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コラム

作家・阿古真理さんのキッチン探しストーリー:第四編「料理研究家・上田淳子さんのキッチン」

理想のキッチンを叶えるwebマガジン「たのしいキッチンmag」。生活史研究家・作家である阿古真理さんによる新連載を開始します。連載タイトルは「作家・阿古真理さんのキッチン探しストーリー」、阿古さんがご自身の理想のキッチンを手に入れるための情報を、住宅関係事業者やキッチンメーカーに取材する企画です。なんとなくご自宅のキッチンに納得がいっていない方や近い将来キッチンを購入する予定のある方が、本連載を通じてそれぞれの理想のキッチンに出会える手助けになるよう情報を発信していきます。

最近人気上昇中の料理家、上田淳子さんが、引っ越しを機に仕事場と家族用のキッチンを分けた、と聞いた。上田さんは、合理的でシンプルな調理法を提案する料理家。ビジュアルでわかる『並べて包んで焼くだけレシピ』(主婦と生活社)や、ロングセラーの『ひとりでできる子どもキッチン』(講談社)などのレシピ本がある。さぞかし合理的な使いやすいキッチンを導入したに違いない。「ぜひ、家族用のキッチンを取材させてもらわねば」、と中央線沿線のご自宅へうかがった。

子育てを終え、シニアを見据えた住まいとキッチンへ

作業をする上田さんとダイニング・キッチン、オープンな棚には料理に関する本や食器が並ぶ

ご自宅のキッチンは、3階建て住宅の2階にある。床をバリアフリーにし、上田さんが設計したステンレスのL字型の対面キッチンが、東側の窓に面して設置されていた。西側がダイニング。キッチンの奥にはオープンな鍋用の棚、向かい側に冷蔵庫、奥に食品や電子レンジを置く棚が設置されている。

「引っ越したきっかけは、会社員の夫がまもなく定年を迎えることです。前の家で、キッチンは家族のための場所であると同時に私が仕事する、来客も迎える、とある意味でどっちつかずでした。私が撮影で使っていると、家族は水を飲みにも来れない。夫の居場所を作ることが大きな目的でした」と上田さん。3階建て戸建て住宅をリフォームして1階に仕事用の大きなキッチンを設け、2階は「これからシニアになる夫婦2人が使っていくキッチン」とコンセプトを固め、中央線ケンチク会に所属する遠藤誠建築設計事務所に依頼した。建築家事情に明るい知人に聞いた上田さん、遠藤さんを選んだのは、「何かあったときにすぐ出かけて、対面で話ができること」「アーティストタイプでなく、こちらの話をちゃんと聞いてくれる」という点から。

欲しかったには「インテリア」ではなく「道具」としてのキッチン

「キッチンメーカーのショールームへ行き、システムキッチンも検討したんです。いい面もあるけれど、ちょっとずつ不満が残るし、案外お高い。モヤモヤ感が残るなら、人生最後のキッチンは思うとおりに作ってもいいかな、と業務用キッチンで知られるタニコーのオーダーキッチンにしました」と上田さん。モヤモヤしたのは、コンロや換気扇の選択肢が少ない、引き出しの深さも決まっているなどの制約と、上田さんには不要と感じられる機能がたくさんあることだ。

「計算しつくされたキッチンですが、どちらかといえば若い人向けで、料理がラクになると言われる。でも私は、キッチンを相棒にして料理に凝りたい。『ステキ』『きれい』『カラフル』ではなく、『頑丈』『へこたれない』『長持ちする』道具が好きなんです。キッチンは、道具なんですよ」と話す。 例えば換気扇を選ぶときに、「お掃除しやすさは?」と聞くと、「まあまあですが、スタイリッシュなのはこちらです」とすすめられたという。

わかる、この違和感。キッチンを巡るSNSやメディアの情報を見ていると、選び方のポイントとしてまず見た目で扉のカラーバリエーションや材質の話が来る。そして魅力と言えば、お手入れしやすさと収納力。「料理しやすさは?」といつも思っていた。 キッチンはインスタ映えする飾りではないし、食器や調理道具を収納するだけの家具でもない。料理するからこそお手入れが必要になるし、収納力も必要になるのではないか。料理が目的なのに、ビジュアルが真っ先に来る。使い勝手より見栄えを優先するほどひんぱんに、皆さんは来客を迎えているのだろうか……思わず力が入ってしまった。上田さんは使いやすい「道具」を設計するため、二つの工夫をしている。

ダイニングから見たキッチン、コンパクトにまとめながらも上田さんのこだわりが詰まっている

自分がいなくても「日々を回せる」ように

一つ目のポイントは、夫婦でシェアする工夫だ。前のキッチンは高さが80センチ程度だったが、身長180センチ超えのパートナーが使いづらそうだったので、160センチの上田さんには少し高めだが間を取って88センチに設定した。前は来客を意識しカウンターの前に手元を隠す立ち上がりをつけていたが、今回はプライベートなキッチンであることもあり、フラットな調理台にした。すると、ダイニング側から盛りつけた皿を取りやすいし、ダイニング側からも水栓を使える。「実際に使ってみて、家族が参加するなら、多方面から手を伸ばせるキッチンが便利だとわかりました」と上田さん。

さらに、L字のコーナー部分は、タニコーからの提案でダイニング側から使う引き出しにした。以前はコの字型キッチンで、コーナーの奥のモノを取り出すのに苦労したが、今回は75センチ幅の調理台のコーナー部分を全部引き出しにしたので、デッドスペースがなくなった。中にはカトラリーやよく使うグラスや小皿などを入れている。「実際に使う場はテーブルなので、ダイニング側から出せるとすごく便利」だと気づいた。L字型コーナーの工夫は進化しているが、最近はこのような引き出しが人気だ。

コーナー収納はダイニング側から引き出せる、双方向から作業ができるのもオープンなキッチンの利点だ

また、パトーナーが何がどこにあるか一目でわかるようにオープンな棚も設けた。以前は、モノが多過ぎたうえ「それは撮影で使うモノだったのに」「また場所が変わった!」と、上田さんに叱られてばかり。「僕はやらない」となりがちだったが、仕事用とキッチンを分けたことで道具がぐんと減ってわかりやすくなったので、よく朝食を作るようになった。

また、以前は上田さんが不在のときは、「これを食べてください」と食事を用意していたが、引っ越し後は「どうぞ使ってください」と、あえて料理を用意せず出かけるようになった。「もし将来私が入院したりしたときに、夫が日々の食事を回せないといけないから。『趣味で作る』と『日々を回す』は違うので、ちょっとずつ慣れてもらうしかないと考えました」、と上田さんはパートナーを気づかっている。2人とも食事を作るようになった結果、食に関する夫婦の会話が増えた。家事シェアは家族のコミュニケーションも増やす。

キッチンの背面に食器、鍋、冷蔵庫、保存の効く食品などがコンパクトにまとめられている

自分にとっての使いやすさ、今後できなくなりそうなことを理解する

二つ目のポイントは、使い勝手を工夫したこと。「料理は一瞬止まると大変になるので、流れるように動作できるキッチンが理想です。コックピットのようにあまり動かず作業できるよう、コンパクトにしました」と上田さん。ワークトップ全体の幅はシンク側が1320ミリ、コンロ側が1100ミリで合計2420ミリと、前のキッチンの3分の2程度に縮小したという。

鍋の棚をオープンにした理由は、パートナーとシェアするためだけではない。少し濡れたまま片づけても自然乾燥できること、取り出しやすいことに加え、キッチン下収納に入れると、取り出しにくいと考えたからだ。「好きでル・クルーゼの重い鍋をいくつか持っているんですが、しゃがんで出す動作がそろそろおっくうになってきた。鍋を一個ずつ置くおしゃれなタワーもありますが、あれも下の鍋を使う際はしゃがむ必要があります」。上田さんは私の4歳上、目の前にある老化に備えてとても参考になる。

棚の上にオープンに並べられた鍋たち、取り出しやすいように腰の高さくらいの位置に置かれている

ワークトップをステンレスにしたのは、お手入れしやすいから。ゴシゴシこすればこびりついた汚れも取れる。「でも油汚れは目立つので、マメに掃除せざるを得ない。人工大理石も熱いものを置けるなど進化していて迷ったんですが、昔から使い慣れているステンレスにしました」、と上田さん。 シンクは幅750ミリ、奥行き450ミリ、深さ200ミリで、中に溝がついていてタニコー製の洗いかごをシンク内でスライドさせられる。幅250ミリの台を置いた上に、洗いかごを設置することもできる。シンク内の右側を洗いかごの定位置にしたのは、左側を洗いかごの定位置にすると、シンクから調理台への動線が阻まれてしまうからだ。フライパンを洗う、丸ごとの鮭を調理するなど、大物をシンク内で扱うときは、洗いかごを外しておくこともできる。洗剤置き場のポケットが、奥に設置してあるのも便利だ。

ステンレス製の少し無骨ながらも清潔感のあるシンク

コンロ回りも工夫した。コンロはノーリツの3口ガスコンロ。火力が確保でき、今は希少になってしまった、ワンアクションでひねるスイッチである。一般的な3口コンロより火口同士が離れているので、大きな鍋を置くことも可能。ごとくは火口ごとに分かれているので洗いやすい。 換気扇は、サッと拭けることをポイントに選んだ。運転音も静かな、私の憧れのフラットタイプ。メーカーは富士工業だ。

コンロと換気扇を正面から、目の前のフックにかけてあるのは上田さんがすぐに取り出したい調理器具たち

こだわったのは、コンロの両脇に設けた調味料用の引き出し。「サイズの目安にするため、メーカーのショールームへワインボトルとスパイスのビンを持っていきました。このぐらいの年齢になると、使う調味料も決まってくるので、いつも使っているものが普通に入ることがとても大事。左側に本当によく使う調味料を、右側に二軍のものを置きました」と上田さん。

調味料が入った引き出し、下の段はよく使うビンものがぴったり収まるように設計されている

今後は、高いところのモノを踏み台に上って取り出す動作も危険になっていく。そこで、背を伸ばして取り出せる上のオープン棚には、乾物を入れた布製のボックス類を置いた。ふらついて落としても、軽いモノなら危険はなさそうだ。

棚の上から布製のボックスを取り出す上田さん、ボックスの中身は落としても問題のない乾物など

ライフステージと共にキッチンも変わっていく

自分が何をしたいか、何を求めているか明確なことが、オーダーキッチンを作るうえで必須ということが、上田さんの話からよくわかる。 新しいキッチンを手に入れて、上田さんが実感したのは「キッチンはスペースに隙間があるぐらいが、ストレスがない」こと。引っ越しの際に、死蔵されていた調理道具や食器がたくさん見つかったのだという。

キッチンの情報や商品は、30代の子育て世代向けが多いが、その頃に買ったキッチンが耐用年数を迎えるのが、家族構成や仕事の状況が変わる50~60代。住み替えをしない人でも、キッチンは2回買いどきがある。上田さんも双子の息子さんたちが独立し、夫さんがまもなく定年を迎えることでライフスタイルが変わった。「年齢によって、キッチンは変わったほうがいいんだと実感しました」と上田さんは言う。

家は次の世代に受け継いで守ることを前提に語られがちだが、実際は加齢に加え、仕事の状況が変わり家族構成が変わると、求める条件も変わる。家をバリアフリーにするなどの情報は増えたが、キッチンはIHにする以外の目立った提案はない。椅子を使える、棚の位置を変えるなどの工夫がもっと伝えられてもよいのではないか? 子育て世代以外のキッチンについても、もっと情報や商品選択肢が増えるといいなと、実感した取材だった。

集合写真:料理研究家・上田淳子さん、筆者阿古真理(左から)

※この記事は理想のキッチンを叶えるwebマガジン「たのしいキッチンmag」から転載しております。

阿古真理

作家・生活史研究家。1968年、兵庫県生まれ。食や暮らし、女性の生き方を中心に生活史と現在のトレンドを執筆する。主な著書に『ラクしておいしい令和のごはん革命』(主婦の友社)、『日本外食全史』(亜紀書房)、『料理に対する「ねばならない」を捨てたら、うつの自分を受け入れられた。』(幻冬舎)、『料理は女の義務ですか』・『小林カツ代と栗原はるみ』(共に新潮新書)など。

阿古真理さんの理想のキッチンに関するプロジェクトはご自身のnoteやYoutubeでもコンテンツを更新中です。
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