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コラム

第二次ブームで専門店が続々登場、進化系カヌレ。人気の理由は、“プリン”と似ているから!?

阿古真理

作家・生活史研究家。食や食らし領域が専門。

【あの食トレンドを深掘り!Vol.37】90年代に流行した「ティラミス」、数年前に話題になった「おにぎらず」、直近では社会現象にもなった「タピオカ」など、日々生まれている食のトレンド。なぜブームになったのか、その理由を考えたことはありますか? 作家・生活史研究家の阿古真理さんに、その裏側を独自の視点で語っていただきました。

専門店やコンビニで「カヌレ」が人気

カヌレの流行が続いている。ブーム再来を知ったのはコロナ前。確か、東京・学芸大学にカヌレ専門店「ダン・ラ・ポッシュ」が2018年に開業し、行列ができると聞いたあたりからだった。すぐ冷めるかと思いきや、各地に専門店が続々とオープンする、独自のアレンジを施した「進化系」も増えるなどして、ますます盛り上がっている。進化系については、たとえばファミリーマートが2022年5月末から売り出した、ドーナツ形でホイップクリームを合わせた「生カヌレケーキ」や、ローソンストア100が同年4月に出したカスタードクリーム入りなどがある。

実はデコレーションする、フレーバーを変えるなどした進化系カヌレはもっと前からあったらしく、ITメディアの『Fav-Log』2022年5月21日配信記事「お取り寄せ『カヌレ』おすすめ5選 第2次ブーム到来! 人気のお店や気になるフレーバーをお取り寄せして味わおう【2022年5月版】」によれば、芦屋の名店「ダニエル」が始めたことがきっかけで、2012年頃から関西でまず広がり始めたのだという。今はフルーツやチョコレートを練り込んだり、トッピングしたりするものなどがある

スパイスカレー、ベルギーワッフルなど関西発の食の流行は多いが、カヌレの再流行も実は関西発祥だったのか。現在の流行は、農林水産省が発表した「2021年流行スイーツランキング」で5位になり、ランキング形式でなくなったとされる翌年もピックアップされ、グルメサイトRettyの「2022年に流行したグルメ」アンケートで2位になるなど、さまざまな調査で流行スイーツに挙げられるほどになっている。

最初の流行は、1990年代後半だった。日本の洋菓子史にくわしいブールミッシュ創業者の吉田菊次郎さんが書いた『増補改訂版 西洋菓子彷徨始末 洋菓子の日本史』(朝文社)は、1996年としている。1990年代は、ティラミスに始まりさまざまな目新しい外国スイーツが流行し、スイーツブームへつながっていったが、その中にカヌレもあった。日本で紹介されたばかりだった当時は洋菓子店やパン屋に並び、流行が終息した後も一部の店で定着した。同書によると、日本中の菓子屋が専用の型を発注したために、「フランスはおろかヨーロッパ中からカヌレの型が姿を消し、ひと頃は入荷待ち一ヶ月、あるいはそれ以上」となってしまったほどのブームだった。

同書によると、カヌレはフランス・ボルドー地方の修道院で17世紀から作られてきたスイーツだ。フランスの地方菓子と言えば、東京・尾山台の『オーボンヴュータン』を創業した河田勝彦さんが、たくさん発掘し日本に紹介してきた。河田さんの『伝統こそ新しい オーボンヴュータンのパティシエ魂』(朝日新聞出版)によると、カヌレと出合ったのは半世紀ほど前、ボルドーの小さな菓子屋だった。見つけたときの思い出を、「あの表面の固さと、内側の独特のやわらかな触感、そしてラム酒とバニラの風味、外見からは想像もできない味に、驚きました」と綴っている。河田さんは当時、パティシエ修業に煮詰まりフランス全土を旅していたが、カヌレとの出合いがスイーツの魅力を再発見するきっかけになったと書いている。

カヌレ発祥の秘密も同書にはある。ワインの澱を除くために、昔は卵白を使ったので、余る卵黄の使い道として考案された。だからカヌレは濃厚な味になったのだ。

根強い人気は、カスタードクリームにあり

現在のブームが始まったきっかけは、「進化系」が増えたことや、専門店が続々とできたことだろう。しかし、第一次ブームの後も静かに定着はしていたのだから、きっかけさえあれば再ブームにはなったのではないか。何しろ、カヌレには「焼き込んだプリン」といったたたずまいがある。牛乳とバニラと卵が入った、カスタードクリームのスイーツだから。

プリンは日本人が大好きなスイーツの一つで、カヌレブームとほぼ同じ時期から、昭和の頃のような固めプリンの流行も始まっていた。1993年に名古屋から東京へなめらかプリンの「パステル」が上陸して大流行したのちは、コンビニのプリンまで流動食のような柔らかいタイプが定着したが、固めのしっかりしたプリンが改めて見直されたのである。しかし、カヌレほどの流行の爆発力はない。相変わらず、柔らかいプリンもたくさん売られている。個人的には固めのプリンが好きなので、固めが席巻しない現状が歯がゆい……。

プリンと似ているといえば、1991年に大流行したクレーム・ブリュレもフランスの焼きプリンと言える。卵黄、生クリームを使うのでプリンより濃厚な味わいになる。その後、プリンも生クリームを使うレシピが増えたが……焦げ目をつけるか、カラメルをつけるかがこの二つのスイーツを分けるポイントと言える。

この頃、瞬間風速的に流行したエッグタルトも、ここ数年台湾から再上陸して人気になっているが、このクリームもプリンと似ている。つまり挙げたどのスイーツも、カスタード生地を使っている。カスタード生地のスイーツは、何となく赤ちゃんの頃を思い出させる懐かしい味わいがある。だから定番になったし、だから何度も流行する。カヌレ再流行の最大の理由は、このスイーツがプリンの仲間だからではないだろうか。結局のところ、私たちはカスタードクリームが大好きなのだ。

画像提供:Adobe Stock

阿古真理(あこ・まり)

©植田真紗美
1968(昭和43)年、兵庫県生まれ。作家・生活史研究家。神戸女学院大学卒業。食や暮らし、女性の生き方などをテーマに執筆。著書に『昭和育ちのおいしい記憶』『昭和の洋食 平成のカフェ飯』『小林カツ代と栗原はるみ』『なぜ日本のフランスパンは世界一になったのか』『パクチーとアジア飯』、『母と娘はなぜ対立するのか』、『平成・令和食ブーム総ざらい』、『日本外食全史』、『料理に対する「ねばならない」を捨てたら、うつの自分を受け入れられた。』、『ラクしておいしい令和のごはん革命』、『家事は大変って気づきましたか?』など。

執筆者情報

阿古真理

作家・生活史研究家。1968年、兵庫県生まれ。食や暮らし、女性の生き方を中心に生活史と現在のトレンドを執筆する。主な著書に『日本の台所とキッチン 一〇〇年物語』(平凡社)、『大胆推理!ケンミン食のなぜ』・『家事は大変って気づきましたか?』(共に亜紀書房)、『ラクしておいしい令和のごはん革命』(主婦の友社)、『日本外食全史』(亜紀書房)、『料理に対する「ねばならない」を捨てたら、うつの自分を受け入れられた。』(幻冬舎)、『料理は女の義務ですか』・『小林カツ代と栗原はるみ』(共に新潮新書)など。

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