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コラム

まるで“魔法の粉”!「シーズニング調味料」が家庭料理を激変させるかもしれない【あの食トレンドを深掘り!Vol.3】

阿古真理

作家・生活史研究家。食や食らし領域が専門。

90年代に流行した「ティラミス」、数年前に話題になった「おにぎらず」、直近では社会現象にもなった「タピオカ」など、日々生まれている食のトレンド。なぜブームになったのか、その理由を考えたことはありますか? 作家・生活史研究家の阿古真理さんに、その裏側を独自の視点で語っていただきました。

「魔法の粉」のシーズニング調味料が人気

ミックススパイスのシーズニング調味料が、人気である。ちょっと気の利いたスーパーや、カルディーコーヒーファーム、ディーン&デルーカといった食材のセレクトショップには、もちろんある。最近は洋服店や本屋でも、ちょっとした食材やキッチン雑貨などが置いてある店があるが、そういうところに並んでいることもある。

近所のおしゃれイオンのシーズニングコーナーを観に行ったところ、あるわあるわ。タンドリーチキン、鶏の香草焼き、アヒージョ、ナムル、ガパオといったアジア・ヨーロッパのおしゃれ系料理のものはもちろん、ほうれん草のごま和えなど定番和食のものまである。

何でもこの「魔法の粉」をかければ、家で本格料理ができるというわけで、便利なことこのうえない。しかし、私はこういう調味料に警戒感を持ってしまう。だって、何と何を組み合わせれば、どんな味ができるか覚えられなくなるでしょう? 私なんて、醤油・みりん・酒・すりごまに肉を漬けて、なんちゃって焼き肉を料理するし、ゴーヤーチャンプルーも、塩コショウにオイスターソースを加えて満足している。 私にとって、本格味は店で食べられたらいいので、家では食べ慣れた「私の味」が食卓に載っているほうが落ち着くのだ。前に、二子玉川の東急だったかで、トマトソースをすすめられて買い、ハンバーグソースに使ってみたところ、ワインを加えても自分の味にならず違和感が残ったことがあった。

しかし、私みたいに自分味にこだわったりしない人が、世の中には多いらしい。なぜなら、世の中にはシーズニングの仲間があふれているからだ。秋が深まるとずらっと並ぶ鍋の素も、昭和の時代からある麻婆豆腐の素の類も、ドレッシングもカレールウもある。敬遠している私は知らなかったが、これらは必ずしも「料理を覚えたくない」人たちが使っている訳では限らないようなのだ。それはどういう目的なのか考えてみよう。

シーズニング調味料が人気な3つの理由

一つは、めったに使わない調味料を買わなくて済むから便利、という人たち。今ほどシーズニングの仲間が充実していなかった1990年代、一世を風靡していた『すてきな奥さん』で、冷蔵庫の断捨離企画をやっていた。使いかけで放置されている調味料を捨てる、というのもそのミッションの一つだった。
そういう死蔵品を増やさないため、香りが抜けたスパイスを使わないようにするため、ある意味でフードロス削減のため(プラスチック削減にはならないが)、シーズニングは便利、ということなのだ。

二つ目は、キャンプでの利用。私も若い頃、キャンプによく行った。『BE-PAL』好きの男の子たちが道具をそろえ、女子を誘ってくれた。1980年前後、子供の私が行ったキャンプではカレーか豚汁ぐらいしか作れなかったが、1990年代のその頃になると、バーナーの上で焼き肉やホイル焼きができるので感動した。

今はもっと進化していて、ダッチオーブンも使うし、キャンプ料理レシピ本などもある。キャンプでもおしゃれ系料理を食べたいが、レパートリーがない、少しずつたくさんの調味料を用意するのは面倒、あるいは一つ目の理由と同じでふだん使わない調味料を買うのに抵抗がある、という人たちには、シーズニングが便利である。「キャンプで使われているらしい」という噂を聞いて検索したら、エスビー食品のサイトにキャンプ向けの宣伝コーナーがあった。

三つ目は私の推測だが、お子さんが育ち盛りで、外食はめんどうだ、あるいは家族全員の外食代はコストがかさみすぎる。しかしワンパターンになりがちな、ふだんの食事と違うものも食べてみたい人たちがいる。おそらく、おしゃれ系の料理がたくさんある、冷凍食品も同じニーズで使われている。

シーズニングなら加工食品と異なり、生鮮食材を使い自分で料理した充実感を持ちやすく、罪悪感をあまり抱かなくていいし、味つけを加減しやすい点も魅力だ。使う量を増減させたり、別の調味料を加えてアレンジすることもできる。

最近は、冷凍食品のリメイク法もテレビで紹介していたりするし、カラムーチョなどのスナック菓子から料理を生み出す人たちもいる。私の老婆心を裏切って、シーズニングを活用して新しい料理を開発している人も実はいるのではないか。

そういえば、昭和前半に生まれた私の親世代は、ケチャップとウスターソース、コンソメキューブで洋食を家庭に取り入れた。今のシーズニングブームは、もしかすると次世代の新しい家庭料理のタネなのかもしれない。

阿古真理(あこ・まり)

©坂田栄一郎
1968(昭和43)年、兵庫県生まれ。作家・生活史研究家。神戸女学院大学卒業。食や暮らし、女性の生き方などをテーマに執筆。著書に『昭和育ちのおいしい記憶』『昭和の洋食 平成のカフェ飯』『小林カツ代と栗原はるみ』『なぜ日本のフランスパンは世界一になったのか』『パクチーとアジア飯』、最新著書『母と娘はなぜ対立するのか』(筑摩書房)など。

執筆者情報

阿古真理

作家・生活史研究家。1968年、兵庫県生まれ。食や暮らし、女性の生き方を中心に生活史と現在のトレンドを執筆する。主な著書に『日本の台所とキッチン 一〇〇年物語』(平凡社)、『大胆推理!ケンミン食のなぜ』・『家事は大変って気づきましたか?』(共に亜紀書房)、『ラクしておいしい令和のごはん革命』(主婦の友社)、『日本外食全史』(亜紀書房)、『料理に対する「ねばならない」を捨てたら、うつの自分を受け入れられた。』(幻冬舎)、『料理は女の義務ですか』・『小林カツ代と栗原はるみ』(共に新潮新書)など。

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