【くらしのきほん・ブックガイド】
食を中心に、暮らしの基本を学び、楽しみ、基本の大切を分かち合うウェブサイト『くらしのきほん』がおすすめする、心の礎(いしずえ)となる1冊。
『ナショナル・ストーリー・プロジェクト1』は、アメリカの作家ポール・オースターがホストを務めたラジオ番組『ナショナル・ストーリー・プロジェクト』に投稿された物語を纏(まと)めた一冊。
ある日、ポール・オースターは全米公共ラジオ局から番組のレギュラー出演を依頼された。内容は月に一度の割合で、何か物語を朗読してもらえないかということだった。彼はすぐに返事をしなかった。気が乗らなかったからだ。しかしこの話を相談した妻の一言で、ノーはイエスへと変わった。
「いろんな人にそれぞれ自分の暮らしの物語を書いてもらえばいいのよ。そして一番いい物語をあなたが朗読するのよ」
こうして『ナショナル・ストーリー・プロジェクト』というラジオ番組が生まれた。
「物語を求めているのです」
彼は番組からリスナーに呼びかけた。
「物語は事実でなければならず、短くないといけないが、内容やスタイルに何ら制限はありません。私たち家族の歴史のなか、私たちの心や身体、私たちの魂のなかで働いている神秘にして知りがたい力を明かしてくれる逸話を教えてください。いままで物語なんて一度も書いたことがなくても心配はいりません。人はみな、面白い話をいくつか知っているはずです。どなたからの投稿も歓迎します。送られた物語は私がすべて目を通します(一部省略)」と、彼は心を込めて話した。
その後、全米から五千通もの物語が、彼の元へと届けられた。『ナショナル・ストーリー・プロジェクト』は、このようにして集まった物語の中から毎月五、六本を選び、ポール・オースターによって朗読されていった。番組は二年間続けられた。
『ナショナル・ストーリー・プロジェクト 1』は、そのおよそ五千通の中から選んだ179篇の物語を纏めたアンソロジー。
物語の書き手は、郵便局員や商船員、バスの運転手や、電気のメーター検針員、ミュージシャン、医師、主婦や元軍人といった様々な職業の人々。ここには暮らしそのものがある。真実と事実がある。人間らしく、真実性に満ちた、ささやかな物語には何ひとつ嘘はありません。
人はいつも強くいられるわけではない。そんな時、ふと目をやったところに、偶然にも、小さく可憐な花が一輪咲いていて、その美しさに救われる時がある。この本はそういう救いを読者に与えている。
人間、そして、暮らしとは、限りなくはかなく、愛おしいと心から思い、本を閉じた。(文・写真:松浦弥太郎)
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