を聞いた。
――ラグビー部のトレーニングメニューに「料理」が入っているのは意外でした。部員の皆さんに料理を作ることを課した理由を教えてください。
――その課題は、どのようにして提出されるのでしょうか?
料理を作ったら、「メニュー」「使った食材」「工夫した点」「家族の反応」「次回に向けての改善点」をシートに書いて提出してもらっています。課題は全部員に課したものの、家庭環境や経済状況もあると思うので、提出を必須とはしなかったのですが、この4月に入ってきた新入部員を含め、約100名の部員からの提出率はほぼ100%です。
――100%の提出率はすごいですね。部員の皆さんのモチベーションになっているのはどんな点なのでしょう?
シートの記入項目である「家族の反応」のところに、「おいしいと言われた」と書いてくる子が多いんです。自分が一生懸命作ったものに対して、「おいしいね」と言ってもらえたことが1番のモチベーションになっていると思います。そして、そこから逆に「自分はこれまで親に『おいしい』『ありがとう』をちゃんと伝えられていなかった」と、感謝が足りていなかったことを反省する生徒もいました。
家族の皆さんも、かなり本音で感想を言ってくれてるようなんです。「これは味が濃かった」とか「この量は多すぎる」とか(笑)。回数を重ねていくうちに、「どんどん上手になってきた」とか「段取りが良くなった」と言われたというレポートが届くようにもなってきました。「作るのが楽しくて、毎週水・金の食事は僕の担当になりました」という生徒もいます。
――湯浅監督が、この料理トレーニングを通して養ってほしいと思っていたことを、部員の皆さんはしっかり体得されていそうです。
そうですね。非常に良い効果が出ていると思います。感謝の気持ちを持つことのほか、僕は常々、基本がずば抜けているチームが一番強いと思っているので、そこも理解を深めてくれたらと考えていました。
手間ひまをかけて、下ごしらえをしっかりしたものは、それだけおいしいものに仕上がると思います。これは、ラグビーでいうと、日々の基本的な練習を一生懸命積み重ねることが、試合で成果としてしっかり出るということとつながるんです。
食材の下処理など、ちょっと面倒なことを丁寧にやった結果、おいしい料理ができたという実体験を通して、日々のトレーニングも真剣に取り組むことが大切なのだと腹落ちしてくれたように感じています。
――これまでに出した、料理のテーマを教えてください。
1回目は「鶏肉」、2回目は「豚肉」と食材を指定しました。3回目のテーマは、今年は桜の時期もあまり外に出られない状況でしたから、せめて食卓で季節を感じようということで「春」。4回目は「魚」で、5回目はちょうど今取り組んでいるところですが、「豆腐」をテーマとして出しています。
――肉や魚は主菜になる食材でイメージも湧きやすいですが、数ある食材の中であえて「豆腐」を指定されたのは、何か理由があるのですか?
メインになかなかなりにくい食材を、組み合わせや調理方法によって主役にするにはどうしたらいいのかを考えてみてほしくて「豆腐」を選びました。
ラグビーは個人競技ではないので、自分主義ではだめなんです。僕の考え方としては、「目配り」「気配り」「心配り」「思いやり」を持っている人が、ラグビーをやるにふさわしい人だと思っています。
チーム15人の中には、いろんなポジションがあります。だからこそ、いろんな人が活躍できるスポーツだと言われるのですが、料理も同じですよね。どの食材も調理の仕方次第で主役になったり、脇役になったり、かつ全員が主役を張るのではなく、食材同士がお互いに引き立て合っておいしい料理になるところが、ラグビーに通ずる部分だと思うんです。
――部員の皆さんの提出シートを見ていて、1番成長を感じる部分はどこですか?
とにかく、料理のレベルが上がっています(笑)。「前回よりも効率良く作りたい」という姿勢が見られるのも成長ですよね。
今回のテーマの「豆腐」では、「麻婆豆腐を、市販の調理ソースを使わずに作ってみた」と言った生徒がいたんです。最初は自分が食べたい物を作るところから入っていったと思うのですが、だんだんと食べてくれる相手のことを思って作る思いやりや、こんなふうに仕上げたい!という自分の理想を叶える自己実現力が育っていると感じます。
また、調理をしながら同時並行で片付けをしていく段取り力や、自分がイメージする完成形に近づけていくためにはどういう手順で調理を進めていくとよいのかを考える実行力も養われています。中には、何かチャレンジをするといろんな気付きが得られる、そのこと自体に今回改めて気付けたという子もいるかもしれません。
ラグビーの試合も、どんなふうに展開していくかという完成形を具体的にイメージできてこそ、最初に何が必要かを理解できるし、その完成形に向かっていくことができる。料理を通して鍛えられるスキルは、ラグビーでも大事な要素なんですよ。
――料理を起点に、これだけの学びがあるということに改めて驚かされます。湯浅監督ご自身は、もともとお料理をよくされるんですか?
大好きです(笑)。両親が共働きで忙しかったので、子どもの頃から料理はよくしていました。自分も食べるのが好きでしたし、ついでだからと妹の分まで一緒に作ったりして。
今も毎日のように作っていますよ。クックパッドのレシピもよく見てますし、自分でちょっとアレンジしてみたりして普段から結構作ってるので、妻も喜んでくれているはずです(笑)。
ですので、部員に出したテーマはすべて自分でも作っています。今週は豆腐グラタンを作りました。
――湯浅監督と出会っていなければ、部員の皆さんも料理に挑戦する機会はまだまだ先だったかもしれませんね。
僕自身もそうですが、人はいろんな人との出会いがあり、人の縁によって生かされています。人の縁を大切にできる人は、人と人をつなげることができるし、人とつながる方法もよくわかっていると思います。
「教員」って、教える人員って書きますよね。僕自身は教員としてしか社会で働いたことがないので、いわゆるビジネスの現場に立ったことはありません。経営のこともITのことも、専門家が話していることを聞くことしかできない。
生徒たちに「世の中はな」とか言いながら、いつも自分のことをずるいなと思うんです。生徒から「先生だって社会のこと何も知らんやん」と言われたら実際そうなんですよ。だからこそ、僕にできることは何なのかと考えたら、日常的な生活の中でつながっているものを通して教えていくことしかできないなと思うわけです。
今回、新型コロナウイルスによってオンラインでのコミュニケーションの取り方など、新たなスタイルも見いだされたと思うんですが、やはりリアルなつながり、ぬくもりは大切ですよね。
学校にはいろんな価値観の人が集まるので、ぶつかり合ったり、出会うことで起こってしまう問題もあるんですけど、人がつながることの大切さ、人と人とのつながり方、人と人とのつなげ方を教えるのが教育なのかなという思いがあります。
――ラグビー選手を育てているのではなく、一人の人間を育てるという観点から教育をされているんですね。
ラグビーのことだけ考えて、ラグビーにすべてを注ぎ、優勝を経験することも、確かに素晴らしい体験になると思います。
ですが、盲目的にラグビーだけに時間を投資するよりも、24時間の使い方をよく考えて、映画を見たり、本を読んだり、音楽を聞いたりする時間を持ち、ラグビー以外のことにもたくさん興味を持って視野を広げ、感受性を磨いていくことも大切です。
そうして多くの視点を養い、自分が将来こうなりたいという夢や目標を見いだしながら、3年という限られた時間の中で、「ラグビーでも日本一」になる成功体験を積む。僕はそのほうが良い形だと考えています。
ラグビーから離れてからのほうが人生は長い。ラグビーしかできない人間では、社会に出た時に何も通用しません。自分自身が人として魅力的であることはもちろん、そういう人間が同級生や先輩など周りにたくさんいれば、人生はきっと面白くなる。
だからこそ、この休校中の自宅トレーニング期間は、これまでやったことがなかったことや、普段何気なくやっていたことを見つめ直す良いチャンスでした。その意味でも、料理という課題はとても適していたと思っています。
――もうすぐ休校措置も解除されるかと思います。今後も料理の課題は続けられるのですか?
はい。今後も月1回ほどのペースで続けていきたいと考えています。もちろん、費用面などご家庭の負担になることもありますから、あくまでも義務として課すのではなく、柔軟に対応したいと思います。
部員たちからも、「料理によって気付けたことがいっぱいある」という声がさらに増えてきたら嬉しく思います。東海大仰星ラグビー部の存在意義は、世の中に素敵な“人財”を送り出すことですから。
(TEXT:上原かほり)