cookpad news
コラム

年越しは豪華なごちそうじゃなくていい。名もなき「実家メシ」の魅力【今日、キッチンで何を考えていますか? Vol.4】

料理ユニット「アンドシノワーズ」で旧仏領インドシナ三国(ラオス・カンボジア・ベトナム)の食文化を広めている田中あずささん。毎日キッチンに立ち、料理をしながらいろいろなことを考えるのが密かな楽しみなのだそう。その時間を『脳内よそ見』と名付けている田中さん。日々の料理に疲れたとき、息抜きしたいときにぴったりの、肩の力がふっと抜ける『脳内よそ見』のヒントをお届けします。

こんにちは。
ひと月に1回の連載が4回。つまりみなさまにここでお目にかかってから、4ヶ月がたちますね。ご覧の通りささやかなコラムですが、どうぞこれからも日々の料理のなぐさみにお付き合いをいただければうれしいです。

なんて、12月らしくついつい総まとめのような冒頭ですが、みなさま、年末年始はいかがお過ごしでしょうか。
私は実家へ帰る予定です。18才で東京へきてから今まで、特に年末年始は帰省することにしていました。過去に3回ほど、帰れなかったことがありますが、そのうち1回は確か海外におり、もう1回は東京で過ごしていたように思います。さらにもう1回は去年。うっかり日付を1日間違えてとってしまったカンボジア発の深夜便のおかげで、機上で過ごすこととなってしまったのでした。

自称「正月コンサバ」の私としては、年越しを日本で過ごせないことがどんなに口惜しかったか。
おもしろいとかつまらないとかいうことではなく、大晦日は自動的な行事として、なんとなく夕方からテーブルに並んだ料理をつまみつつ、紅白歌合戦を見て、紅組と白組の勝敗を賭け、余力があれば近所の神社に初詣へ行きたい。行けなくても、そのまま年越しの雰囲気をかみしめながら顔も洗わずに寝落ちしたいと願っているのです。

そんなわけで去年は、いつもお世話になっている航空会社の方に「年越しのフライトは、紅白歌合戦を放送しませんか?」と聞いたほどです(当然、機上でのリアルタイム放送はありませんでした)。

でももう、豪華なおせちじゃなくていい

年越し、と言っても、このところは母と私でこじんまり過ごすばかりですから、昔のようにごちそうがテーブルいっぱいに並ぶことはなくなりました。実家の近くにいる甥や姪たちが小さい頃はそれなりににぎやかだったけれど、彼らももうお年頃ですし、それぞれの過ごし方を楽しんでいる模様です。
ですから、私たちの大晦日や年明けの食卓はささやかな惣菜や、ちょっといいお肉が並ぶくらいで十分。不精ですが、お重のたぐいも使わなくなりました。

昔はこれをめくりながら黒豆を煮たであろうことがよくわかる使い込みよう。実家の蔵書昭和49年12月号「きょうの料理」。『ご承知かと存じますが、漆器を冷蔵庫に入れてはなりません。漆器が痛み、特に時代の古いものは貴重品でありますのでご注意ください。漆も技術も、得がたいもの。ほんとうによい漆器は、個人のものでありながら、大きく考えれば、いち時期預かっている国の宝なのであります(引用)』という、いわゆる断捨離とは真逆のお説教が、だらけた私の心に沁みいります

ふつうのおかずが、実はごちそうかもしれない

突然ですが、私はポテトサラダが好物です。自分でも作るし、外食でメニューにあると必ず頼んでしまう。さらに実家へ帰るとボウルいっぱい作り、毎食いただいております。

ポテトサラダってやたらとレシピ工程が多いから、手作りはちょっと気合いがいりませんか? 芋の芽をとり、洗い、茹で(レンチンでもいいけど量が多い場合はやっぱり茹でます)、皮を剥き、その間に他の材料を準備し、つぶして冷まして味つけて……。決してメインのおかずにはならないくせに、ずいぶんと手の込んだごちそうだと思うのです。

実家のポテトサラダは、庭で育てた芋がやたら美味しいせいか、どんなに真似して作っても同じ味になりません。ちなみにウチのは、茹でたじゃがいもは潰さずに包丁で小さく切ってから、軽く握る程度にまとめていくのがコツだそうです

実家の冷蔵庫には、こうしたポテサラやちょっとした煮物、漬物、何かを刻んだ名もなき和え物などがぎゅうぎゅうに詰まっていて、毎食それらをひっぱり出してごはんを食べるわけですが、それがふだん単品で食事をすませがちな私にとっては、非常にぜいたくな食卓なのです。母は毎食「何もないね」と言うけれど(笑)。

ある夏の実家メシ。夏は野菜がたくさん獲れるので、とりあえず何かタレをかけて食べていればいいからラク。それにしても節操のないラインアップですね

実家メシの魅力は「売っていない」こと

もう、母も高齢ですし、この先彼女が昔のような手の込んだおせち料理を作ることは、もうないでしょう。でも、食が細くなり、作る品数も少なくなるにつれ、実家メシのラインアップは毎日作り続けてきた「定番料理」に絞り込まれてきたように思います。その、ある意味厳選された実家メシが、今はしみじみ美味しいと思うのです

もちろん、おいしいレストランで知らない味に出会うのも食の楽しみ。一方、どこにも売っていない実家のごはんにほっとするのは、親元を離れ暮らす人にとってはかけがえのないごちそうなのかもしれません。

おかげさまで今年は何もなければ、実家で年越しができそうです。特に予定もありませんので、暖房をケチった寒い台所で、誰にご紹介するわけでもないささやかな実家メシを、母と一緒に作りたいと思います。みなさまもどうぞ、よいお年をおむかえください。

実家から東京へ戻る時に必ずリクエストする「卵焼き弁当」。卵焼きだけでいいのですが、何かそのへんにある実家メシを適当に詰めてくれます。毎回「いきなり言うから卵焼きの出来がひどい」と文句を言われますが、いつもこんな仕上がりです

アンドシノワーズ 田中あずさ


料理家、フードスタイリスト、コピーライター。
仏印料理教室『アンドシノワーズ』主宰。2006年頃からインドシナ(ラオス・ベトナム・カンボジア3国)の古典料理を研究・紹介。

編集部おすすめ
クックパッドの本