cookpad news
コラム

作家・阿古真理さんのキッチン探しストーリー 第十二編「料理家・金子文恵さんのキッチン」

理想のキッチンを叶えるwebマガジン「たのしいキッチンmag」。生活史研究家・作家である阿古真理さんによる新連載を開始します。連載タイトルは「作家・阿古真理さんのキッチン探しストーリー」、阿古さんがご自身の理想のキッチンを手に入れるための情報を、住宅関係事業者やキッチンメーカーに取材する企画です。なんとなくご自宅のキッチンに納得がいっていない方や近い将来キッチンを購入する予定のある方が、本連載を通じてそれぞれの理想のキッチンに出会える手助けになるよう情報を発信していきます。

2022年春にレシピ本のフリー編集者の綛谷久美さんが、主宰するフェイスブック・コミュニティ『料理が仕事\ごきげん/Salon』で参加者を募った料理家たちのオンライン座談会、「理想のキッチン検討会」を取材した。

その際、東京在住の金子文恵さんが、賃貸キッチンを上手に工夫し使っている様子が気になり、取材を申し込んだ。 私自身がそうだが、都会暮らしで家やマンションを買うことが困難な人が多い今、賃貸のキッチンを理想に近づけている実例は、ぜひ知っておきたい。

デザイナーから転身した料理家の住まいは、レトロな賃貸マンション

金子さんは、料理ブログ「ふみえ食堂」を主宰し、『なにしろ、親のごはんが気になるもので。栄養バランスを考えた冷凍おかずの詰め合わせ』(家の光協会)や、『免疫力があがる「昆布水」レシピ』(高橋書店)などのレシピ本を刊行している。

料理家はキッチン回りのモノをたくさん持っているが、それだけに収納にも工夫があり、料理しやすさを考えたキッチンにしているところは、一般の人でも参考になる面が多い。

世田谷のにぎやかな商店街にほど近い、築56年のマンションで1人暮らし。なのに、キッチンには、大きなごとくつき3口ガスコンロがデーンとある。 45㎡ほどの1DKの部屋は、「もともと2Kのファミリー物件だったんじゃないかと思います」、と金子さん。

金子文恵さんのご自宅、キッチン側から見たダイニング

キッチンも横幅1930ミリでシンクの幅も610ミリ、と小さめだがファミリーサイズ。 料理を人にふるまうのが好きで、10年ほど前にアパレル会社のデザイナーから料理家に転身したという経歴だから、1人暮らし歴33年にも関わらず、コンロが1口しかない部屋は一度も選んでこなかった。

「寮生活だった学生のときに、1人暮らしの友人宅が1口コンロで、料理をさせてもらったらすごくやりにくかったので」と金子さん。

金子さんほど料理好きでなくても、ちゃんと自炊したい1人暮らしの人にとって、1口コンロなどの狭いキッチンは使いづらいと思う。

「憧れだった3コンロがあることは、部屋を選ぶ決め手になりました。このちょっと珍しい茶色のタイルも。見た目は大事です。あと、窓が大きくて明るいこと。東向きですが、さえぎる建物がないのでキッチンは1日中明るいです」と言う。

この部屋に引っ越したのは4年前、当時住んでいたマンションの取り壊しがきっかけだ。

金子さんは、パネル張りで工期が短い現代のマンションより、がっしり感がある古い建物の部屋を選んできた。 「レトロチックなものが好き、そこには物語を感じるからというのもあるかもしれません」と言う。

キッチンでの一コマ、現代の金子さんの生活が建物の持つ物語と融和しているような光景だ

冷蔵庫はダイニング側に置く必要があった時期に、家具のようなデザインが気に入って無印良品で買い、食器その他が入るカゴなども無印の商品、座談会のときから気になっていた、配膳台兼収納の棚も無印。 しかし、手製の棚その他もうまく組み合わせて使っている。

ダイニングのテレビ台も金子さんお手製の棚、棚下には食器類が仕舞われている

賃貸にありがちな作業スペースの不足は、既製品を使った工夫で解決

前の部屋では、キッチンの後ろに大きなワイヤーシェルフを2本置き、その棚に食器が入ったカゴを置いていた。ところがDKのこの部屋にシェルフを設置したところ、圧迫感が強くせっかくの広さを活かせないことが判明。 そこで、本棚として使っていた無印良品の低めの棚をキッチンに移動。シェルフは寝室へと入れ替えた。

棚を置いても調理台前との間が900ミリあるので、助っ人が必要な料理撮影や人を招いた際は2人で作業できる広さがあるのもよい。 元本棚は高さが900ミリで、見通しがよくなっただけでなく配膳台や食材の一時置き場などに使える。

調理中に食材や鍋、ザル、調味料、皿など、たくさんのものを出しておく必要があるキッチンには本来、一時置き場の台がたくさん必要である。しかし、賃貸キッチンにはそうした台が少ないことが多い。

レイアウトによるが、金子さんのように棚を作ればその問題を一部解決できる。

キッチンとダイニングの間に自作したという配膳台の下にはオーブンや鍋、食器などを収納している

しかし、電子レンジを置こうとしたら、足がはみ出ることが判明。

引っ越しを手伝ってくれた友人の料理研究家、ほりえさわこさんが「台を作ればいいじゃん。私が作ってあげる」と、棚を固定するストッパーつきの台を制作したので、電子レンジが置けるようになっただけでなく、台自体の奥行きが400ミリと広くなった。幅の全長は1500ミリもある。

キッチンで作業中の金子さん、配膳台が出来たことで作業スペースや一時置きスペースが確保できるようになったという

以前シェルフに置いていた食器類は、スッキリ見えるダイニングの棚に納まっている。 引き出し収納ではなくカゴや箱に入れていたおかげで、入れ替えもラクだったうえ、ビジュアル的にも美しい。

黒いボックス類には乾物が入っている。 ダイニングのカゴ類には、そうした料理回りのモノの他、事務系のモノも入っているが、招かれた人はその違いが分からず、美しく整った部屋としか映らないのでくつろげるのではないだろうか。

ダイニングの棚、キッチンに収まりきらなかったという食器類が美しく収まっている

時代を感じるキッチンも、工夫を持って

さて、キッチンだ。

3口コンロはおそらくナショナル(現パナソニック)の古いモノで、

「白いから汚れが目立ちますがかえってこまめに掃除をするようになり、以前に使っていたガラストップのガスコンロより、よっぽどきれいに使っています。5回ぐらいスイッチをひねらないと火がつかないんです。重い鍋でも持ち上げずにスライドして動かせるところや武骨なデザインが気に入っていますが、今そういう便利なコンロが少ないですよね。たぶん、ガス屋さんが来たら『取り替えたほうがいい』って言われちゃいます」と金子さん。

編集者が「もうパナソニックはガスコンロから撤退しているので、壊れたら部品がないと思います」と指摘。 料理しやすさよりお手入れしやすさが優先される時代になり、こうした重量感のある大きなごとくつきコンロは、ハーマンぐらいでしか売っていないのではないだろうか。

National製のビルトインコンロ、すでに廃盤だと思われるモデルだが大きくて丈夫な五徳がお気に入りとのこと

キッチン前の壁に設置された棚も、調味料置き場にできるのが便利で、吊戸棚の下にある扉の中は、水切り棚になっている。 吊戸棚にぶら下げる水切り棚は、日本住宅公団(現UR都市機構)が初期の頃に採用していたこともあり、ポピュラーだった。

「ふだんは、上の水切り棚に洗ったものを置きます。調理台の上にも水が滴り落ちるので、セルロース製の吸水マットを敷いています。食後は、マットの上に洗った食器などを一時的に置いたりもします。洗い物の量が多いときは、シンクに取り外しできる水切りラックを置きます」と金子さん。

作業台は410ミリ幅と狭めだが、まな板を置くことはできるとのことだ。

キッチンの作業台と吊戸棚、年季の入った設備を金子さんなりに工夫して使いこなしている

小さいキッチンこそ収納と動線の工夫が大切

以前の座談会でも言っていたが、金子さんは調理台の下に引き出して使える臨時棚があると便利と考えている。

「実はクリナップで昔、ファミリー用のキッチンで出していたけど売れなかったんですって」と私が言うと「キッチンが大きければそういう棚は必要ない、小さいキッチンこそ必要なのに……」と金子さん。

現状は、撮影で台が足りないときは、棚を出してきて料理を並べるなどしているそうだ。

「調理台は、理想を言えば奥行き600ミリ、幅1500ミリぐらいあるとすごくいいんですけどね。以前、料理教室のためにうかがっていた友人宅は奥行きが1200ミリもあり、調理台の幅も2000ミリですごく使いやすかったです」

配膳台で作業する金子さん、ダイニングとキッチンを緩やかに仕切り繋ぐ、素晴らしい動線の工夫だな、と改めて感じた

1人暮らしではあるが、公私ともに来客が多い金子さん。 キッチンは独立型より、空間がつながっているほうが好きと言う。 「みんなが食べている姿を見て料理するほうが好き。話に加われなくても何となく聞こえる感じがいいですね」とのこと。

私の周りの女性だけかもしれないが、1人暮らしのほうが来客が多いようで、もしかすると1人だからこそ対面キッチンなど、作る人と食べる人が交流できるキッチンが必要なのかもしれない。

使い方としては、「モノをしまい過ぎず出し過ぎずの現状がいいです。全部しまっちゃうと取り出しにくいし、全部出すには見せたくないものもある。キッチンは動線が何より大事です。取り出しやすくしまいやすい動線になるよう、収納を工夫すれば使いやすいキッチンになると思います」と、読者へのアドバイスも。

金子さんは、使い勝手の工夫ももちろんのこと、美しく整頓された空間作りも素晴らしい。 センスの良さはどこから来るのかと思っていたが、そもそもデザインのプロだった、と前職を知って納得した。 補助的につけているイケアのカートも古道具屋で見つけたなど、暮らしにフィットする道具を見つける目もある。

しかし、手に入りやすい無印の収納グッズを使ったり、配膳台を設置したり、といった工夫は、誰でも真似できそうだ。 今はリーズナブルかつおしゃれな収納グッズも充実しているので、こうした道具をうまく使いこなすことが、賃貸暮らしの人がキッチンを理想に近づけるうで重要と言えそうだ。

集合写真:金子文恵さん、著者 阿古真理(左から)

※この記事は理想のキッチンを叶えるwebマガジン「たのしいキッチンmag」から転載しております。

阿古真理

作家・生活史研究家。1968年、兵庫県生まれ。食や暮らし、女性の生き方を中心に生活史と現在のトレンドを執筆する。主な著書に『ラクしておいしい令和のごはん革命』(主婦の友社)、『日本外食全史』(亜紀書房)、『料理に対する「ねばならない」を捨てたら、うつの自分を受け入れられた。』(幻冬舎)、『料理は女の義務ですか』・『小林カツ代と栗原はるみ』(共に新潮新書)など。

取材のお相手:金子 文恵 さん

”今はまだおひとりさま”料理家。1966年、札幌生まれ。食を介してのコミュニケーション好きが高じて、長年やっていたファッションデザイナーから料理家に転身。何気ない日々の生活にフィットする、目にも舌にもおいしい料理を提案しつづけている。主な著書に『ニュー スタイル レシピ』(主婦と生活社)、『なにしろ親のごはんが気になるもので。』(家の光協会)、『免疫力が上がる「昆布水」レシピ』(高橋書店)など。 Instagram

阿古真理さんの理想のキッチンに関するプロジェクトはご自身のnoteやYoutubeでもコンテンツを更新中です。
note
Youtube

編集部おすすめ
クックパッドの本