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インタビュー

作りおきが合わなくたっていい。ヘトヘトだった30、40代を経てわかった、自分らしい暮らし方のヒント

朝日新聞デジタル「&w」で長年続く連載「東京の台所」を執筆するほか、著書も多い文筆家の大平一枝さん。2021年12月に『ただしい暮らし、なんてなかった。』(平凡社)を上梓しました。長年、暮らし回りの執筆を続けてきた大平さんに、自身の料理や台所まわりについて、これまでを振り返ってお話を伺いました。

50代になり、ようやく家事のジレンマから解放されたんです

「30、40代はとにかく忙しくてヘトヘトでした。仕事をしながら4つ違いの幼い兄妹を育てて、毎日がてんやわんやでしたね」。そういって朗らかに笑う大平さん。ライフスタイル関連の取材や執筆が多かったこともあり、料理も家事も“きちんと”できている人ばかりに目がいく一方、同じようにやってもうまくいかないダメな自分にうんざりする日々だったと振り返ります。

「家事の何がいやって、面倒くさいこともあるけれど、きちんとできていない自分へのジレンマが大きいんじゃないかな。完璧にこなしている人に比べて、あれもこれもできていない、なんで自分はできないんだろう、そんなふうに責めてしまうんですよね」

けれど、そんなジレンマや呪縛のようなものから、気づいたときにはふっと解放されていたと話します。そのきっかけは何だったのでしょうか。

「ゆっくり時間をかけて解き放たれたんだと思いますが、ひとつ大きな出来事は娘が小学校低学年の頃ですね。そのころ、世間的にマクロビオティックに注目が集まっていて、私もスクールに通っていました。いつものように、夕刻バタバタと食事作りをしていたとき、おなかすいた! 納豆食べたい! と娘が言うので、とりあえず、ちゃちゃっと混ぜた納豆と玄米ごはんをドン! とちゃぶ台に置いたんです。そうしたら、娘がポロリと泣いてこう言ったんです。“この家ではもう白いごはんは食べられないの?って”。そのとき、ハッとしました。私は家族のためにと思ってやってきたことなのに、子どもにとっては幸せではなかったんだなって。マクロビオティックの考えは素晴らしいけど、いまの私と家族の暮らしには合っていない。もっと大切なことがあるはずだって

神話や流行に振り回されずに、笑って過ごすことが一番

「親が笑っていれば、たいていのことはうまくいくんですよね」と大平さん。ライフワークともいえる台所取材でたくさんの家庭の食卓や、それを取り巻く風景を見てきたからこそ、その言葉にも熱がこもります。

「カップラーメンやでき合いのものを食べていても幸せそうな家族ってたくさんいるんです。本当に楽しそうに笑い合っているのを見ると、大事なことって何だろうと改めて考えさせられますね。とくに子どもが小さいころは、手作りじゃなきゃダメとか、いい調味料を使おうとか、いろいろ思いこんでいる節があったけれど、そういう表面的なことは問題ではないんですよね」

いまはSNSの影響も大きいし、みんな頑張りすぎちゃうところがあるんじゃないかな、と続けます。

「暮らしまわりのことや料理・食などにも流行り廃りがありますよね。ワッと注目が集まるけれど、人がいいと言うものが自分に合うとは限らない。ひとりの人生の中にだって、ステージによって合う合わないがあると思うし。最近はそれが本当に自分に合っているのか、うちのライフスタイルにはまるのか、一度立ち止まって考えるようにしていますね」

あれもこれも頑張りすぎなくていい。“これだけは”という自信が持てるものを探す

「かくいう私も、これまであれこれ試してきました。でも、どれも続かなくて挫折してきたものばかり。作りおきおかずも手作りおやつも、鉄のフライパンも重曹掃除も…。でも、そんな私でも続けられていることもあるんですよ」

そう言って見せてくれたのが7枚の真っ白な布巾。長年、台拭きジプシーだったという大平さん。着古した衣類を小さく切って使う“ウエス”も試したけれど、いまひとつしっくりこなかったといいます。

62ee8669bc2e9e78bfd244e99118401e 写真:安部まゆみ

「以前取材した人がやっていたのを見て、いいなと思って私も試したんです。まだ1年ほどだけれど、続いています。一日の終わりに酸素漂白剤で漂白するんですが、家事が完璧でなくても、少しくらい部屋が散らかっていても、この布巾の真っ白さを保てていると思うと、どことなく自信が湧いてくるんです。そんな風に、何かひとつでも“これだけは”というものがあると自己肯定感も高まるし、家事や育児のジレンマから解放されるんじゃないかな」

また、作りおきおかずは自分の性格には合わなかったけれど、葉物の野菜をゆでておくことだけは続けていますよ、と。「いまの時期は菜の花。今日は辛子あえ、明日はおかかじょうゆ…とその日の気分や献立に合わせてアレンジできるのがいいんですよね。仕事や育児で毎日頑張っている人には、旬の野菜をひとつでもゆでることをおすすめします。それがあるだけで“旬のものを食べられた”という実感が小さな支えになってくれます」

完璧な半熟卵で「味玉」を作るのが目標

そんな大平さんが目下、挑戦中なのが「半熟卵」。

「何十年も卵をゆでてきたけれど、成功したのは数えられるくらい。というより、いままでは卵に注目したことがなかったんですよね。完璧な半熟卵を作って、おいしい味玉を作るのがいまの私の目標。いくつになっても挑戦できるのが食や料理の楽しさですよね

長男夫婦に子どもが誕生することをきっかけに新居に引っ越した大平さん。転居を決めたきっかけのひとつがキッチンだったといいます。

「いままでの家は集合住宅だったこともあって、ずっと対面型のキッチンでした。子どもを視界にとらえながら料理をすることが当たり前だったから、独立したキッチンは考えられなかったんです。でも、子どもたちが巣立ったり大きくなったりしたいま、それが必要ではなくなり。むしろ、自分ひとりの空間になって集中できるし、調理の臭いが部屋に充満することもないから、独立型のキッチンもいいなと思って。たまたま、この家がそのスタイルだったんです。暮らし始めたら、独立型のキッチンってとっても快適です」

最近、もっぱらの楽しみはラジオを聞きながら料理をする時間だそう。ちょっぴりお酒も楽しみながら。

「ラジオに耳を傾けながら手を動かしていると、もうちょっと聞きたいからあと一品作ろうかな、ということも。20年前の自分だったら考えられなかったけれど、いまは時間にも心にも余裕が生まれたんですね。現在進行形で忙しい日々を送る人たちにも、この時間が必ず来るからね、頑張れ!という気持ちでエールを送ります」

(TEXT:結城 歩)

『ただしい暮らし、なんてなかった。』(平凡社)

2011年に上梓した『もう、ビニール傘は買わない。』(平凡社)の十年後、何が変わり、何が変わらなかったのか、暮らしまわりのあれこれや、モノとの出会いや別れ、人付き合いについて、自分自身の養生についてなどをまとめた一冊。各エッセイの最後に「かつて」「いま」と記されているのが印象的。

「30~40代前後の女性にとくに読んでもらいたいと思って書いた本です。私が長年の失敗やトライアンドエラーの末たどりついた暮らしのヒントで、何かひとつでも、読者の心を楽にさせるものがあれば幸いです」
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大平一枝(おおだいら かずえ)

作家、エッセイスト。長野県生まれ。大量生産、大量消費の社会からこぼれ落ちるもの・こと・価値観をテーマに各誌紙に執筆。著書に『東京の台所』『男と女の台所』『もう、ビニール傘は買わない。』(平凡社)、『届かなかった手紙』(角川書店)、『あの人の宝物』(誠文堂新光社)、『新米母は各駅停車でだんだん本物の母になっていく』(大和書房)ほか。「東京の台所2」(朝日新聞デジタルマガジン &w)、金曜エッセイ「あ、それ忘れてました(汗)」(北欧、暮らしの道具店)、「令和・かぞくの肖像」(OIL MAGAZINE)など連載多数。
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