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コラム

“手料理信仰”の象徴?「料理キット」を使う女性たちの本音【平成食ブーム総ざらい!Vol.16】

阿古真理

作家・生活史研究家。食や食らし領域が専門。

約30年続いた平成は、4月30日に終わりを迎えました。「令和」になった今こそ、平成にあったさまざまな食のブームや事件を振り返ってみるのはいかがでしょうか。昔懐かしいものから直近のものまで、作家・生活史研究家の阿古真理さん独自の視点で語っていただきます。

主婦の味方「料理キット」の誕生

日本で、1食分の料理に必要な食材がそろった料理キットが発売されたのは、2013年。売り出したのは有機野菜などのインターネット通販で知られるオイシックスだ。その後、らでぃっしゅぼーや、大地を守る会、パルシステムといった安心・安全な食材販売を売りにする食品通販が参入。やがてローソン、セブン‐イレブン、ワタミ、アマゾンなどの大手企業もこのビジネスを始め、食品販売の形態として定着しつつある。

私は2017年にこのビジネスについて取材し、実際に料理キットを使ってみた。使い勝手は会社によって違いがあるようだが、これは単に多忙な人が時短に使うだけではない魅力がある商品と思えた。

まず、レシピと下処理済みの必要な食材がそろった料理キットを使えば、初心者でもたやすく食事の支度ができる。私が取材した時点でも、主婦が不在のときに子どもや夫が料理キットで食事の支度をする例を聞いた。

また、少人数の家庭や多忙な生活で、食材を余らせがちな場合にも、無駄なく使い切ることができる。ただし、食材を買う場合や加工食品を買う場合より割高である。

以前、オイシックスに取材した折、料理キットを開発したのは、小学生以下の子どもがいる女性を対象に調査したところ、加工食品や惣菜を使うことに罪悪感を覚える人が多いことがわかったからだと聞いた。忙しくて料理に時間はかけられないが、加工食品や惣菜を並べるだけではサボったようで心苦しい。食材を切って火にかけるなどひと手間かける料理キットなら、その罪悪感も薄れるというわけだ。

自宅を離れて働く既婚女性がふえ始めて半世紀余り。三世代にわたって、家庭と仕事を持つ女性たちが自宅で闘ってきた相手は、「手抜きした」と思ってしまう自分自身だったのかもしれない。もちろん家族からそのように思われる可能性もあるが、一番の強敵はおそらく内面化した世間の目だったのだと思う。

料理キットを使う主婦たちの本心

女性が結婚すると、よき主婦となるべきだという価値観は、1917(大正6)年に『主婦之友』が発売されて以来広がり定着した。メディアは長い間、主婦としての心構えを説き続けたからだ。しかし、昭和半ばに共働きがふえてから、主婦雑誌は売れにくくなっていく。1985(昭和60)年に創刊された『オレンジページ』(オレンジページ)が大ヒットしたのは、同誌が主婦としての心構えを一切説かず、実用に徹したことも大きいと思われる。

それでも平成の初め頃は、『きょうの料理』がテキスト企画で加工食品や総菜にひと手間加える提案を行う、1990年に創刊されて人気を博した『すてきな奥さん』(主婦と生活社)が加工食品を使ったレシピを盛んに紹介するなど、ある意味本末転倒な企画が登場したほど、手をかけることに対する信仰は強かった。

料理キットの流行と定着は、そうした手料理信仰の根強さを裏づけるものでもある。しかし、安心・安全な食材の通販ビジネスから広がったのは、手間をかけたいからという理由以外に、加工食品に対する不信感もあると考えられる。加工食品の中には、食品添加物を多用する、食材の生産地が不明なものが多いなど、何が使われているのかわからないため不安を感じる人もいるからだ。

ちゃんとしたものを食べさせたい、しかし料理に時間をかける余裕はない。そういうジレンマを解決してくれる商品が料理キットだったのかもしれない。この商品の登場と定着は、いかに現代人が限られた時間をやりくりして生活しているかを表している。

本当は、料理を一からていねいにつくる時間と気持ちの余裕が欲しい。そんな風に感じている人は多いのかもしれない。ここ数年味噌づくり、梅酒・梅干しなどの梅仕事などが流行っているのは、ていねいに料理したい人たちが一定数いることの表れである。クックパッドでも、保存食のレシピは人気がある。

料理でラクをしたい人が多いのは、その人たちが怠け者なのではなく、あまりに忙しいせいである。忙しいのは、職場環境のせいかもしれない。労働時間の短縮は今大きな社会問題だ。批判する声も大きくなり、改善を試みる企業も出てきた。もしかすると、時短の選択肢はあっても主流にはならない。そんな風になったときこそ、私たちは楽しく料理し食卓を囲む毎日を手に入れることができるのかもしれない。

これで平成の食を辿る連載は終了する。思えば平成は、目まぐるしく食の流行が起こり、食文化を変えていった時代だったと言える。令和になった今も、食のトレンド化は終わりそうにない。そこで年が明けて始まる次の連載は、トレンドの謎に迫ってみたい。

阿古真理(あこ・まり)

©坂田栄一郎
1968(昭和43)年、兵庫県生まれ。作家・生活史研究家。神戸女学院大学卒業。食や暮らし、女性の生き方などをテーマに執筆。著書に『昭和育ちのおいしい記憶』『昭和の洋食 平成のカフェ飯』『小林カツ代と栗原はるみ』『なぜ日本のフランスパンは世界一になったのか』『パクチーとアジア飯』、最新著書『母と娘はなぜ対立するのか』(筑摩書房)など。

執筆者情報

阿古真理

作家・生活史研究家。1968年、兵庫県生まれ。食や暮らし、女性の生き方を中心に生活史と現在のトレンドを執筆する。主な著書に『日本の台所とキッチン 一〇〇年物語』(平凡社)、『大胆推理!ケンミン食のなぜ』・『家事は大変って気づきましたか?』(共に亜紀書房)、『ラクしておいしい令和のごはん革命』(主婦の友社)、『日本外食全史』(亜紀書房)、『料理に対する「ねばならない」を捨てたら、うつの自分を受け入れられた。』(幻冬舎)、『料理は女の義務ですか』・『小林カツ代と栗原はるみ』(共に新潮新書)など。

阿古真理さんの理想のキッチンに関するプロジェクトはご自身のnoteやYoutubeでもコンテンツを更新中です。

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