決められた材料、分量、調理法などない。何にも縛られず、自分だけの「美食」を味わうために作る料理があってもいい。それはきっと、心満たす色鮮やかな時間をくれるはず。出張料理人・ソウダルアが綴る、人と料理と時間と空間の物語。
暑い。
とにもかくにも暑い。
7月は今年は夏が来ないのかと思うくらいに雨が続いていたのに、8月に入ってからは打って変わって、連日の35℃超え。
会社の仕事で関わったイベント施設が真昼だと日陰がなく、炎天下という言葉のままに全身が焼かれているかのようだった。
焼けたコンクリートの熱のせいで、夕方になっても蒸し暑い。
上司もさすがに察してくれたのか、今日はこのまま直帰にしようと言いだした。
本人が帰りたかっただけかも知れないが、今から会社に戻ってもろくに仕事にならなそうだったので、ありがたく受け入れた。
帰り道に今日の昼に食べそこねた冷やし中華のことが頭をよぎる。
写真を見ると食べたくはなるのだけれど、食べた気がしないので、いつもの半チャーハンセットにしてしまった。
かと言って、あの具材を揃えるのは現実的じゃないよな、などと思いながら、意外と冷房の効いた八百屋を歩き回っていると、「山形だし」というものが売っていた。
入っているものを見てみると、胡瓜、茄子、ミョウガ、大葉、昆布。
ちょうど今、食べたい気分のものがぜんぶ入っている。
随分と便利なものがあるものだ。
これで冷やし中華つくれないかな?
あとはサラダチキンと紅生姜、中華麺を買えばいい。
思いつきのままにする料理も悪くない。
家に帰るなり、とにかくきんきんに冷えたものが食べたいので、材料と一本だけ買ったビールを冷凍庫に入れ、シャワーを浴びる。
頭から流れ落ちる水が気持ちいい。
暑いのは好きじゃないけれど、暑い思いをしたからこそ、この気持ちよさがあるんだよな。
この間にも刻一刻と食材が冷えていっていると思うと嬉しくなる。
ささっと体を拭いて、冷凍庫から缶ビールを出して一気に飲む。
ごくっごくっごくう
あああっ。
この喉がきゅっとなる感じがたまらない。
一息ついて、鍋でお湯を沸かす。
冷やし中華と言えば、細麺だけど平打ち麺が好きなので変えてみた。
こういうことができるのが家ごはんの醍醐味だ。
茹でている間にサラダチキンを半分ほど手で割いておく。紅生姜も器に移し、準備万端。
茹で上がった麺を冷たい水で洗う。
しっかりすすいでいくと麺がぷりっとしてくる。
これはすでに美味しい予感。
どんぶりに麺を入れ、山形だし、サラダチキン、紅生姜の順に乗せていくと、なんだかお店の一品みたいになってくれた。
まず、山形だしを食べてみる。
ねばとろ感と胡瓜のしゃきっとした食感がいい具合だ。
わしわしと混ぜて、麺をずずずっといくと、これはいける。
ぜんぶ冷やしておいたのも正解だ。
冷たい麺と具が喉を通ってゆくのが気持ちいい。
少し味が足りなかったので青じそドレッシングをかけてみるとこれまた正解。
適度な酸味とうまみが加わって、これこそが冷やし中華の最適解な気さえしてくる。
満足で満腹だ。
こうして冷たい麺をすすると、あの日食べた素麺を思い出す。
なぜか、とても美味しかった。
誰かと食べると違うものなのかな、やっぱり。
最近は妙に忙しく、会社の飲み会もないので、あれ以来、まともに話してもいない。
ごちそうさま。
ぽつりと一人で言いながら、部屋着から着替えて出かけようとしている自分がいる。
場所もはっきり覚えてないけれど、川沿いのあのバーに行きたい気持ちだ。
いてもいなくてもいい。あのハイボールが飲みたいんだ。
大阪生まれ。5歳の頃からの趣味である料理と寄り道がそのまま仕事に。“美味しいに国境なし”を掲げ、日本中でそこにある食材のみを扱い、これからの伝統食を主題に海抜と緯度を合わせることで古今東西が交差する料理をつくる。現在は和紙を大きな皿に見立てたフードパフォーマンスを携え、新たな食事のあり方を提案中。
【フードパフォーマンス映像】
https://vimeo.com/275505848