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コラム

海外の女性たちの料理スタイルに学ぶ、毎日の料理をもっとラクにするヒント【世界の台所探検】

世界中の台所を訪れて現地の人と料理をする台所探検家・岡根谷実里さんが、各地の家庭料理をお届けする連載。今回は、海外の女性たちの“毎日の料理との向き合い方”にフォーカスしてご紹介します。

3月8日は国際女性デーで、「女性の生き方を考える日」とされています。

日本では、女性の社会進出が進み、共働き世帯が専業主婦世帯の数を上回った現在も、「料理は女性がするもの」という固定概念が依然としてあります。それを重荷に感じてしまう女性も少なくないのが現状です。

今回は、台所探検家として世界の様々な家庭を訪れる中で見てきた“女性と料理との多様な関わり方”を書いてみたいと思います。

料理の中にも合理的な役割分担 @ボツワナ

アフリカの内陸国ボツワナでは、日常の煮炊きは女性が担います。村暮らしのこの女性も、毎日火をおこすところから始まり、屋外で数時間の料理をします。冷蔵庫も水道もなく、細々とした料理周辺の労苦も多いですが、慣れたもので淡々とこなしています。

しかし料理のすべてを女性が担うわけではなく、男性が活躍する仕事もあります。ハレの日に欠かせない牛肉の大鍋煮込みは、牛の解体から始まり、硬いスジ肉がほろほろになるまで数時間つき続ける重労働で、これは男性の仕事と決まっています。また薪割りや食材収集も男性が担うことが少なくありません。

料理が「身の回りのそのままでは食べられないものを食べられるようにする行為」であるという原点に立ち返ると、屠殺や力のいるものなど料理工程の源流に近い作業は男性が担い、対して細々とした最終工程寄りのことは女性が担うという役割分担は、生活に根ざした合理的で自然なものに感じられます。

料理という仕事を娯楽として楽しむ @インドネシア

スラウェシ島の山間村。台所に入ると、近所の女性たちが集まり皆でおしゃべりしながら料理をしていて、義務とか労働とかいう重苦しさを一切感じません。ゼロから作る料理は手がかかりますが、時短を求める様子もなく、むしろおしゃべりしながら手を動かすその時間を楽しんでいるようにも見えます。

インドネシアは人口の8割以上がイスラム教徒。イスラムの女性は「守るべき対象」とされ自由な行動が制限されます。個々の家庭に留まり諸々の家事をする、そんな彼女たちにとって料理というのは、仕事という建前のもと堂々と集まり、台所という男子禁制の「守られた場」で楽しい時間が過ごせる格好のチャンスなのかもしれません。料理という仕事を娯楽に変えてしまう彼女たちの姿に、置かれた環境を楽しんでしまうパワーを感じました。

やることはたくさん、単純作業は家電に任せる @キューバ

田舎に住むこの女性の夕飯作りは、昼下がり15時頃から早くも始まります。米に混じった小石やもみ殻を選り分けるところから始まり、小指の爪ほどしかない小粒のにんにくの皮を一つ一つむき、数時間かけて夕飯の支度をします。

買い物にしても楽ではありません。キューバは1950年代以来アメリカの経済制裁を受けており、安定した量と品質の食材が手に入りにくいのです。卵を探して店を何軒もはしごするのは日常で、お金があっても小粒のにんにくしか手に入りません。とにかくひとつひとつ手間がかかる上に、入手可能な食材の種類が限られるため、楽しめる料理の変化幅は小さいです。白飯と黒インゲン豆スープが続きます。

手間のかかる食材しか手に入らない社会状況は変えられませんが、家庭内の手間は自らの意思で変えられます。親族の出稼ぎで外貨収入が得られるようになった家庭の女性は、家電の力を借り、単純作業をアウトソースして日々の食事を作っています。白米と黒インゲン豆スープの食卓は、そんな工夫と家電の助けで成り立っています。

趣味の時間のために日々の料理は外部化 @上海

上海に住むこの共働き女性は、平日はあまり料理しません。ミールデリバリーのサービスが非常に便利なこともあり、朝食からデリバリーを頼むのが日常です。朝の支度をしながらスマホで注文し、数十分後には食事が届きます。そうして料理の手間を減らし、空いた時間は趣味のお茶やバトミントンに興じます。

「他にやりたいこともあるし、毎日は料理できない」

彼女にとって、普段の料理は片付けるべき仕事なのです。

そんな夫婦が必ず料理をするのは、下宿している息子が帰ってきた時。

「普段の食事は外食やデリバリーも使う。でも、温めるだけの食事が続いたら生きている気がしない」

息子が来る時には時間を惜しまず張り切って手料理を作ります。 ちなみに料理は旦那さんがすることが多いとのこと。上海では女性が外でよく働くこともあり、男性が料理をするのは一般的。「私が稼いでいるんだから彼が料理するのは当たり前」と上海女性は強気です。

安全で確かな食事を手に入れる唯一の方法 @上海

ミールデリバリーの発展などでもはや料理をしなくても生きられる上海でも、自らの手で食を作ることを選ぶ人もいます。 フルタイムで働くこの女性は、夫婦共働きの忙しい生活を送っていますが、夕飯は必ず家で作って一緒に食べることを何よりも大事にしています。

「一つ屋根の下で暮らしていても、慌ただしい日常の中で一緒の時間を過ごせるのは夕飯の時しかないからね」

帰宅後30分で3品ほどを仕上げられるのは、前日の夜に下ごしらえをしておくから。 限られた時間の中でも、野菜は何度も水を換えてよく洗い、皮がむけるものは必ずむきます。

「中国の野菜は農薬や泥がたっぷりついているからしっかり洗わないと安心して食べられない。でも、外の食事は洗わずに使っていることが多い。だから外ではなるべく野菜を食べないようにして、肉を選ぶようにしているの。一人だったら、コンビニ弁当が一番衛生的で安心。野菜を食べようと思ったら、自分で料理する以外に安心できる方法がない」

安全な食を求める気持ちから、コンビニ弁当と手料理という一見対極にある二つの選択肢の両方を選び取っているのです。

料理はもっとラクしていい

世界の台所を覗いてみると、様々な社会環境の中で困難を抱えつつも、義務や重荷にするのではなく、自然体で“ラクする手段”を見つけて料理と付き合う女性たちの姿がありました。家電の力を借りたり、力仕事は男性に任せたり、いっそ楽しむ時間にしてしまったり、時間を作ってくれるデリバリーを活用したり、それぞれの心地よいバランスで料理と付き合っています。

料理は本来、女性だけに課された仕事ではなく、社会の中で誰かが担うひとつの仕事です。社会環境が変われば分担も変わり、男性が担うこともあり、面倒な部分は機械や社会サービスが担ってもよいはずです。

日本社会の固定概念から、一人で背負って料理が負担になってしまった時は、世界の様々な社会に生きる女性たちと彼女たちの料理との付き合い方に目を向けていただけたらと思います。清々しいほどの割り切りや、思いもよらなかった工夫に気づくことがあるかもしれません。料理が、私たち一人一人の心地よく充実した人生を作る手段になったらと思います。

岡根谷実里さん

台所探検家。世界各地の家庭の台所を訪れ、世界中の人と一緒に料理をしている。これまで訪れた国は60カ国以上。料理から見える社会や文化、歴史、風土を伝えている。
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