作家・生活史研究家。食や食らし領域が専門。
約30年続いた平成は、4月30日に終わりを迎えました。「令和」になった今こそ、平成にあったさまざまな食のブームや事件を振り返ってみるのはいかがでしょうか。昔懐かしいものから直近のものまで、作家・生活史研究家の阿古真理さん独自の視点で語っていただきます。
「今のかき氷には、頭がキーンとならないものもあるんですよ」、とかき氷通の友人から教わったのは、2018年のことだった。
かき氷のブーム自体は知っていた。2010年代になって盛り上がる台湾ブームで、水ではなく、マンゴー果汁などを冷やし固めた氷を使ったり、おかずのように煮豆などさまざまな具材をトッピングする台湾かき氷は、テレビで何度も紹介されている。
日本のかき氷も、人気女優の蒼井優が2011年に『今日もかき氷』(マガジンハウス)を出したあたりから、より注目されるようになったと記憶している。
台湾のかき氷が珍しいから話題になるのはわかるが、日本のかき氷がブームになるのはなぜなのか、あまり深く考えたことがなかった。私は冷え性のため、かき氷はあまり得意ではなかったからだ。学生時代までは、「海の家で食べるかき氷は最高!」と楽しんでいたものの、キンキンに冷房が効いた喫茶店では、無理に食べても頭がキーンと痛くなるし、むしろ熱い紅茶を飲みたくなる。私には暑い外でしか楽しめない、シチュエーション限定のスイーツだと思っていた。
友人によく聞いてみると、今はものすごく細かく氷を削ったかき氷や天然氷を使ったもの、果汁を使ったシロップもあるそうで、マニアは一般の人の行列ができない冬場に食べ歩くのだという。そういうファンを生むかき氷の進化が始まったのは、世紀が切り替わった2001年だった。
改めて調べてみると、Rettyグルメニュースの連載「Retty編集長の“このトレンド”に注目!」2017年7月25日配信記事に、かき氷評論家の山路力也の解説が載っていた。
その記事によると、新しいスタイルのかき氷は、2001年に埼玉・熊谷の「慈げん」、2003年に神奈川・鵠沼海岸に「埜庵」が、手づくりシロップの店を開業したことが始まり。栃木・日光には天然氷を使う「松月氷室」ができた。そして2007年、ついに都心の谷中に「ひみつ堂」がオープンしメディアの注目を集めたのだという。
進化系のかき氷を味わったことがある人、マニアになった人たちがいたところへ、台湾ブームが起きて独自のスタイルに注目が集まり、さらにそのブームが広がっていったということなのだ。かき氷はいつのまにか、グルメなスイーツになっていた。
2015年には、原宿に台湾のアイスモンスターが上陸。2016年にはやはり原宿に、韓国のソルビンが上陸。日本で食べられるかき氷は、国際色豊かになってきた。
私も夏の暑い日、熱中症になりかけながら原宿の行列に並び、ソルビンを体験しに行った。注文したのは、チョコレートのかき氷。まるでケーキのような美しい見た目に、思わず記念撮影。アングルを考えながら撮っていたら、隣でマンゴーのかき氷を頼んでいた女子高生たちが、「おいしそう!」と声をかけてくれた。
粉砂糖のように細かい氷には、ミルクが入っていて甘い。ココアパウダーの苦みと、削ったチョコレートの柔らかい食感。それは私の知っているかき氷とはまるで別ものだった。そして友人に言われた通り、涼しい店で食べたにも関わらず、最後まで頭がキーンとなることはなかった。
すっかり韓国のかき氷が気に入った私は、新大久保へ遊びに行ったときも、かき氷を注文した。暑いうちに堪能しておかねばと思ったのだ。スイカ味のかき氷はどこかなつかしく、そしてナチュラルな味わいだった。
2019年4月に台湾へ行った折も、かき氷を食べてみた。台湾は3度目だが、今までは春に台北へ行っていて、雨降りと重なり、肌寒くて食べる気になれないでいた。今度の行先は気温20度代後半の暑い台南。
初めて食べたその氷には、マンゴーやリンゴなどいろいろなフルーツに、最近日本でも流行っている黒糖入りのタピオカものっている。そしてやはり、フワフワで細かく、柔らかいミルク入りの氷。
ここまで来ると、かき氷というよりパフェのよう。そういえば、ソルビンのチョコレートかき氷も、チョコレートパフェみたいだった。パフェだと、最後にスポンジが口に残って口直しが欲しくなるが、氷だと最後まで爽やか。これは確かにハマってしまいそうだ。
作家・生活史研究家。1968年、兵庫県生まれ。食や暮らし、女性の生き方を中心に生活史と現在のトレンドを執筆する。主な著書に『日本の台所とキッチン 一〇〇年物語』(平凡社)、『大胆推理!ケンミン食のなぜ』・『家事は大変って気づきましたか?』(共に亜紀書房)、『ラクしておいしい令和のごはん革命』(主婦の友社)、『日本外食全史』(亜紀書房)、『料理に対する「ねばならない」を捨てたら、うつの自分を受け入れられた。』(幻冬舎)、『料理は女の義務ですか』・『小林カツ代と栗原はるみ』(共に新潮新書)など。
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