作家・生活史研究家。食や食らし領域が専門。
【あの食トレンドを深掘り!Vol.25】90年代に流行した「ティラミス」、数年前に話題になった「おにぎらず」、直近では社会現象にもなった「タピオカ」など、日々生まれている食のトレンド。なぜブームになったのか、その理由を考えたことはありますか? 作家・生活史研究家の阿古真理さんに、その裏側を独自の視点で語っていただきました。
タンパク質が注目されている。若者を中心にスポーツをする人たち、肥満が気になる人などがプロテインダイエットに取り組む。タンパク質を指す英語「プロテイン」は、サプリメントとして各社から出され、人気が高い。2010年代半ばに流行った糖質制限ダイエットの延長線上で注目されたと考えられる。炭水化物を避ける一方で、タンパク質を積極的に摂ろうと心掛ける人たちが目立つからだ。
しかし、タンパク質はそんなにたくさん必要だろうか? 以前テレビ番組で食材を並べ1日に必要な栄養摂取量を紹介している場面を観たが、タンパク質はかなり小さい牛肉の塊で示していた。厚生労働省の「日本人の食事摂取基準」によると、大人の男性は年代によって60または65グラム、女性は50グラム。本当に少ない。
しかし、タンパク質を多く含む食品はたいてい、ほかの栄養素も豊富に含む。コメや小麦粉は炭水化物も多い。肉には脂身もある。太りそうな印象の食べ物が多いことも、食事で摂るよりプロテインを求める流行につながっているのだろうか。
考えてみれば、糖質制限ダイエット自体が、それまでのダイエットと様相が違っていた。リンゴダイエットやバナナダイエット、寒天ダイエットといった食事法によるダイエットは、健康雑誌などが発信源となり、主に女性たちの間で流行していた。
ダイエット特集は私が中高生時代を過ごした1980年代にはすでに女性誌の定番企画で、健康雑誌も1975年に誕生している。思えば最初の健康雑誌、『安心』(マキノ出版)で紹介された紅茶キノコダイエットは当時の大ブームだった。ちなみに、自家培養の発酵食品の紅茶キノコはその後アメリカに渡り、「コンブ茶」と呼ばれて流行したのち、最近日本で再流行している。少なくともその時代から、若い女性は見た目の美しさを求めて、中高年女性は美容に加え健康管理を求め、ダイエットに励んできた。
ところ、糖質制限ダイエットは流行当初から、男性で取り組む人の声をよく聞いた。それはもしかすると、時代が変わったからかもしれない。厚生労働省が脳梗塞などにつながりかねないメタボリックシンドロームの用語を発信して流行らせ、危険因子の一つとして肥満を挙げたのが2006年。企業も社員の健康管理のため、生活指導に力を入れるようになっていく。『体脂肪計タニタの社員食堂』(大和書房)が出てベストセラーになったのが、2010年。タニタは2012年から一般の人が利用できる食堂事業も開始している。
2010年代は、栄養学の基礎を身に着けた家庭科共修世代の男性が30代に突入した時期でもある。これまで、食事での健康管理といえば女性の専売特許のようだったのに、肥満が気になる年代になった男性が、食事の栄養バランスに気をつけるようになる。メタボの要因である生活習慣病患者に向け、医療現場でもすすめられることも大きい。
健康の話題が盛り上がるのは、日本が高齢社会に突入していることや、経済の落ち込みが長く不安が大きいことが要因かもしれない。そうした中に、男女問わず関心が高まるプロテインダイエットがある。
一方で、健康食品より食事で栄養管理をしたい、という人も多い。食事の中で最近、タンパク源として再発見されているのが、豆類だ。大豆の加工食品は昔から豆腐や納豆として親しまれてきたし、まだ入手方法が限られているが、最近は中国料理に使われる豆腐干(とうふかん)も脚光を浴びている。くり返し流行った豆乳も、すっかり人気が定着した。肉の代替食品として大豆ミートの存在も知られている。ヒヨコ豆やレンズ豆など、欧米その他で定番だった豆も注目されている。豆は脂質も含むが食物繊維や微量栄養素も多い。
タンパク源としての豆及び豆加工品への注目は、今後ますます高まりそうだ。何しろ世界は今、環境保護やアニマル・ウェルフェア(動物福祉)の意図から、動物性食品を避けるヴィーガンやベジタリアンが世界的に増えている。宗教上の理由で食べられない肉がある人に配慮した飲食サービスも、必要性が認識され始めた。多様性を受け入れる社会に向けて、誰もが安心して食事できる環境は求められていくだろう。
食品関連会社も、植物性タンパク質を使った料理、加工食品の開発に力を入れ始めている。大豆ミート使用のレトルト食品もある。大塚食品も、動物性原料不使用の「ボンカレーベジ」を3月14日に発売する。
肉を回避しつつタンパク質を摂ろうとするとき、便利なのがやはり豆。インド料理店へ行けば、ベジタリアン向けに豆を使ったダルカレーがメニューにある。その味が気に入り、ノンベジタリアンだけどダルカレーは食べる、という人もいるだろう。日本でも、精進料理で豆腐が多彩に使われる。
豆及び豆加工品は、社会が豊かになり、肉が入手しやすくなると敬遠されていく傾向がある。世界の豆料理の現場を取材した『豆くう人々』(長谷川清美、農文協)によれば、家畜を飼ってきた遊牧民と、肉が主食と言われるアルゼンチンでは、あまり豆を食べない傾向があった。日本でも、煮豆などの豆料理をあまり食べない人は増えていると思われるが、それはタンパク源が豊富になったからだろう。それに加えて、乾物の豆を戻して煮、それから料理する手間を敬遠する人も多い。
しかし、缶詰など戻した状態の豆も売られている。サラダなど、大豆料理の発想も広がってきた。ヒヨコ豆やレンズ豆もおしゃれな食材として注目されている。インゲンマメやスナップエンドウ、枝豆など若い豆なら日常的に食べる人も多いだろう。プロテイン、つまりタンパク質は、ファッション、健康、SDGs、と幅広いジャンルで注目の食なのだ。
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作家・生活史研究家。1968年、兵庫県生まれ。食や暮らし、女性の生き方を中心に生活史と現在のトレンドを執筆する。主な著書に『日本の台所とキッチン 一〇〇年物語』(平凡社)、『大胆推理!ケンミン食のなぜ』・『家事は大変って気づきましたか?』(共に亜紀書房)、『ラクしておいしい令和のごはん革命』(主婦の友社)、『日本外食全史』(亜紀書房)、『料理に対する「ねばならない」を捨てたら、うつの自分を受け入れられた。』(幻冬舎)、『料理は女の義務ですか』・『小林カツ代と栗原はるみ』(共に新潮新書)など。
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